第3話
目が覚めると下が地面じゃない。ベッドだ。
昨日のことを思い出して、夢じゃない事を確認する。
私は何年ぶりかの屋根付きの寝床を得たのだ。
すごい、すごいことだ。先生には感謝してもしきれない。
昨日は何と三食もご飯を食べ、買い食いまでした。
体を起こして居間へ行くとテーブルの上にノートがある。
「これは…」
迷宮内の魔物や罠や採取できるものとかをまとめてある
先生は面倒見が良くて、私は甘えて負担をかけっぱなしだ。その割にあの人は自活力がなく放っておけない。
つまり一刻も早く私がしっかり稼がないと先生の貯金がいくら多くても、もたないということだ。
剣、バックパック、革の服、薬草はしなびてるけどまだ大丈夫。
よし
私は先生のノートを手に取ると小さく「いってきます」と口に出して家を出た。
ここから一番近いのは、西の外れの迷宮だ。
ここも迷宮の入り口は割と厳重。建物があり、門があって兵士の人がいる。
探索者もそれなりの数。
ここは浅くて弱い迷宮のはずだから、ちらほら居る探索者の装備は私と似たようなものが多い。
入り口は冒険証を見せるだけで素通りだ。
持ってない人は通れないけど、冒険者登録を年齢以外で断られた人は居ないらしい
迷宮の前の兵士は『顔は外だが意識は中』だと誰かが言っていたが意味は知らない。
とりあえず、素通りに近いけど居る意味はあるのだと思う。居るのだから。
門の後ろの階段を降りると、『西の外れの迷宮第一階層』。
ノートを確認する。西の外れ…あった
基本は魔物化したでっかいネズミや虫、罠は無し。
ムカデは毒があるから注意とのこと。
歴史的に見てここは迷宮と言うより、魔物が住んでいる下水道という感じらしい
すこし難しい話だ。
このノートがあればなんか大丈夫な気がしてくる。
「あっネズミ!でかい!」
私は剣を抜いてネズミに飛びかかる。
後ろを向けて何かをかじっていたネズミの首筋に剣を突き入れる。
ピギャ!という声がしてネズミが二度ほど痙攣して力を失う。
悲鳴を聞きつけた付近の大ネズミがこっちに殺到する。
「よぅし…」
私は剣を構えて迎え撃つ。
これぐらいの数なら多分大丈夫だ
挑みかかってくる先頭の大ネズミの額を割る。すぐ後ろのネズミを蹴る。
一匹が足に噛み付くが、歯はブーツを貫通しない。
噛み付いた奴の首に剣を刺して抜く、そのまま剣を返して飛びかかってくるネズミを切る。
また足に噛みつかれたが、平気だ。二度三度剣を叩きつけるようにしてネズミを始末する。
「よし」
ノートを確認する。大ネズミ…
『大ネズミは尻尾を持ち帰ると害獣駆除の報奨金がある』
はー、すごい。すごいノートだ。これがあれば空腹で倒れることは無いだろう。
だが私の目標はもうあの頃とは違う。
私と先生の安定した生活のため、いい稼ぎを求めるのだ。
大ネズミの尻尾を切り取るとバックパックに入れる。
あたりは地下なのに雑草だらけだ。そうだ。ノートを開く。
『西の外れの迷宮の採集資源:ビリン草、赤鉄鉱、ジリジリ虫、ビン虫、サガミ虫…』
「虫多いな。び、び…」
『ビリン草:便利。痛み止めになるし、特殊な成分があるので売れる。』
「絵下手…ふっ」
思わず笑ってしまう。トゲトゲにくるくるした何かがくっついたものが描かれている。
ビリン草だろう。しかし全く分からない。これに似てる草は無い。
「…」
バックパックの空きを確認して、草を全部ちぎって詰めていく。
どれか当たっているだろう。そしたら先生に教えてもらえばいい。
順調な気がする。少なからずなんだか稼いでるような実感的なものがある。
かつて無い充実感に私は打ち震えていた。
俺が目を覚ますと日は大分と高く、昼前だと感覚的に分かった。
すぐリリエはどうしているかと考えた。自分の生活に誰かがいるという事実がくすぐったい。
しかし、結論から言うと、リリエは家に居なかった。
居ても立ってもいられないような気持ちと、見捨てられたような絶望感を同時に味わう。
どこかにでかけたのだろうと思う半面
そもそも、こんな男を信用する人物が居るのかという考えも浮かぶ。
水を飲んでは、ソファに座り
また水を飲みに台所へ行く。
もしや、昨日の今日で迷宮に?
ノートも無い。いや、ノートを持って逃げたのかも
「ただいま!」
「!!」
突然の開く玄関のドアに驚いて、カップを取り落とす
「あっ冷た、リリエ!」
体中傷だらけでバックパックは大きく膨らんでいる
ひと目で迷宮に入っていたのはまず間違いないのが分かる。
「せんせ、ただいま。水こぼれてるよ」
彼女はブーツを脱ぐとさっさと居間へ上がる(うちは土禁である)
何を言うべきか悩んでいると目の前にバックパックがどすんと置かれた
「これ、色々取ってきたんですけど、わからないのがあって。」
「うぅむ…」
リリエはパンパンのバックパックを持って、庭へ行く。
やはり下層で遅れを取るレベルの戦闘力では無いのかも知れない。
だがちゃんとなにか言っておいたほうがいい気がする。
「リリエ。」
「はい?」
「心配したんだぞ」
「…」
彼女は目をすこし見開くと、何度か小さくあ、う、と声を出して
「ごめんなさい」と小さく言った
その様子に昼間で寝ていた俺にも責任があるので少し罪悪感を感じて精一杯優しい声で労う
「無事で良かった。何を取ってきたんだ?」
「あ、ネズミの尻尾と、草と、虫?あと石」
「ふぅむ」
バックパックを開くと、草だ。
大量の雑草が入っている。
「分からなかったから、あるもの持てるだけ持って帰ってきたんだ」
「そのせいで荷物重くてさっさと帰ってきちゃった」
「西の外れの迷宮だな。」
草の選別は後にするとして、ネズミの尻尾が結構ある
「全部剣か?」
「うん、たくさんあるでしょ。どれぐらいになる?」
俺は手で値段を示す。
「え、単位は?千?うそ、安…」
大ネズミの駆除報酬は安い。
仕掛けや罠での大量駆除手法が確立されているので、手ずから駆除するのは効率が悪い。
「業者が、いるんだ」
「業者…」
リリエは噛みしめるように言う。
何かを感じ取っているが、何を感じ取っているかは分からない。
「草は…すごいな」
「当たりある?」
「…ある」
俺は草の中から薬草を選ぶ。
これは…どうだ?違うのか?
「ちょっとまて」
家の中に入り、錬金用に保管されている薬草を取ってくる。
乾燥しているがなんとなくは分かる。
「これと、これと…」
「あ、このへんそうだね」
もたつく俺を横目にリリエが手早く分ける。
こういう細かい所で自尊心が減っていく。
「これは結構いい値段だ。根もあるともっといい」
「なるほど」
「天日で干す」
適当な庭の石の上に広げて置いておく。
雨風には気をつけなければならない。
「石はかなりいいな」
「石は自信ある」
バックパックから鉱石を取り出す。
ずっしりとした赤い線が入った金属塊。赤鉄鉱と呼ばれるものだ。
見れば質のいいものばかりで、彼女の石の目利きはしっかりしているようだ。
一般にダンジョン産の資源は非常に良いとされる。
特にこの鉱石は良質のモノを選べば、このまま熱して叩けば剣になりそうなぐらいだ。
「たぶん、いい石だ。」
「でしょ。売れる?」
「売れる。が、売らない」
「?」
虫はビンに詰めてあるのでそのまま持つ。
リリエに草を何束か渡して、湿布の仕方を教えて風呂上がりにするよう伝える
「少し出かけてくる」
「うん、いってらっしゃい」
彼女は少しはにかんでそう言った。
「…チッ」
目の前の綺麗な女性は舌打ちするとぞんざいに金をカウンターの上に放おった
「…はい、ありがとうございます」
硬貨を拾い集める。
「二度とくんなよ」
冒険者ギルドでネズミの尻尾を換金した。多くはないが貴重な収入源である。
対応してくれたマリーさんの目は俺に「いたいけな少女を迷宮に潜らせて稼いで楽しいか」と終始問いかけていた。
次から、少し遠いが出張行政所でできる手続きはそっちでしよう
虫などの錬金素材買い取りはギルドだけでなく実は小売店でもやっている
『道具屋によってはギルドの価格より高かったりするので、普段から道具屋を覗いておこう』
『今日から冒険者』という冒険者で生計を立てる用のガイド本を思い出す。
要点が書かれた名著だ。
俺は錬金術ギルドを辞める時の苦い気持ちを思い出し錬金術ギルドを避け、手頃な錬金系の道具屋に入った。
「いらっしゃい!」
カウンターには黒いローブを着た女の子が座っている。
大丈夫だろうか。
「大丈夫です!」
大丈夫なのか
「えっと、じゃあ虫の買い取りを」
「はい!」
彼女は虫の入ったビンを見るとカサカサと振っている
しばらく振り続けていたが、納得したのかしていないのか、虫を袋に詰め替えてビンを返してきた
次にジャラジャラと硬貨を渡される。思ってたよりけっこう多めの額だ。
買取価格とか大丈夫だろうか
「大丈夫です!」
大丈夫らしい。
「ありがとうございましたー」
店番の少女はにこやかに礼を言った。
家にも近いし何か入り用なときはここを利用するのも良さそうだ。
さて、思っていたより収入は多かった。
初めてのまともな探索としては非常に上々だ。
計画していたモノを前倒しで購入していこう。
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