第2話

どうも、住み込みらしい。


俺が宿の提供と様々な知識を教授する代わりに、彼女が迷宮探索で得た報酬を還元すると言う契約になった。


「リリエ・スタングスト」


「トオル・ミマサカ」


「よろしく、ミマサカ先生。リリエって呼んで。」


だが彼女にしてみれば元手無しでしばらくの宿と教師が手に入るので利益的だ

危機感を持つべきは、有限な時間で彼女を稼げる存在にしなくてはならない俺の方ではないだろうか。


「ふぅむ。スタングスト。山間の地方で鍛冶職をしている氏族に見られる名字だ」


「鍛冶は小さい時に。今は…ちょっと」


父と母が死んで親戚に店を奪われ自分を売り飛ばされるまでは、鍛冶見習いをして鉄を打っていたらしい。


「冒険者ギルドに行くべきだな。スキルの確認がしたい」


「うん」


午後からは冒険者ギルドへ向かい、俺の冒険者登録を済ませよう。

ちなみに俺の貯金が切れるまで、二人なら二月ほどだ。ぐずぐずはしていられない。


町並みは白い石壁、昼を過ぎて少し賑わう路へ出て、雑踏とすれ違う

赤い服はクンゼ染、はるか東の名産品だ。青い服はジガ布。比較的安価な虫の糸で作られる。


しばらく行くと、あたりのものより一回り大きな建物が見える


三つある迷宮の中心点に位置するように、このラクルアエスタ冒険者ギルド本部はある。


人はまばら。赤甲の鎧をつけた戦士、まだら模様の革装備の軽剣士

首から大量のネックレスを下げ腰に人形を付けた術士は、珍しいタイプか。


広くさっぱりとした屋内には仕切りのある受付カウンターがズラッと並んでいる。

冒険者ギルドは様々の依頼受諾や報告業務が多いために、必然的に受付の数も多い。


「リリエちゃん!?」


入るやいなや、リリエが受付のお姉さんに呼びかけられる


「あっ、マリーさん、ご無沙汰、してます。」


マリーさんと呼ばれた受付の綺麗な女性はリリエに駆け寄ると肩を掴んで涙ぐんでいる


「大丈夫なの?ギルドはいつでも力になるからね。ギルドが無理でも私が…」

「誰この男?何?」


隣に立つ俺に気づいて少し驚いたようだ。

しかしリリエがちゃんとフォローしてくれる。


「ミマサカ先生。色々教えて貰うんだ。」


「へぇ~…」


見るからに訝しみ下から上までじっくりと観察される。

むしろ敵意すら感じる。いや当然か。


「トオル・ミマサカです。今日は冒険者登録に」


「あら、そうだったんですか、じゃあこっちにどうぞ。」


受付カウンターに座らされ用紙に記入していく。こういうのはあまり好きではない。

なぜなら


「あら!転生者なんですね!」


喜色をはらんだ声。


転生者の一般的イメージは、まさに英雄や勇者のそれだ。

そういうイメージを被せられると、失望させることが多い


「じゃあ、これに手をおいて、はい、ピッと。出てきました。」


手のひらを置いたのは、技能を計測する『スキル測定器』だ

手引書によれば『一定ラインより認識された技能を検出し結果を印刷する』とのこと。


「はい、個人スキル情報は大事な秘密なので、他の人に見せないようにしてくださいね。」


出力された紙を見れば、変わらず低い身体性能に不器用、『本の虫』。

錬金術スキルなんかもあるが、ポーションは何故か合成できない。


「転生者がPT組んでくれるならリリエちゃんも安心ね」


誠に言いにくい。


「マリーさんはリリエの担当の方ですよね。これ見てくださって結構です。」


「あら?いいんですか。すごい自信ですね…は?」


彼女の顔色は落胆を通り越して敵意を感じるまでになっている。


「『戦闘恐怖症』。これ、戦えないってことですよね」


恐怖症は戦争から帰ってきたら増えていた。

事実、怒号や爆発音に過敏に反応してしまうことが多い。


いざ戦闘になったらパニックになるのではないかと思っている。


「はい。ですので、PTを組まずに座学を教えることになるかと思います」


「何を教えるつもり?迷宮探索に役に立ちそうなスキルなさそうですけど?」


完全に怒っている。指摘も全く事実だ。

だが教えられることが全く無いわけでもない。


「迷宮の構造や魔物、罠、傾向、自活手法やギルド規則とか」


「はぁ」


「あと、魔術魔法技術技法の理論は教えられます。実技は実戦や経験者の方に」


「待ってください。そんな技能どこに書いてあるんですか」


「この『本の虫』ってやつです。速読と記憶しか出来ませんが、それだけは確かです。」


速読と博覧強記は転生前からの唯一の特技だ。

この世界に来ても、特殊技能になって俺のアイデンティティとなっている。


「はぁ、ちょっとリリエちゃんもこっちきて」


リリエが席に呼ばれる。彼女は壁に立てかけられた剣を見ていたようだ。


「マリーさんどうしました」


「この人、大丈夫?酷いことされてない?」


目の前でかなり失礼なことを聞かれるが、この状況を考えれば仕方がないものとも言える


だが少し前までリリエは準備なく単独で迷宮に潜ることを繰り返すような状態に陥っていたということも考慮して欲しい


「うん、大丈夫だよ。優しく、してくれるし、家にいていいって」


「やさしっ…」


完全に今、会話が事故を起こした


「そんなの駄目よリリエちゃん、そりゃ、お金はないかも知れないけど、安売りしちゃ駄目!」


「ううん、私、取り柄もないし、こうやって拾ってもらってラッキーだと思う。」


「そんなぁ、リリエちゃん…」


マリーさんが俺の方を睨みギリギリと歯ぎしりをする。

できるだけ宥めようと努力をする。


「指一本触れてませんよ」


「信じると思うてか…ギリギリ…」


冒険者登録とスキル出力自体は問題なく終わり、冒険者ギルドを後にする。

マリーさんのあの顔を見るに、用がない限り俺はもう来ないほうがいいだろう


後は街を巡って彼女の様々を揃えることになる


ベッド、服、布団、日用品、迷宮装備。


人一人住もうと思えばそれなりに色々要るものだ。

つまり、俺の見通しがが甘く、あと一月ほどで貯金が切れる。


そんな先行きの不透明さに不安になっている俺に、リリエは力強く言った。


「先生、私、頑張るから。」


「ああ」


「頑張るから。」


彼女の視線の先には、焼いた皮で肉と野菜を挟む軽食の屋台がある。

スパイシーなソースの香りが漂ってきてなんとも食欲をそそる。


「頑張るから。」


彼女はその場から一歩たりとも動こうとしない。

その横顔は意志の強さを湛え、凛々しい。



「口にソース付いてるぞ。逆。うん」


帰宅して、荷物を大まかにリリエの部屋に運び入れた後、庭へ出てきた。


「あ、模擬戦?よーし」


「待ちなさい。相手にならない。」


「む、私けっこう強いよ!」


「いや、俺が弱いんだ。」


迷宮に一人で入って出てこれる事実から彼女の戦闘力は間違いないし、確認した剣術スキルも低くない。

だが何の成果もなく往復する羽目になったのはそれ以外の部分が抜け落ちているからだ。


「まず、戦闘技術は低層においては通用すると思う。」

「一人のときはどう探索してた?」


「はい。ガーって行って疲れたら帰ってくる感じでした。」


「…みんなと一緒のときは?」


「着いていって、敵が出たら戦う感じでした。」


やりがいの有りそうな生徒だ。


「じゃあまず、迷宮の構造と魔物の種類と罠のかわし方だ。」


「アレかわせるんですか!」


「そこからか」


教えることは尽きないが、日が沈む前に授業を終る。

幸いな事に自分でも薄々駄目だと気づいてたらしく熱心に聞いてくれた。


夜は二人で料理を作る。

家事は得意らしく俺より手際がいい。そもそも俺の手際が悪すぎるのか。


「いやー、先生、なんか凄い分かった。分かってないことも分かってなかった。」


「それはありがたい」


「次行くときはちゃんと集めたりしますから、きっと大金持ちですよ!」


そう甘いものでもない。採集の効率、下処理、荷物の制限。

そういう複雑な条件下で迷宮産の資源は価値を保っているのだ。


だが


「そうだな」


無邪気な彼女を見ていると、自分のありとあらゆる不安は無意味だと思ってしまう

彼女はできるだけ早く眠らせて、俺は深夜まで彼女用の迷宮早引きテキストを作ってから寝た。

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