俺に勇者は無理だと思う
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第1話
対魔塹壕で伏せている間、俺はぞっとするほど冷たい土の感触を味わっていた。
敵は五人、こっちは二万。
冗談のような戦力差だ。
ああ、ただし、敵が英雄でさえなければ。
今、俺が居るこの最終防御ラインは英雄隊の奇襲を受けている。
前線でまた爆発が起こる。
虫かゴミか、なんの価値もないように兵士たちが空に飛ばされる。
衝撃波が届いて脳が揺れる。
ザラザラと土と、兵士の部品が落ちてくる。
「ーーサカ!ミマサカ!無事か!?」
音が戻ると誰かが呼びかけている。アンヴィ。
無理やり入隊させられた軍での唯一の友人。
いつか、英雄になり人類の生存圏を広げ『勇者』になると
そんな夢を語ってくれた。
「カ。」
アンヴィが半分になる。
数百メートル先。
着流しの男が放った剣閃で何キロかの『谷』ができた。
アンヴィはその上にいて、俺はちょっとだけズレていた。
谷を渡って英雄隊は後衛に向かっていく。
その速度は俺の目では追えない
この戦争は終わりだ。
頭の後ろで、ひときわ大きな爆発が起こった。
俺はその時、何も出来ずにぼんやりと半分になったアンヴィを見ていた。
そして間を置いて衝撃波。
ーーーーーーーー
またこの夢。
俺はデルフ・ストレイマン教授の餞別である、剥製や標本に圧迫されたベッドの上で目を覚ます。
この家は独り身には広すぎる一戸建て5LDK庭付き。紹介があったとはいえ価格は格安だった。事故物件だったのだろうか。
自室を出ると居間だ。朝焼けの薄暗い庭を横目に台所で水を飲んだ。
チュンチュン
鳥の声に誘われて、一握りの穀物を持って玄関を出る。この鳥の羽は前後四対ある。六種だ。
家の前の通りには人は殆どおらずカラフルな小鳥が地面をしきりに啄んでいる。
ここは都市国家ラクルエスタ。見渡せば街のどこからでも中心にある国立大学が見える。
このような都市の西の端っこの、町並みがやや簡素な場所からでもよく見える
位置は『西の外れの迷宮』近く。はっきり言えば治安の良くない地域の外れだ。
浮浪者や孤児や冒険者崩れなどもチラホラ見るほど。
冒険者の半分は三年以内に引退するか死ぬという統計がある。引退後は大体が野盗か浮浪者だ。
「ふぅむ」
足元を見れば、それに類する冒険者らしき者が行き倒れている。
『西の外れの迷宮』の探索者であろうか。
黒髪、小柄で細身。子供?
付近には小さな剣とランタンが落ちていた。
朝から厄介事だが、流石に子供が行き倒れているのは不憫に感じる。
幸い、俺は現在無職だ。
ただ金は大学の調査協力報酬があるのでしばらくは大丈夫のはず
家に引き篭もり、人間らしい営みに飢えていた俺は
人助けという大義名分のもと行き倒れを家の中に運び入れる。
そしてソファの上に寝かせて、毛布をかける。
そのまま台所へ行って朝食を作る。おかゆにしよう。穀物に野菜、豆、塩、多めの水。
ふつふつと弱火でしばらく。
熱されて黄色のトゥクという野菜の香りがしてくる。これを使うと出汁いらずだ。
「ん…」
声に振り向くと、行き倒れが目を覚ましたらしい。
おかゆと水を持っていく。
「食べろ」
そういうと二人で黙々と食べる。
「豆、固い。」
「そうか」
俺は自分の分を食べる。
確かに豆がもう少し煮えていない。
食べ終わるとバスタオルと着替えを渡して風呂に入らせた。
今はシャワーしか無いが、汚れ方を見るにシャワーすらしばらくしていないように見えた。
俺は待っている間、あの行き倒れの不自然さを考えていた。
『猿でも分かる!迷宮探索①』
『迷宮は危険がいっぱい!最低でも三人PT
迷宮に詳しい案内人はお金を払ってでも連れて行こう!』
頭の中で開いた迷宮探索ガイドブックにもこうあるように
迷宮探索にもかかわらず、一人であんなところで行き倒れるのはおかしい。
PTメンバーがいるならあんなところで行き倒れないし
全滅の生き残りなら冒険者ギルドの手配で静養するはずだ
つまり一人で迷宮探索をしていたということか?
「あの、ありがと、うございます」
行き倒れの彼女(彼ではなかった)が礼を言ってきた
「助けて、くれたんですよね」
「一応、拐かしたわけではない」
彼女はまた俺の前に座ると、じっとテーブルを見つめていた。
そのまましばらくして、彼女が何も話す気がないと分かると、聞いてみた。
「なぜ一人で迷宮に?」
「前は、居ました。…仲間。」
「……新しく組む気がないだけです」
責められていると思ったのか、自分でも単独は無謀だと思っていたのか
言い訳じみた言葉をつけた。
風呂も入れないような生活、単独探索。行き倒れ。
探索PTの生き残りか何かだろうか?あまりにも自暴自棄だ。
「なぜ潜る」
「…」
彼女は何も言わずに水の入ったコップを揺らしていた
じっくりと時間をかけると、言った
「英雄…」
「皆で、英雄になって、勇者になって、わたし、母さんの、お店取り戻して、皆で…」
「なれると思った、みんな、強くて、みんなで、一緒に…」
そのまま彼女は言葉に詰り、時間が停止したように突然静止した。
「…そうか」
俺は、ただ頷くことしか出来なかった。
「ぁっ、あぁ、っ…」
彼女は唐突に泣き出した。
俺はどうすることも出来ず、タオルを渡し、ソファに深く座らせ、ウロウロした。
そうしてる間も、彼女は泣き続けていた
そのうち、彼女は泣き疲れたのかソファの上で寝息を立て始める。
寝顔を見ると、やはり子供だ。
彼女をこの家で唯一ベッドがある自室に寝かすと、俺はソファに深く座って今後のことを考える。
いつのまにか寝てしまった。
カタカタと鍋の鳴る音で起きた。
誰かが台所にいる。小さい。そうだ、行き倒れを
「あ、起きました?」
「すいません、食べ物勝手に使いました」
「ん、いや、ありがとう」
もう昼らしい。こんなに長く寝たのはいつぶりだろう。
料理をする彼女の顔からは険がとれて、年相応の明るさのようなものが見える。
黒髪はシャワーを浴びたからか多少まとまりを取り戻しながらも
生来のくせっ毛らしきものも発揮している。
目は細長で、引き締まった口と相まって意志の強さを感じさせる。
高くないが通った鼻筋と、勢いをつけて書いたような短い眉は控えめだが涼しげだ。
「どうぞ」
目の前に置かれたのはシチューだ。
久しぶりの料理らしい料理だ。
ここ数ヶ月、自活を始めてから、塩スープばかり食べていたことを思い出す。
一口。
「うまい」
「ん」
味がある。塩スープにも味があったはずだが、そんな感想が出てきた。
味を感じる食べ物を食べ終わると今、自分が唐突に人間だったことを思い出した気分になる。
シチューの皿の片付けまでしてくれる彼女を見ながら、考える。
彼女は何故全てを失ってもなお英雄に、勇者になりたいのだろうか。
絶望と孤独の中で彼女の力となった強い思いに、言葉にできない気持ちを感じる。
「君はきっと、勇者になれる」
俺が思わずそうこぼすと、彼女の皿を洗う手が止まる
「…なれ、ないですよ」
否定する彼女の背中に構わず語りかける。
「俺は、転生者だ。」
「特殊な力もある。だが、戦うのに何の役にも立たない。」
「剣も魔法も駄目だ。不器用で生産もろくに出来ない。」
「何も出来ないんだ。自活も怪しい。」
この世界に召喚され、しばらくして役立たずの烙印を押され、一新兵として戦争に駆り出された。
俺の博覧強記によって持ち込まれた前世界の知識など何のことはない。
都市は上下水道完備。人間の可能性がべらぼうに高いこの世界で、前世界の兵器などちょっと危険な玩具に過ぎない。
召喚されたものは、漏れなく力を持ち、英雄として名を馳せるらしい。
それがこの世界の常だが、俺には無理だった。
意志もない。力もない。
あるのは読書と記憶の力『本の虫』が蓄えた膨大な知識のみ。
その膨大な知識を使う意志も、目的も俺には見つけ出せなかった。
知識は道を照らすが、切り開いてはくれない。
「もし戦う力があっても、魔法の才能があっても、『本の虫』で勇者のなりかたを知っていたとしても」
「勇気のない俺は、勇者には、なれなかった。」
「きっとなれるのは力や知識じゃなくて、その意志がある君みたいな人だ。」
彼女を慰めて励まそうと思っていたはずなのに
自分の中にある捻れた感情を彼女に話してしまった気がする。
それでも彼女はずっと黙って聞いてくれた。
そして少し間を置いてから
彼女は振り返って、言った。
「じゃあ教えて。勇者の、なりかた。」
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