4日目 バグと動物園に行った話

 ㅤ動物園に来るまでの間、バグは電車の中でも誰かに背中を取られないよう注意深く動いた。周りから不審に思われたかもしれないが、他人のフリを貫いた。


「なあ、どうしてモンスターが檻の中にいる。ここは闘技場か?」


 ㅤゴリラの檻を指差してバグは言う。オレは昨日の恨みを込めた低い声で「そうだよ」と嘘をついた。


 ㅤそしたらバグが檻に向かって走り出そうとしたので、慌てて肩を掴んで引っ張った。


「なぜ止めるんだ」

「えっ、そうだな。何の武器もなしに行くのは危ないってことだ」


 ㅤ正直に動物園の説明をして、ややこしい疑問を抱かせるのも嫌だった。それにしても、武器もなしにオープンワールドから飛び出して来たのは不思議だな。何か武器を持ち込まれていたらもっと困るけど。


「武器か。では、何かあるのか」


 ㅤ困って辺りをウロウロ見回したが、何もなく。すると、ゴリラはエサやりの時間に。


「バグ。あれを見ろ」

「ムッ」


 ㅤゴリラが小さくスライスされた果物をかじっている。あれはバナナかもしれないが、思っていた光景と少し違う。そんなことより。


「ヤツにも休息は必要だ。いい加減オレたちは、モンスターを見つけては戦うことばかり考えるクセを改めた方がいいのかもしれない」


「しかし、ここは闘技場じゃないのか」


 ㅤ痛いところを突かれて、適当な嘘をつくのも厳しくなってきたので、正直になろうと思った。


「しばらく何も聞かないでくれ」



 ㅤその後ライオンの眠る姿に癒されたり、ゾウの周辺をくさがったり、キリンの登場を首を長くして待ったりした。


「さてはここ、闘技場じゃないな。訓練施設か、研究施設だ」


 ㅤそんな問いかけにオレはもう何も言わず、バグの隣をそっと歩いた。そのときだった。向かいの方から、なつちゃんが若い男を連れて歩いて来る。


 ㅤ目が合って、オレの横を通り過ぎるとき。

「本当におっさんといたんだ」

 ㅤその小さな声に振り向くと。


「きも」


 ㅤどこか電線を超えた世界へ、走り出してしまいたくなった。



「現実はとても厳しい」

「ゲンジツ?」

「バグは知らなくていい」

「またそれかい?」

「知って欲しくないんだ」

「そうなのか」

「だけど、だから。楽しませてくれよ」

「どういうことだ」

「そういうことさ」


 ㅤ夜は更けていった。

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