第3話 BEATLESSのテンポ

「俺は恥ずかしいよ」

金曜日の昼休みのことだ。

モチヒトとサレルノはクラスが別れているため、その日はじめての邂逅で、モチヒトとしては、示し合わせるまでもないが、たまたま会ったら真っ先に話したいことがあったというわけで、

「なに」

「キャプ翼。超面白くて、超爽やかなんな。宗教とか言った自分が恥ずかしい」

聖なるものを汚してしまったような……。という考え方自体が、キャプ翼を神聖視していて、いっそ宗教的なんだけどな……と思わないでもないが、サレルノは黙っておく。

「モチヒト君や」

「なんですかサレちゃんや」

「アンドロイドに心はありますか?」

「あるといえばあるし、ないといえばないのではないですか」

「仏性じゃないんだから」

「だって、こっちが心があるって思ったら、あるんじゃない?そりゃ作ってる人は心なんか組み込んでねーよって言うかもしれないけど、そもそも人間だって解剖しても心臓と脳みそしかないよ。心ないもん。いくらでも言い張れるよ」

「そういうこと」

「どういうこと!?」

「キャプ翼が宗教だと思って見たら、そう見えるし、そう思って見なければ、そうじゃないということ」

「そりゃあ……」

と、モチヒトは思いながらも、ふと思い至る。キャプ翼の魅力を決めつけた、決めつけてからはそう見えてきた、結果、いろいろ反省することになった。そのプロセスが無駄だとは思わないが……ちょっと恥ずかしい。あんまりこういうことはないほうが精神衛生上いい。そのためにはつまり、決めつけては、偏見を持ってはいけないという、当たり前のことに。

「そうだね、サレちゃん。俺を振り回すのはアニメじゃない、俺なんだよ……」

「別にそれでも良いと思うけど、分析して役立てたいとか、そういう人はあんまり振り回されちゃダメですな」

「おっしゃる通りです」

と、廊下でふんわりめんどくさそうなことを立ち話している二人を、女子サッカー部の岸田さんが奇異の目で見ている。そして一言。

「オタクおもしれえわ……」

「「ひどい!」」

「ごめんね!?」

岸田さんの驚きながらの謝罪をきっかけに、その場での話は取りやめになった。



そして放課後。

部活が始まる前のエアポケットのような二人きりの時間、

「BEATLESSを結構楽しみに見ているんですね」

モチヒトが自分の隣で、左手首を右腕でロックして筋を伸ばしているサレルノに話しかけた。

「BEATLESS、ビートがレス。引き続きアンドロイドの話?」

演劇部内屈指の英語力を持つサレルノは、文脈と英単語で即座にテーマを察した。なお彼女はcousinをコーシンと読み、aboveをアボーブと読む。

「そうです。いわゆるシンギュラリティが起こった時代のお話で」

「シンギュラリティ」

「ええと、技術特異点といいますか。AIの方が人間様より頭が良くなってしまった世界のお話なのね。少子化のせいで、人間様はAIに頼らないと生活できない。それが当たり前になっても、いくら人間が作ったといっても、人間よりも優秀なはずのAIが人間にかしずいてそこらにいるのは不気味であると思う人もいる……という」

「不気味だよねえ。超強そうなマッチョたちが理由なく自分にヘコヘコしてきたらどう思う?」

「悪くない」

「水差し良くない」

「ごめんね……まあ、裏があると思うよねえ。ぞっとする」

「ペットが私達の会話を全部収集していて、本部に送信してたりしても怖い」

「本部どこなんだ」

「大猫王が収めている王国で……」

「いいな、大猫王の国……ではなく。猫と同じく、AIには暴走の可能性があるから、そういった面も恐れられているし、実際、物語はそういう方向にも向かう」

猫も暴走するんかいね……とサレルノは思いながらも、応じる。

「原発問題とかも似てるね。暴走したら止めようがないものを人間が使っていいのか問題」

「うん、ガチSFであって、俺たちが直面している社会問題を描いていて、重い感もあるんだけど、美少女アンドロイドとバトルのお陰ですごく見やすいし、スーっと入ってくるんだ」

モチヒトくんは、なんと苦い薬を糖衣に包むと美味しくいただけるんだ!みたいなことを言っている。別に社会問題も、大上段にかまえて社会問題ですだい!さあみんなで考えよう!って出てきても美味しくいただけると思うんだけど。と、なんとなく頭をよぎるが、黙っておく。あんまり気付きの萌芽をくたしても可哀想だ。

「そこらへんが、モチヒトくんがBEATLESSを気に入っている理由?」

「それももちろんなんだけど、さ」

モチヒトは腕も足も組んで、遠くを睨みつける。この世界のどこかにある正しい言葉を探るように。

「俺、BEATLESSのテンポが好きなんだよね」

ビートがレスなのに、テンポとはこれいかに。だ。サレルノは口を半開きで首をかしげる。

「BEATLESSは、先日、4回目の総集編を迎えた」

「4回目?!」

アニメにそこまで詳しくないサレルノでも知っている。深夜アニメは基本1クール12話。長くても2クールで24話。総集編は主に2クール目の始まりや、少し制作が滞っている1クールアニメの途中に挟まれるもので、つまり、普通は1シリーズで1回か、多くても2回くらいしか見られないのだ。それを、4回。

「2クールだよね」

「2クールだね」

「月イチでお休みもらってるようなもんじゃん……」

「ちなみに声優さんの特番も一回挟んでるから、都合5回のお休みがあります」

24話のうち、5話がお休みというのは、最近の深夜アニメではなかなか見ないムーブだ。悪目立ちしてしまうのではないかと少し不安になる。しかし、だ、サレルノには気づいたことがある。

「2クール24話っていうのは、テレビ側の都合だよね。別に最初から19話だけ作るつもりで、テレビ側とも話がついてたら、それは最初から予定されていたテンポってことになる」

1年52週を4で割って、それを最小単位にするのはあくまでも慣例である。都合がいいからでしかない。モチヒトは満足げに頷いた。

「で、モチヒト君は、適宜挟まれる総集編のお陰で、ビートレスへの理解が進んでるってことだ!」

「いや、それは半分違う」

「違うの?」

「俺、総集編は流し見してるし。場合によっちゃ忙しくて見てないときもあるもん」

別に総集編で問題点を再確認し、洗い出しているから、次週以降の理解がスムーズであるというわけではない。それならば総集編には何の効果があるというのか。

「毎月一回、話が進まないということ自体が大事なんだよ。俺、ギターやってるんだけど、毎日練習していたのに弾けないフレーズが、テスト期間とかでギターに触れない時期を経ると、ふと、弾けるようになってることがあるんだよね」

そういうことはあるかもしれない。実時間を開けることで、技術やメソッドが体中に染み渡るためのゆとりを設けるのだ。過多にも思え、ご都合の感もある総集編が、ビートレスという物語を楽しむために必要なのりしろのように思えてきた。

「私だったら、一週お休みする総集編は、物語への没入感を阻害するものだと思っちゃうから、その見方は新しいと思った。」

「俺も、月イチでアニメを見なくていい週のあるアニメなんて初めてで、でも、そんなテンポがすごく合ってることにびっくりして……今日お話した次第なんですよ」

「次第なんですか」

「そうなんです……」

勢いよく引き戸が開け放たれた。ピシリとした鋭い音が響く。

部長の入室とともに部室内の雰囲気が引き締まる。

いつまでもBEATLESSのテンポではいられないというわけだ。

もうすぐ脚本のコンペの締切だ。

サレルノはそこまで脚本が採用されることにこだわりはないが、負けるのは嫌だ。

そして同時に「総集編」なんかをあんな嬉しげに語る変わり者の書く脚本を、楽しみにする自分がいた。

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