第二十一話 ドラゴンとの死闘・後編

 光に飲み込まれた――そう見えたことだろう。


 だが実際は、俺は敢えて前に駆け抜け、その必滅の猛攻をやり過ごそうとしていた。


 では、なぜ前に避けたのか。

 横でもなく、後ろでもなく、ましてや上でもない理由はちゃんとある。


 高所からの遠距離攻撃というものは確かに強く、有利なものだ。

 けれど唯一、射角の都合上で真下だけは狙いをつけづらいという弱点もまた存在する。


 それ故に俺は、前へと駆け抜けることで切り抜けようとしていた。


「……ちっ、しつこい……!」


 ――その筈なのだが、敵もこちらを仕留めたいのだろう。

 俺の背後を光の帯がジリジリと迫る。


「なら、これでどうだ……!」


 前方という二次元的な動きから、『飛脚』を用いた斜め上という三次元的な動きへと変更。


 そうすれば、追うのはより困難なものとなり、同時に相手の背後を取ることさえも可能になる。


 タタタッと駆け上がって行くと、思惑通りに次第に光は収まった。これ以上は魔力の無駄と悟ったのだろう。

 その後、こちらに向き直るため僅かに視線が外れた瞬間を利用し、俺は持っていた石を投げる。そして、それとは反対の方向へと移動。


 高速で動く影に反応し、ドラゴンの尾が振られるもそれは囮だ。


 そのまま隙だらけの体に近づいた俺は、両拳を合わせて握り、思い切り下へと叩きつけた。


 瓦解した頂上に倒れる体。モクモクと舞う砂埃が晴れた先では敵はピクリとも動かず、力尽きたように見えなくもない。


 しかし……この状況は俺にとって非常に困るものだ。

 遠距離攻撃の手段を持っていない以上、奴の状態を確認するには近づく必要があり、倒れたフリでもされてようものなら逆に強襲されてしまう。


 とりあえず様子見、とばかりに少し距離を置いて降り立った――その瞬間だった。


 着地時に発生する僅かな硬直時間に合わせて尾は跳ね上がり、鞭のようにしなる。


 寸でのところでこちらの方が先に動き、躱すことができたが、追撃が止むことはない。

 上下左右、あらゆる方向から攻撃は繰り出され、避けるだけで精一杯だ。


 そんな中、一つだけ違和感のある軌道を描く攻撃が混じったことに気が付いた。


 ……妙に避けやすい――というか、躱す方向が見える。


 これまでの、身体の中心を狙った避けにくいような一撃ではなく、振られる角度に偏りのある叩きつけ。

 故に、横に一歩ズレるだけで当たることはないが、警戒は怠らない。


 そのためか、攻撃後の尾の位置が動かない奇妙さやふと覚えた既視感から次の相手の動作が分かった気がした。


 咄嗟にしゃがめば、髪を掠めるように尾は先程まで俺のいた空間を締め付ける。

 しかし、それだけで攻撃は終わらず、そのまま握り拳を作るように尾を締め固めたら、問答無用で潰しにかかってきた。


 横に転がることで危機は免れるものの、地面は抉れ、まるで鈍器のそのものだ。


 そして、僅かな風切り音を捉えて構えを取れば、今度は食い殺さんばかりに口を開けて突進をするドラゴンの姿が迫っている。


 左右の口それぞれを手で掴み、顎が閉まる状態をなんとか食い止めた。同時に脚に力を入れて踏ん張り、突進そのものをも止める。


 けれど、それだけで精一杯だ。

 受けてばかりで反撃する隙がない。


 その間にも、次に続く猛攻は鋭く研ぎ澄まされた爪。

 両手で切り裂いてくるその動きを前に、俺は手の力を抜き、それに合わせて思い切り膝で蹴り上げた。


 敵の顎と俺の体、その両方が浮く。

 空振りに終わった爪振りを背に、空中で一回転しながら体勢を整えると、『飛脚』で空を蹴り、反撃に入る。


 今度こそと右腕を引き、力を込めて振り抜いた。

 確かな手応えと吹き飛ぶ相手の姿を前に――その瞬間、左腕をガードに立てれば脳が揺さぶられたかのような目眩を覚えて、気が付けば同様に壁に叩きつけられている。


 直撃を受けては、すぐに動くことができなかった。

 地面に手を付き、倒れる体を無理やり起こして立ち上がる。


 骨折は――ない。

 口内には血の味が滲むが歯も折れておらず、左耳の鼓膜が破れたくらいか……。おかげで、聞こえ方に違和感が生まれていた。


 息も絶え絶えのまま敵の様子を見てみれば、身体の所々が砂埃で汚れているもののダメージを負った様子はない。


 その証拠に、殴った俺の拳の方が裂けている。

 あの硬い鱗に衝撃を阻まれた、その反動で。


「……完全に火力不足。剣と銃があれば、まだ戦えたんだけどなぁ」


 悲しい現実に独りごつ。

 アレをやるしかないのだろうか……。


 鼻から息を吸い、口から吐くことで呼吸を整える。

 自然と姿勢は戻り、体が軽くなったような気がした。


 構えながら考えるのは、魔法のこと。

 魔法を使うには想像力が必要――というのがお師匠様の言であり世界の常識なのだが、殊自身に影響を与える魔法においてはそうではないと俺は考えている。


 ならば、何が必要か。答えは『自信』だ。


 例えば、拳で岩を砕く。例えば、空を蹴って浮く。

 それらは全て鍛え上げた己の体を使って生じさせる事象であり、なればこそ、それまでに培った鍛錬が自信となって成功する想像ビジョンを生み出すことができる。


 だが、それをもってしても奴にはダメージの一つも与えられなかった。

 事実上の、俺の魔法の敗北――すなわち、自信の喪失だ。


 となれば、もはや攻撃において魔法は意味をなさないだろう。

 だから、もう魔法は使わない。


 ――俺の身が安全なものは、だが。


 獣人族の里で薬を飲んで以降、俺は自身の脳のリミッターを外すことができるようになっていた。


 なら、次はそいつをぶち込む。

 どうせ最後の戦いだ。奴を倒せるなら、この腕が反動でボロボロになろうが関係ない。


 全てはこの一撃に。決死の覚悟で。

 必ず、確実に当たるタイミングで放つ。


 もう一度鼻から空気を吸い、そして吐く。


 視界はクリア。ダメージは残っているが、身体はちゃんと動く。……いける!


 トントン、と数回足踏みをすると前へダッシュ。

 トップスピードのまま駆け抜ける俺は、相手の尾の攻撃範囲内手前まで来ると、速さは変えることなく足幅を小さく小刻みなものへと変化させる。


 すると尾はブレ、目の前を風が走った。

 動きに合わせて振られたはずの攻撃が外れ、相手はさぞ困惑していることだろう。


 これこそ。獣人族のドウランが使用していた『乱歩』の応用技――『乱走』。

 走る速度そのものではなく、歩幅を変えて疑似的に立ち位置を誤認させる小技だ。


 しかし、次の一歩からはもう攻撃範囲の中。

 当たり面の広い攻撃なので、二度とは通用しないに違いない。


 二撃目は右から薙いできたので、今度は『飛脚』で上へ躱した。

 ともすれば下から、それを避けても上からそれぞれ叩き上げと叩きつけが行われるため、ジグザグ走行で回避していく。


 ……もう少しで俺の攻撃も当てられる。

 逸る気持ちを抑えてなおも前へと進んでいくと、口内に光を溜める敵の姿が見て取れた。


 どうやら、向こうも決着をつけようとしているようだ。


 そこへ来る、横なぎの尾。

 上へ躱せば攻撃の的へとなり下がり、かといって『飛脚』では上左右には移動できても下は無理だ。


 万事休すな状況下で俺は、魔法を使うことを止めた。

 本来踏むはずだった空を敢えて踏み外すことで、不自然に、そして唐突に重力に従って落下していく。


 ギリギリ頭のてっぺんを通り過ぎた尾を見送ると、再び『飛脚』を使用して前へと進んだ。

 同時に相手は自身の尾が邪魔になって、すぐには息吹スピリトゥムを放てない。


 悠々と自分の攻撃圏内まで走り寄った俺に対して、射線を開けるように尾を動かしたドラゴンは狙いを定めて光を収縮させるが――それは遅いな。


 掌底で顎をかち上げ真上に攻撃を逸らさせると、わざと自分も上空へと跳ぶ。

 下を向こうと顔を動かす相手とちょうどすれ違い、視認されない。


 そのまま頭を下に自由落下に身を任せれば、隠し持っていた最後の武器――麻痺毒の爪をその左目へと切りつけた。


 目元は鱗が少なく、また薄い。同時に神経に直接繋がっているため、麻痺は確実。

 完全に完璧に視界を奪った俺は、一瞬だけ左半身部分にのみ魔力を高めた。


 視覚を失った強者はどうするか。

 答えは魔力による気配に頼る、だ。


 それ故に、俺は僅かに魔力を高めてフェイントを入れ、そうして右へと動く。


 どうにか右目で視認しようと顔を動かす相手だが、感じ取ったであろう場所にはもう誰もいない。

 そして、それは今の俺にとってはとてつもなく大きな隙でもあった。


 勝負は今しかない。

 脳のリミッターを切り、拳を握ると、万感の思いで振りかぶる。

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