第二十話 ドラゴンとの死闘・前編

 ヘビのように細く長い姿。その背からは鳥のような翼が生えており、三本指の手からは鋭く伸びた爪がある。

 シミや汚れのない真っ白に透き通った体色の中で、唯一真っ赤に燃える瞳は宝石のようだった。


 初めて見るドラゴン。

 吸血鬼が廃れてしまった今、最強と名高い種族。


 そんな存在を前に、俺の中で生まれた感情は畏怖ではなく感動である。

 圧倒的な存在感は自らを矮小なものだと言外に悟らせ、無条件に敬意を湧き上がらせた。


 ……これは、人間なんかが勝てる相手ではない。


 体が小さく震える。目を動かすことができない。

 けれど、そんな状況下でなお口角だけは上に吊り上がっていることを自覚した。


 弱気な理性とは裏腹に、俺はこうも思ったのだ。


 ――でも、それが面白い……と。


 底の見えない力量。それこそ、天と地ほどの力の差。

 その絶望的なまでの現状が、逆に自由に戦えるという楽しみに変わり、俺の心を燃え上がらせる。


「――無回答、再質問。汝が侵略者か? 答えよ、さもなくば次はない」


 ドラゴンは問うた。

 その言葉は音を聞いてもさっぱり理解できないのに、なぜか意味だけが伝わってくる。


 どういう原理かも解明されていない、何故か言っている内容だけが理解できる謎の言語。

 それが、ドラゴン族の言葉なのだ。


「侵略……侵略ねぇ……。まぁ、当たらずとも遠からずってところだ」


 修行目的とはいえこの山を攻略するため――有り体に言えばこのドラゴンを倒すために登ってきた。

 その点では侵略と呼べなくもないのだが、別にここを占領しようなどという考えは微塵もない。


 だから、そんな答えになってしまう。


「――判断。しかし、汝は勝手に我の縄張りに侵入した敵。故に滅びよ」


「いいね、そういうの。こっちも私情でアンタを倒すんだから、お互い様だ」


 ニッと笑みを浮かべた俺は、静かに構えた。

 相手のドラゴンもユラユラと尾を揺らしながら敵意を向けてくる。


「――笑止。汝のような矮小なる一個体が、個にして完全なる我に……」


 そんな時だ。

 けたたましい叫びとともに、瓦解した頂上から姿を現したのは片目の潰れた亀の生物。


 落石に見舞われながらもその甲羅で身を守ったのか生きており、怒りの形相でこちらを睨む。


「――憤怒。騒々しいだけの獣風情が、我らが崇高な人類の邪魔をするな」


 それに対して怒りを燃やすのはドラゴンだ。

 口を開くと体色と同じ真っ白な光が収縮して、丸い球体を形成する。


 そのまま真っ直ぐに敵生物へと光線が伸びたかと思えば、あまりの眩しさに俺は目元を覆ってしまった。


 目を開ければ、そこには何もない。

 それでも敢えて場の状況を伝えるのなら、ちょうど光線の筋道だった部分のみが何もない状態へと変わっていた。


 灼けたわけでもなく、融解したわけでもなく……ただただ消えた。


「これがドラゴン族の息吹スピリトゥム――唯一にして最高火力の武器か……」


 そう冷静に語るが、冷や汗は止まらない。

 威力、なんていう次元の話ではなかった。そもそも規模が違いすぎる。


 攻撃跡に薄く煙が立ち上っている状態を鑑みるに、対象を蒸発させたか霧散させたか……。


 光という性質上前者の方がより妥当だとは思うが、結論づけることは出来ないだろう。

 同時に、どうせアレを受けてしまえば死は確定なのだから考えても意味のない気がする。


「――再告。汝のような矮小なる一個体が、個にして完全なる我に牙を立てようなど愚考も甚だしい」


 改めて向き直れば、邪魔が入って言いそびれた発言をもう一度口に出してくれた。


「……上等、その自信をへし折ってやる」


 睨み合う両者。

 敵の尾が揺らめいたかと思えば、俺は直感からその場で飛び上がっていた。


 数瞬遅れて気が付けば、先程まで立っていた場所をその尾が通る。

 ……攻撃速度が速いな。まるで鞭のようだ。


 そのままバク宙をする要領で体を回転させると、空を踏み込む。

 前進しようと脚に込めた力を解放する直前に、俺はあることに気付いて横へと回って逃げた。


 遅れて到来する衝撃が、肩を掠めて僅かに皮膚を裂く。

 上から降ってきたのは二撃目の尾だ。衝撃を受け流そうとしたのだが、反応が遅れたことで傷を負ってしまった。


 そして、それだけで連撃は終わらない。

 視界が回る中、風を切る音だけを頼りに次の攻撃箇所を予測し左側をガードすると同時に、重い衝撃がのしかかった。


 水平方向に吹き飛ぶ身体をなんとか立て直して空を掴むと、無理矢理に踏ん張る。


「くそ…………攻撃が速い上に重い」


 違和感を覚えてこめかみの辺りを拭うと、手の甲にはベットリと赤い血が付着した。

 先のやり取りで裂けてしまったのだろう。


 顔を振り、その感覚を誤魔化すと今度はこっちから攻める。


 空を駆け、全速力で走り寄ると、攻撃範囲へと足を踏み入れた瞬間に再び尾が振るわれる。

 だけど、それはもう見た。


 付け根さえ確認しておけば、尾の位置がある程度把握でき、攻撃方向やタイミングが予測できるのだ。

 だったら、いくら速かろうと避けることは造作もない。


 上下左右、立体的に躱しながら前進していくと、急に攻撃の仕方が変わる。


「――理解。我の尾を見て予測するか。ならば、これならどうだ?」


 自身の元へ尾を引き戻すと、矢を引き絞るようにこちらへ狙いをさだめ始めた。

 そうしてそれは、真っ直ぐに俺の胸へと伸びていく。


 それが皮膚へと到達する瞬間――体を横に倒して、さらに一歩踏み込んだ。

 脇下を掠めるも特に支障はなく、あと数歩でこちらの攻撃範囲に入る。


 この位置なら尾を引き戻す間に間合いを詰められるだろう、そう判断し俺は拳を引き絞った。


 まずは一発。

 振り抜いた拳から発する拳圧が風となって、辺りに衝撃を伝える。


 だがしかし、それが敵の身体まで届くにはあと数ミリ足りない。

 攻撃が当たる直前になって、何故か体が前に進まなかったからだ。


 見れば、いつの間にかお腹の辺りが尾でグルグルに巻かれている。


「――健闘。動きを読み、続く手も予測し、我を相手にここまで接近したのは見事。だが、最後の詰めが甘い」


 確かに……打撃ばかりに気を取られすぎて、こうして尾で掴まれることを考えていなかった。

 何とか腕は挟み込めたのでこのまま締めつぶされる心配はないが、状況的にはかなりマズイ。


 そのまま勢いをつけて振られると、身動きも取れないままに真下へと投げられる。

 空気の圧が強すぎて、満足に体を動かせない。


 何とか、地面との激突の瞬間に受身は取るものの、半壊した屋上は瓦礫だらけで埋もれてしまった。


「痛てぇな、ちくしょう……!」


 必死に手を動かして、乗っかる岩々を除けていき顔を出す。

 敵を探して空を仰ぎ見、俺の顔は凍りついた。


 大きく開かれた口。

 光は既に球状に形成され、次の瞬間には真っ直ぐにこちらへと迫ってくる。


 視界内は真っ白な光で満たされ――。


 そうして俺は飲み込まれた。

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