第十五話 模擬戦闘 ~レスコット VS ナディア~

「それで、詳しい話を聞かせてくれるのよね?」


 必要のなさそうな療養とリハビリ期間を過ぎ、いよいよ本格的な活動に入ろうと思う。

 そんな折に掛けられたお師匠さまの言葉だった。


「あぁ……全部話すよ」


 ルゥたちの模擬戦を見ながら、俺はため息混じりに答える。

 別に隠すほどのことでもないしな。


「俺の異常な回復力の原因は、多分こいつのせいだ」


 胸のポケットから取り出したのは小さな袋に密閉された一錠の薬。

 集落の火事で焼ける前に、その一部を死体から盗んでおいたのだ。


「……それは?」


「なんでもドワーフの奴らが開発したものだと。俺が予想した効能なんかの詳しいことはこのメモに書いてあるから」


 俺はそう言うと、獣人族の里を出る前にまとめた手記を破って、薬と一緒に手渡す。

 このまま持っていてもしょうがないし、お師匠さまの方がこういうのには詳しいからな。


「…………そうだったの。確かに、最近のドワーフの行動には怪しい部分があったわね。分かったわ、調べておく」


「頼んだ、お師匠さま」


 好意に甘えて頭を下げる俺。

 ともすれば、続いて小言が飛んでくる。


「……それにしても、そういうよく分からない薬をホイホイと飲まないの。副作用も使用対象者も不明なのに危ないでしょ」


 まるで子供への説教みたいな内容だ。

 まぁ、正論すぎて反論できないけど…………。


「いや、仕方なかったんだよ……。あの時は、後に引けないような切羽詰まった事態で――」


「――なに貴方、もしかしてその前にも死にかけたの?」


 ジトっとした目が俺を射抜いているのを気配で感じる。

 思わず口を噤むが、もうバレているだろう。


「…………はぁ、もう分かったわ。久々に帰ってきたのだし、また稽古でもつけてあげましょう」


「…………助かる」


 俺は再び頭を下げた。

 見れば、子供たちの模擬戦はちょうど終わりを迎えており、敗者のルゥは悔しげに地面に倒れている。


 やはり、頑張っているといっても一日の長があるルーカスたちが一歩上を行っているようだ。


「はーい、じゃあ皆は休憩に入っていいわよ。次は私とレスで戦うから」


 パンパンと手を叩いて子供を隅へと追いやるお師匠さま。

 それを横目に俺は武器の確認をする。


 銃は……問題ないな。

 ……あー、そっか。刀はこの前の戦いで斬られてたっけ……そういや。


 一応、まだ使えはするけど…………やめておこう。

 あとでリズたちにお願いして、修理してもらわないといけないな。


「ルール確認だけど――地上戦のみで、それ以外はなんでもあり。ただし、ハンデとして私は空間魔法を使わない。――で、どうかしら?」


「あぁ、それでいい」


 提示された条件に頷く。


「それじゃ、このコインを投げて地面に落ちた瞬間から開始ね」


 ポケットから取り出したのは何の変哲もない一枚の硬貨。

 それを指で高く弾き上げ、俺たちはその行く末をただ見守る。


 上へと進む度に回転するそれは減速をし、ある一点で力を失ったように留まり、そして落ちていった。


 それが地面に触れる時――。


 先手必勝。

 腰から銃を引き抜いた俺は間髪入れずに魔力を込める。


 音速の十倍―――不可避の攻撃が彼女を襲った。


 だというのに、涼し気な顔で腕を振るえばその指の間には放たれた銃弾が挟まっている。

 何度やってもそれは同じで、避けられるどころか掴まれるのだ。


 …………分かっていたことではあるけど、やっぱり凹むなー。

 けどまぁ、問題はない。


 お師匠さまの戦い方は空間魔法による瞬間移動での問答無用な距離詰めと、そこから始まるノーガードなインファイトだ。

 だが、ルールで空間魔法は使わないと明言した以上、移動手段は肉体的なもの。


 もちろん、遠距離魔法も普通に使うことができるが、それも指を鳴らすという動作が必要になる。


 ならば、こうして攻撃を続けてその動きを制限してやれば、向こうも攻めには転じられないはず。

 そしてこっちは更なる攻勢に出る。


 少し撃つ角度と魔力の量を変えて、数発の銃弾を放った。

 それは先ほどと同じように直線上に飛んでいくが、お師匠さまの手の届く範囲に入る瞬間、異様な金属音とともにその軌道は変化する。


 違う弾速による弾どうしの跳弾。

 振った腕は空振りに終わり、迫り来る弾丸をお師匠さまは何とか体を捻ることで避ける。


 初めて披露する技を前に、余裕の浮かんでいた顔に僅かな曇りが見えた。


 それでも躱したのはさすがとしか言い様がない。

 まじで化物かよ……あの人。


「へぇ……面白いじゃない」


 善戦できているのだろう。お師匠さまは楽しそうに笑う。

 それとは裏腹に、俺の心情は焦りでいっぱいだ。


 ……初撃で決められなかったのは痛かった。

 きっと、すぐにでも対応してくるに違いない。


 そして、その予想は次の瞬間には現実のものとなる。


 弾数と跳ね返りの回数を増やし今度は背後からの攻撃を仕掛けるも、また腕は振るわれ、俺の意図していない金属音が響いた。


「おいおい……嘘だろ」


 お師匠さまに傷はない。

 銃弾が掴まれた様子もない。


 驚くべきことに彼女は、銃弾を指で逸らし、俺がしたのと同じように自分に飛んでくる弾丸を弾き返したのだ。


 そのまま一転攻勢。

 距離を詰めてくるお師匠さまを前に、悠長に跳弾で狙う暇などなかった。


 その足を止めさせようと撃つが、あの騎士団の奴らからもされたみたいに銃口そのものから姿を外される。


 そして、拳の届く距離。

 右手で俺の銃を持つ腕ごと弾いたお師匠さまは、左手でスピード重視の軽い拳を放ってきた。


 それを俺は左に避けると、拳は開かれ俺の首に宛てがわれる。同時に弾かれた左手首を掴まれた。


「やば…………!」


 そう気付いた時には遅い。

 足をかけられて体勢を崩される。


 体が浮く中、手首だけを動かして銃口を向けた。

 が、魔力を感知されたのだろう。即座に腕を捻られ、弾丸はあらぬ方向に飛んでいく。


 しかし、その勢いに合わせて体ごと捻って体勢を整えると、『飛脚』で宙をつかみ、膝蹴りで反撃。


 躱されはしたものの、拘束はとけた。

 その場で回転すると、今度は首を目掛けて右足で蹴りつける。


 けれど、お師匠さまはこれもガード。

 同時に足を掴まれて、引き寄せられそうになった。


 足掻くがビクともせず、またも銃で牽制する。

 距離にして一メートルもない。だというのに、放たれた三発の弾丸は彼女の指に収まっていた。


 そのまま腕は高く振り上げられ――肘が落とされる。

 仕方なく腕を重ねて防御の姿勢を取るが、それは意味をなさない。


 突き刺さる衝撃。打ち付ける背中。

 地面はひび割れ、俺は何度も咳き込む。


 ――勝負はついた。


 …………くそ、完敗だ。

 相手はまだ本領じゃないってのに、こっちはボロボロ。


 刀が使えたら――なんて次元の話じゃないな。


 見上げれば、お師匠さまは難しそうな顔で立っている。


「レス……貴方、前よりも弱くなっているわ」


 そうして突きつけられる事実に俺は――。


「……………………は?」


 ――目を背けることしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る