第十話 空白の三ヶ月⑦

「さて……では、修業の続きを始めましょうか」


 昼食を摂り終えた午後。

 再び建物の外へとやって来た私とナディアお姉さんであったが、私には一つ気になることがあった。


「はい、ルゥちゃん。何かしら?」


 手を挙げ、質問の意思があることを示すと、ビシッと指を差される。


「他の皆――セレナやフィオネたちが見当たらないのですが……?」


 そう、この場には私たち二人しかおらず、午前中の騒がしさが嘘のよう。


 一体どうしたのか、と問いてみると勿体ぶるでもなく、すぐに教えてくれる。


「あぁ、あの子たちは気にしなくていいわ。各々が自分の仕事をしているだけだから」


「…………仕事?」


「そうよ。例えばソニアたちだったら、料理担当。ウォンたちは掃除で、セレナやフィオネたちは洗濯のように孤児院の家事を皆で分担しているの。言ってたでしょ? 『働かざる者、食うべからず』って」


 確かに言ってた。

 ルーカス――というよりはウォンが。


 でも、彼はこうとも言っていたはずだ。


「でも……それなら、私は何もしなくていいの? 皆は修行を我慢して仕事をしているのに、私だけこうして一人好きなことをしているのって、ズルい気がする」


 そのことがずっと引っかかっていた。

 どことない疎外感というか、お客さんめいた扱い。


 それを指摘すると、心外そうに首を傾けられる。


「あら、私は寝たきりのあの子の面倒を見ることが貴方の仕事だと思っていたのだけど……違った?」


 投げられた言葉に、今度は私の方が目をパチクリ。

 意外なことを言われ反応出来ない私を、ナディアお姉さんはしたり顔で笑った。


「まぁ、それじゃ納得できないって言うんなら……好きに手伝いをしてきなさい。私は頼まれて修行をつけてあげてるだけで、貴方がそれをしようがしまいが関係ないのだし」


 それはまるで、私にとって大切なことは何か、と問われているようで――。

 しばらくの間黙考し、一つの答えを出す。


「……うぅん、このまま私に修行をつけてください」


 多少の申し訳なさはある。

 けれど、今は少しでもレスのいる場所に近づきたい。強い自分になっていたい。


 お手伝いは他の機会に――例えばお皿洗いとかお風呂の時とか、そういうタイミングでやっていけたらいいな。


 そう決意し伝えると、ナディアお姉さんはさもどうでも良さげに髪を梳くだけだ。


「そ、じゃあ今から修行に入るわけだけど……午後は魔法について教えましょう」


 ついに来た。

 必要なことは全て聞き流さないよう、私はジッと耳を傾ける。


「だけどその前に……私たちがとれる戦い方は基本的に、大きく分けて二つしか存在しないわ」


「二つ……?」


 唐突な話題に、私の頭の中はハテナで埋め尽くされる。

 意味も分からず何となく反復してみると、逆に頷かれてしまった。


「そう、二つ。すなわち、魔法を使って遠距離で戦うか、近距離で戦うかよ」


 ……さらに謎は深まるばかり。

 それは魔法を使って戦う、という意味で同じことではないのだろうか?


 一向に傾く首の角度が戻らない私の様子にクスリと笑みを浮かべると、彼女は順序よく説明してくれる。


「けど、その前にまずは魔法というものの根本をおさらいしましょうか。さて……では、ずばり魔法とは何?」


「想像した出来事が現実に現れること――だよね?」


 過去に教わったことを思い出し、辿々しく答えた。

 しかし、帰ってきたのは丸でもなければバツでもない、微妙な笑顔。


「半分正解……かしら。言った通り、確かに魔法は想像を現象へと昇華させるわ。じゃあ、なぜ魔法はそんなことができるの?」


 続く問い。この答えも私は習っている。


「魔力を使うからでしょ? 魔力は色んなものに変わることができるって、レスが言ってた」


 けれど、何故かまたしても微妙な笑いが。

 私は何か間違えて覚えてしまったのだろうか? ……心配だ。


「……まぁ、今はその理解の仕方でもいいでしょう。説明のし過ぎで本筋とズレてもしょうがないしね」


 ポツリとこぼす独り言を私の耳は捉えた。

 ただし、言っている内容に検討がつかず、その意味を考えている間にナディアお姉さんは話を本筋へと戻す。


「で、最初の内容――魔法の遠距離戦と近距離戦の話ね。……まずは、コレが遠距離の方」


 そう言って彼女が指を鳴らすと、前方数十メートル先の何もない空間から氷でできた円柱の物体が現れた。

 冷気がここまで届いてきて、私は二の腕をさする。見上げれば雲よりも高く、頂上を見ることは叶わない。


「――すごい…………」


 白く変色する息を吐きながら感嘆の声を上げると、ソレは一瞬の間にヒビ割れ、跡形もなく砕け散ってしまった。


「魔法の使われ方としては、最もオーソドックスな形でもあるわ。そして次に近距離を見せたいんだけど――っとと、アレでいいか」


 急に辺りを見渡し始めると、私の体くらいに大きい岩を見つけ、その前まで移動する。

 もちろん私も付いていくと、突然その岩に向かって拳を振り抜いた。


 激しい音、そして衝撃が走り、一つの大きな岩は無数の小さな石へと姿を変える。

 ガラガラと砕け散る様は、まるで木製のブロック玩具で組み立てたものを蹴り崩すかのように呆気ない。


「ま、こんなものね。ちなみに、魔法を使わないとこうなるわ」


 比較として見せてくれるのだろう。先程と同じ体勢、構えをとると、同様に思いっきり振りかぶった。

 鈍い音。岩の一部がヒビ割れて崩れるものの、それだけで、さっきみたいな派手な壊れ方ではない。


「あの……痛くないん、ですか?」


 少し気になったので聞いてみた。


「痛い、というよりは痺れるといった感じかしら」


 すると、ナディアお姉さんは手を忙しなく開閉しながら上下に振り始める。まるで、火傷でもした時みたいに。

 ……やっぱり、痛そうだ。


「――って、私のことはどうでもいいのよ。話を戻すわね」


 コホンと一度咳払いを挟む。

 仕切りなおし。


「このように戦闘をする際は魔法を使うことが前提であり、大まかに分けて先程の二種類の戦い方を用いるの。けれど、魔法というのはそう簡単なものでもないわ。その原因が――」


「――ちゃんと想像してあげないといけないから、でしょ?」


 言葉を引き継ぐようにして私が答えると、始めは驚いたような顔を向けられ、続いて笑みが浮かべられた。


「その通り。特に遠距離型の方は、先程のように氷や炎やらといった物質として発現させなきゃいけないから厳しいのよ。だから、先人らはソレを万人が使えるように色々と工夫した。……これについては知ってる?」


 問われ、緩く横に首を振る。

 聞いた覚えがないこともないけど、明確な答えとして浮かんでこない。


「正解は、エルフ族の詠唱魔法と魔族の構築魔法。どちらも考え方は同じよ。正確な想像をすることが難しいなら、呪文を唱えたり、陣を描いたりしてこういう魔法が使える、という刷り込みを行えばいいというもの。例えばさっきの魔法なら――」


 そこでナディアお姉さんは一度言葉を切ると、何も無い方向へと掌を向ける。


「凍てつく大地。そこに咲きたる氷像は、束縛、凍結、散華を約束されん――『氷の塔トレ・ディ・コンジェラメント』」


 生まれたものは先程と同様の氷の建造物。


 続けて、地面に円と見たことも無い文字を組み合わせた謎の図形を描く。そこにお姉さんが手をかざせば、同様のモノが生まれた。


 計二つそびえ立つ氷の物体は、これまた同様に割れる始めると、紡いでいた呪文の如く花が散るかのように消える。


「――というようにすれば、使えるわ。ただし、見て分かる通り隙が大きい。熟練者にもなれば魔法名だけで充分だし、人によっては何も言わずに扱えるから、もしこちらを練習するならそれくらいのレベルを目指しましょう」


 なんとも先の長そうな話だ。

 どれだけ不安に思ったところで、結局は頑張るしかないのだけど……。


「逆に、近接型はノーモーションで使えることが殆どよ。作用する対象が環境ではなく、自分なだけ想像しやすいから当たり前といえばそうだけど……。主に獣人族が好んで使用していて、レスもこの戦い方がメインね」


 そう聞くと、私が過去に経験した出来事に対して気が付くことも多い。

 エルフの里では遠距離型が使われていたし、そのうちの二人は魔法名だけで発動していた。


 獣人族での戦いにおいても、知らないうちに近接型が沢山使われていたのだろう。


 あれ……。でもじゃあ、レスのアレって…………?


「以上が魔法の概要と戦闘に関する話だけど、何か質問は――っと、あるみたいね。何かしら?」


 ビシッと真っ直ぐに手を上げる。


「レスは魔法が使えないって言ってた。けれど、レスの持ってる道具――魔導具……? なら、使えるとも。アレってどうやっているのですか?」


「あら、そっちの話も知っているのね。……そう、あの子が話したんだ」


 私が質問をすれば、何故か驚かれる。

 そして、ブツブツと独り言を呟き始め、自分の世界へと入ってしまった。


「あの……ナディア、お姉さん?」


 恐る恐る声を掛けると、チラとこちらに視線が向く。

 ともすれば、段々とその焦点が合い、ハッとして表情とともに我に返ったようだ。


「あぁ……ごめんなさい。別に教えてもいいけど、ちょっと複雑な話になるわよ?」


 構わない。当時もレスからそう言われていたし。

 分からなかったら、忘れてしまえばいいだろう。私はとにかく話が聞きたかった。


 そんな思いを込めて頷けば、ナディアお姉さんは話し始める。

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