第九話 一方その頃……。居間での出来事

「…………ねぇ、エルフのお爺さん」


 レスは今、読書や探索で忙しそうにしていた。階段を駆け下りた私は、その合い間を見計らってお爺さんに話しかける。


「なんだ、小童」

「聞きたいことがあったの……」


 この人がハーフエルフだという話を聞いてから――いや、この人に出会った時から私には聞いておきたいことがあった。


 大きく深呼吸をすると、胸に手を当て覚悟を決めて口を開く。


「……私ね、誰も信じられないの。ほら、私って吸血鬼だからさ……気持ち悪いことも痛いこともいっぱいされた。それでさ、何か色々と諦めちゃったんだ。私のこれからも、善意も、希望も、この世界まるごとひっくるめて」


 ポツリポツリと語る私は、そこまで話して一息つく。声が震えて仕方ない。


「でもね、そんな時に手を差し伸べてくれた人がいたの。彼は今までに出会った人とは何もかもが違った。作ってくれるご飯が美味しくて、血液まで分けてくれて、私に酷いことをしなくて、それどころか守ってくれて…………。でも、そういう事をしてくれる度に私の心は呟くの」


 この人だっていつかは私を――って。


「彼のことでさえ信じられない自分が悲しい。どこまでいっても、変わらなくて変われない私自身に笑っちゃうの。……ねぇ、エルフのお爺さん。私は、どうしたらいいのかな?」


 ずっと私を苛んでいたモノを、初めて吐露した。

 瞳が涙で滲むが、それを流すことは私が決して許さない。ここで涙を見せることは、きっと卑怯だ。


「…………それは、本人に聞くべきことではないのか?」


 つかの間の空隙を置いて、お爺さんは言葉を発した。


「それはダメ。私を助けてくれた優しいあの人なら、それでもいいと肯定してくれる。けど、私はその言葉も信じられない」


 だけども、私はその発言を否定する。


 彼は優しい。私のことを考えてくれて、私に合わせて行動をしてくれる。

 何かあれば私の意見を取り入れてくれて、なるべく私が傷つかないようにと気遣ってくれた。


 それは彼の美徳だと思う。しかし、必ずしも良いものではない。

 優しさとは、ある意味では嘘だ。その行いが本心からなのか、善意から生まれたものなのか、区別が出来ないということなのだから。


 私の言葉に対して、お爺さんは意味ありげな声音で呟く。


「優しい……か。して、だからといって儂の言葉が信じられるわけじゃないだろうに、なぜ聞く?」


「私と似ているから。同じ、周りから拒絶された者として。それなら、その言葉は聞くことにこそ価値がある。だから信じられなくてもいいの。だって、それを元に自分で考えることは出来るでしょ?」


 最初からこれは私の問題なんだ。簡単に答えを教えてもらおうとは思っていない。

 そう言外に伝える。


 お爺さんは一度暝目すると、再度私を見つめポツリと呟いた。


「……信じられんのなら、信じなければいい」

「……………………え?」


 意味もなく零れた私の声を拾うことなく、お爺さんは淡々と話し出す。


「信頼とは本来、互いを理解し合って初めて成り立つものだ。相手を知らなくて、何を根拠に信ずると言えようか。家族然り、友然り、相手のことを多少なりとも知っているからこそ信じられる」


 私は必死に耳を傾けた。記憶に、心に残るようにと。


「信じられぬのなら、先に知ることから始めよ。己の中を理解で満たせ。そこからでも、まだ遅くはあるまい」


 そう締めくくると、お爺さんは再び暝目した。


「私の中を理解で…………。……知ることから、始める」


 言われたことを反芻し、飲み込む。

 これをどう消化するかは、私の役割だ。


「ありがとう、エルフのお爺さん。部屋に戻ります」


 ペコリと頭を下げ、私はお礼を言った。



 ♦ ♦ ♦



 昨日の晩に寝て過ごした部屋の扉を開く。幸いにもレスの姿は見当たらなかった。

 部屋も綺麗に片付けられているところを見るに、しばらく帰ってくる様子はないのかな……?

 なんにせよ、丁度よかった。


 そのままベッドに潜り込んだ私は、静かに目を閉じ、先程の会話を思い出す。


 ――レスのことを理解する。


 私を助けてくれて、守ってくれて、強くて、優しくて、料理が上手で――。私はそんなレスを理解して知っていたけれど、逆に言えばそんな表面上のことしか理解して知っていなかった。


 なぜ助けてくれるのか。なぜ守ってくれるのか。なぜ優しくしてくれるのか。そういった理由を私は知らない。


 レスのことを疑うわけじゃない。けれど、そういう知らない部分があるから、信じられない理由へと繋がるのかな……?

 そんなことを考えていると、眠気とともに思考が鈍化していることに気がつく。


 なんにせよ、まずは意識が覚醒してからだ。

 重たい頭でそう結論づけると、私は意識をゆっくりと手放し、微睡みに身を預けた。

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