第七話 晩餐は部屋割りの後で…


 残された俺たちは早速部屋割りを考える。

 とは言っても、ルゥは未だに黙ったままなので正しくは俺の独断だ。


 二つの部屋を開け中を確認すると、俺は一方の部屋へ荷物を置いた。


 中は一度も使われた形跡がなく、けれども掃除はしっかりしているようでホコリは見当たらない。

 調度品も一人用ベッドや勉強机が置かれているだけの簡素なものだった。


 後ろから付いてくるルゥに向かって言葉を放つ。


「ルゥは隣の部屋な。……間違えんなよ?」


 すると、先程とは打って変わってルゥの表情が一変する。


「なんで?」


 まるでそんなことを言われるとは思ってもいなかったような驚き。また、ある側面から見たならば泣きそうな顔に見えなくもない。


「お前、昨日は寝ていないだろ。同じ部屋、違うベッドで寝ただけでそうなのに、今回のような共用ベッドなら尚更だ」


 そう語る俺を前に、「でも……」とルゥは食い下がってくる。

 あまり気は進まないが、少し厳しめの言葉で諦めさせるしかないか……。


「いいか、ルゥ。どういう心境の変化なのかは分からないが、無理はするな。無理をすれば旅路はそれだけ長くなり、さらに無理を重ねることになる。ただでさえ追われているのに、あまり負担をかけるなよ」


 俺の言葉に、ルゥはシュンとした様子で下を向いた。

 意識したせいか俺の声も普段より低く響き、威圧したように聞こえたかもしれない。自分の中で少し罪悪感が芽生える。


「――さて、少し早いが飯の準備をするか。ルゥは何か食べたいものでもあるか?」


 慰めの意を込めてその頭に手を乗せると、俺はルゥにそう語りかけた。語気も努めて明るいものにする。


「…………美味しいもの」


 その想いが通じたのかは分からない。けれども、ぽつりと呟かれた声を俺は聞いた。

 見ればルゥは、上目遣いでこちらを窺っている。


「美味しいもの、ねぇ……」


 それは料理を作る者として、一番困る返事だった。

 美味い云々は調理する上で目指す最低条件であり、すなわち、「何でもいいから作って!」と言われているようなもの。


 せめて材料の指定をしてくれれば、いくらでも考えようがあるのだがな……。


「具体的な料理名が出ないってことは、まだ出したことのないヤツで良いんだよな? コレを使った料理が食べたい、みたいなリクエストでも構わないぞ」


「まだ食べたことない料理が良い。けど、レスの料理は全部美味しいから、ホントに何でもいい……よ?」


 別に味の心配をしてる訳じゃないんだが……まぁ、いいか。


「血の方はどうだ?」

「うん、今日は大丈夫」


 その答えに満足し、俺たちは一階へと降りて行った。



 ♦ ♦ ♦



「ほぉ……! これはまた、見事なものだ」


 出した料理に感激したような声を上げるカオス老人。そう言われては、作った本人としても嬉しいものを感じる。


「それは角煮と呼ばれる、人間族の食べ物だ。獣のあばら肉を味付けし、長時間煮込んで柔らかくしている」


 自分の分も用意すると、食卓につき、一斉に食べ始めた。


「――うむ、これは美味いな。トロトロしていて柔らかいのに、肉々しさや旨みが損なわれていない。毎日コレが食べられるとは、小童は恵まれているな」


「……うん、そうだと思う」


 機嫌良く語りかけるカオス老人に対して、ルゥも満更でもない様子で返事をする。


 満足そうに食べているところ悪いのだが、俺としては一つ訂正してほしい事柄があったので、口を挟ませてもらおう。


「いや、さすがにこのレベルの料理を毎日は厳しいぞ。さっきも言ったように長時間煮込む必要があるから、旅には向かないんだよ。こういう、ゆっくりできる場所でないとな」


 そう話をすると、向かいに座るカオス老人はやれやれと言った様子でこちらに目を向ける。


「小僧は難儀だな。先程のは別にそういう意味ではないぞ」


「……いや、それは分かってるけど…………」


 けれども、それで食事情に変な期待を持たせたくはなかったのだ。

 こんな面倒なもの、月一で作るのでさえ遠慮したい。


「あっ、そういえば。アンタのご両親の部屋には本がいっぱいあったよな? アレって読んでもいいか?」


 ふと、部屋を覗いた時のことを思い出し、俺はカオス老人にお願いをしてみる。


「別に構わんぞ。なんだったら、この家の秘密も一緒に暴いてくれ」


『秘密……?』


 隣に座る少女と声がハモる。

 ていうか、ルゥよ。お前、さっきから全然話さないな。そんなに角煮が気に入ったか?


「そうだ。数少ない儂への遺し物の中に、コレがある」


 そう話すと、カオス老人は懐から一個の鍵を取り出し、机の上に置いた。


「どこの鍵かは知らん。と言うより、何処にも当てはまらんかった。母曰く、過去に触れるようになった時、その鍵が全てを暴くそうだ」


 その鍵を滑らすようにして、俺の方に放る。


「しばらく貸してやろう」

「……いいのか? それって、エルフの風習物なんじゃ……?」


 心配になり尋ねてみると、彼は首を振りながら一点を指差した。


「これは違う。小僧が言っているのは、そこの腕輪だ」


 見るとそこには、金属製の腕輪が木の台を支えに飾られている。

 なるほど、炭鉱の多いドワーフならではの贈り物だ。


「分かった。面白そうだし、読書の傍らにでも少し調べてみるよ」


 だが、今日はもう遅い。調べるにしても、明日からになるだろう。

 やるべき事、やりたい事を念頭に置きながら、俺は料理を口へと運んだ。

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