幕間Ⅰ 暗躍する者、企てられた奸計
少し時間は遡り、レスとルゥが未だに里中を散策している時分のこと。
一羽の白い鳥が優雅に翼を広げ、ネーブル樹海の遥か上を飛んでいた。多くの種族が迷うはずの霧の中を難なく抜けると、いの一番に里長の在中する建物へと降り立つ。
その背中には、体と同等の大きさである筒が背負われていた。
部下と思わしきエルフの民が二人――その片方であり、エルフ独特の年齢が全く読めない顔を持つ男はその背中の筒から丸められた羊皮紙を抜き出して一読すると、奥へと走る。
残されたもう片方――まだ背の伸びきっていない少年はといえば、空きっぱなしだった筒を閉じると労いの意味も込めて鳥に木の実を与え、自身の腕へと伝うよう促すとどこかへ連れ去って行った。
♦ ♦ ♦
「長老衆。人間族からの書簡です!」
迅速に、かつ、物音なく駆け寄った一人のエルフは先程受け取った羊皮紙を手に、跪いてこうべを垂れる。
その先には幾つかの段差を経て場所が区切られ、中を覗けないよう簾で覆われた、見るからに厳かな居処があった。
写る影から中には三人の人物が座っていることが見て取れ、それは誰もが知る事実でもある。
そのうちの一人。細くうっすらと骨の見える腕が簾の隙間から伸び、持ってきた物を渡せとばかりに手招きした。
「こちらです」
短く返事をし、その腕に自身の手が触れぬよう心掛けて書簡を差し出す。
「…………ふむ、吸血鬼とは懐かしいのぉ」
「どれどれ……あら、本当。厄介な子を連れ込んだようね」
そこに書かれていたのは、人間族の国王が使役するはずだった吸血鬼の奴隷が連れ去られたこと、そして、その吸血鬼は連れ去った罪人と共にこの里へ向かっている旨。
その他には分かる範囲でその者達の特徴が記されており、匿わず見つけ次第即座に引き渡す要請と重鎮のサインが明示してあった。
「……王だけじゃなく、あの小僧のサインもあるわね。全く、どういうつもりなのかしら」
「さしずめ、俺が要請しているんだから言うこと聞け――というところかの。……忌々しい奴じゃ」
「それじゃ、素直には渡さない? ……いえ、それをしては彼らにこの領土へ踏み込む理由を与えてしまうわ」
「……ふん、どうせ奴らは樹海を抜けられんよ」
「山脈を越えてくる可能性があるじゃない」
各々が好き勝手に意見を交わし議論が白熱していると、コツンと煙管の灰を落とす音が響いた。
その瞬間に、話していた長らは口を閉じ、傍に控えている部下達は息を止める。
その場の変化を気にも止めず再び刻みタバコを詰めると、火を付けゆっくりと味わい、長老衆トップ――通称、総長老はしゃがれた声で語りかけた。
「…………で? 事実として、その罪人らは来とるんか?」
その質問に対して、使いのエルフは頭を下げたまま答える。
「おります。招いたのはレイネス――宿屋を営んでいる者で、樹海から肉の焼ける異臭と煙のしていた所を発見したそうです」
「――――フゥー」
言い終えた彼の耳には、煙を吐く音だけが聞こえてくる。沈黙が痛かった。
「やったら、その罪人らは西に追いやれい」
突然の決定に、殆どの者が反応できない。総長老が放った言葉の真意が読み取れなかったためだ。
だがそこに唯二人、同じ立場として話のできる者が声を上げた。
「総長老や、それは一体どういうことかのぉ?」
「西に追いやると、エルフが逃亡の手引きしたと思われるんじゃありませんこと?」
「……別に逃がすわけやない。明日の朝に緊急令を敷き、罪人らにはLiam(リアム)と接触してもらう。そのための西じゃ」
部下の者達は未だに概要が掴めず頭を捻る中、長老衆の二人は合点がいったようで口々に好色を示す。
「なるほどのぉ、一網打尽というわけか」
「捕らえれば確かに問題ない、というわけね。けど、万が一にでも逃がした時は?」
「そもそもとして手引きした証拠がない。それに、大事な奴隷が逃げとるんじゃ。こんな些細なことで我々に仕掛ける暇は向こうにもないわ」
そこまで言うと、総長老は再び煙管を咥え、それ以上何か言うことは無かった。その代わりなのか、概要を理解した二人の長は未だに何がなにやら理解出来ていない部下へ向けて指示を出す。
従順かつ迅速に方々へ駆け回る部下達を他所に、ただ成り行きを見つめるだけの長老衆。
その三人以外で話の行く末を見据えることができた者はいない。
『無垢なる我らに栄光あれ』
誰もいなくなった長の間に、三人の声がこだまする。
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