第7話 魔導具とその後の夜

 そんな魔法を使えない者による魔法講座を終え、俺はそれまでにやりかけていた仕事を再開する。


 辺りを見渡し手頃な細い枝を拾っていると、真似をするかのようにルゥも枝を集め始めた。


「なるべく乾いた枝を頼むな」


 そう忠告すると、ルゥは既に拾っていた枝のうちの数本を吟味し、ポイッとそこらに戻していた。


 そうして集めること数分。十分な量の枝を集め終えると、俺は中心に枝先が重なるよう円形に、しかし空気の通り道は確保するように枝を組んでいく。


 その様子をルゥは興味津々に覗いていた。

 組み終わると、あらかじめ出しておいた石を手に取る。


「それ、すごく綺麗だけど何?」

「まぁ、見てれば分かる」


 それだけ言うと、俺は魔力を込めて指先の力で石を割る。

 途端、割れた先から炎へと姿を変え、組んだ枝々に着火していく。

 俺の隣では、ほぉとため息をつく音が聞こえてきた。


「…………これ、何が起きたの?」


 目線を焚き火に釘付けながら、ルゥはそう問いかけてくる。


「この石は魔法で炎を固めたものだ。それをこうして魔力を込めて割ってやることで、炎へと戻るようになっている」


「へぇー、綺麗な魔法……」


 その言葉を聞き、俺は苦笑いをしながら否定した。


「まぁ、俺が魔法を使ったわけじゃないんだけどな。そもそも俺、魔法使えないし」


「……………………えっ?」


 目をパチクリとさせて驚くルゥ。まだ出会って一日だが、その表情は初めて見るものだ。


「……え、だってその袋とか石とか…………」


 必死に指で指し示しながら、言葉を紡ごうとしている。

 ルゥの言いたいことは大体分かる。なので、俺はその言葉を引き継ぐようにして補足してあげた。


「そう、このリュックや石で行ったことは紛れもなく魔法だ。けど、別に俺が魔法を使ったわけではない」


 俺の言葉を聞くと、キョトンと首を斜めに傾けた。頭の中が疑問符で満たされていようことは容易に想像ができる。


「原理を説明するのは……面倒なんで省くが、簡単に言うと魔力を流せば勝手に魔法が発動するってことだ」


「……………………えっ」


 先程と同じ反応。けれど、その含む意味は大きく違っていた。


「……え、それって凄いこと……だよ、ね?」


「あぁ、そうだ。呪文を唱えたり陣を描く手間を省くことができ、だというのに魔力さえ流すことが出来るなら魔法の使えない者でも魔法が使えるようになるんだからな。これこそが構築魔法、詠唱魔法を凌ぐ新技術。魔力を流すだけで魔法へと導く道具――通称"魔導具"だ」


 そう自慢げに説明し、魔導具を見せつける。

 その間、今までの話は何だったのだ、と言わんばかりにルゥは口を開けて惚けていた。


 うんうん、いいねその反応! 話をちゃんと理解してくれる子は、凄いことを凄いと認識した上で驚いてくれるから好きだ。説明のしがいがある。


「けどまぁ、世の中そう上手くいかないものでな。魔導具には大きな問題点が二つある」


 ジッと話を聞くルゥに向けて、俺は人差し指を立てた。


「まず一つ目は、技術的に魔導具を作るのは難しく、またこの技術はそもそも秘匿されているため、たった一人を除いて誰も魔導具を作ることが出来ない」


 続いて俺は中指を立てる。唾を飲み込む音が聞こえた。


「二つ目。魔法の出力を流す魔力の量で決めるわけだから、魔力の細やかな制御ができないと魔導具の影響範囲に飲まれてしまう。主にこの二つが魔導具の欠点になるわけだ」


 そこまで説明して、少し話しすぎたかなと後悔する。

 俺の悪い癖で、何かを人に説明するといつも余計な情報まで加えてしまう。気をつけなければ。


 幸いにもルゥは関心したように話を聞いているが、もうそろそろ話を切り上げてもいいだろう。まだ、テントも張ってないし。


「まぁ、そんなわけで俺は魔導具を用いることで魔法を使ってた、ってわけだ」


 話は終わりとばかりに手をヒラヒラと振り、俺はテント設営に勤しむ。

 その手つきは自分でも惚れ惚れするもので、伊達に数年間も旅をしてるわけではなかった。




 思っていたよりも話し込んでしまったようで、テントを張り終える頃には日も完全に沈み、夜の帳も下りようとしていた。


 そう凝ったものを作る時間もないため、鍋に今朝買った野菜や肉を入れて炒め、水を投入し、味を整え、簡易的なスープを用意する。

 一口味見をしてみるが……まぁ、こんなものだろう。


 可もなく不可もなくの出来に満足していると、ふとルゥが俺の手元をジッと見ていることに気づく。


「ルゥも飲むか?」


 朝と同じように勧めてみるが、返ってきた反応はただ首を横に振るだけ。


「そうか……。血は俺が食べ終わった後で頼むな。さっき、ちょろっと飲んだだけじゃ足りなかっただろ?」


 そう問いかけると、今度は控えめに頷く。

 手早く食事を済ませ食器類を洗い終えた俺は、ルゥの隣に腰掛け左腕を差し出す。


 いつもと出す腕が逆なのは、二度にわたって吸われた右腕を庇うための無意識の防衛反応なのかもしれない。


 まぁ、そんなことをしても全く意味はないのだが……。


 三回も飲まれたらそれなりに慣れるもので、あの全身を走るむず痒さは然程苦にはならなかった。


 むしろ、吸われる血液量の限度をイマイチ把握出来ず、いつかぶっ倒れそうで怖い。


 それでも、与えられる分だけ与えてやりたいという俺の心情が、気分が悪くなる一歩手前まで放置、という現状を招いているわけで……。


 今回も例に漏れず、俺の制止をもって吸血は終了された。重い身体を持ち上げ、造血剤を呷る。

 既に一日の処方量を超えているのだが、それは気にしないでおこうか。




 お互いに食事も終えた今、これといってすることは特に無かった。


 ジッと焚き火を見つめ、時々火力を調整するために拾った木を焼べ、ふとした折に周囲をぐるっと見渡す。


 ただ、淡々と時間が流れていくのを感じた。

 気がつくと、俺と焚き火を挟んで向かいに座っていたルゥは船を漕いでいる。


「そりゃ、そうか。さすがに疲れたよな」


 そのあどけない姿に頬を緩ませながら、俺はそっと近づく。

 焚き火の横をすり抜け、声を掛けようと手を伸ばす。


 パキリと爆ぜる音がした。

 その音に反応して、顔がゆっくりと上がっていく。


 ルゥの目が開き、俺の指先を捉え――


「――ゃ。――――ぃや」


 目尻に涙を浮かべ、そう拒絶された。

 思わず手を引く。一瞬何があったのかと困惑するが、すぐにその理由は思い立った。


 その場にしゃがみこみ、ルゥより目線を低くする。


「…………ルゥ。……おい、ルゥ」


 そうして、未だに怯えている彼女に話しかける。


 まだ理性は残っていたのか、声を聞き、おずおずと顔を上げた。

 俺の顔を確認し、過呼吸気味だった息がほんの少しだけ落ち着く。


「歩き通しで疲れたんだろう。寝るならテントの中にしとけ」


 先の出来事には敢えて触れず、テントの方を指差してそう言う。

 小さく「……あ」と音が零れたが、そのままルゥはテントへと向かった。


「これ使っとけよ」


 その後を追うようにしてテントへ向かうと、リュックから枕と毛布を取り出す。


「……ありがとう」


 しっかりと渡したことを確認して、俺はテントの外へとくり出す。


「今日のベッドは土かなぁ」


 燦々と輝く星々を目にして、俺はそうボヤいた。



 ♦ ♦ ♦



 あの人――私を助けてくれた恩人である彼がテントの外に出たのを確認すると、私は渡された枕に頭を乗せ毛布にくるまった。


 思い出すのはさっきの出来事。突如として私へ伸びてきた指先に怯えてしまった。


 それはあの洞穴での出来事を想起させるようで怖かったのだ。

 男性は恐怖の対象でしかなかった。それはあの人も例外ではない。


 今日、彼は私を背負おうかと提案してくれた。けれど、私は彼の重荷になりたくなくて……でも、それ以上に彼に身を預けるのが恐ろしくて断った。


 貰った水だって、本当は魔導具からくれるはずだった。けれど、信じることが出来なくて、それを私が飲めなくて……わざわざ川を探してくれた。


 朝も夜も、いい香りのする温かい食事を出してくれたけど、私に食べる勇気は生まれなかった。


 彼はおそらく優しいのだろう。それは一緒にいて感じる。


 彼は恐怖から私を助けてくれた。あの国から連れ出してくれた。血を分けてくれた。さっきだって、私の怯えに何も言わず、こうして枕と毛布をくれた。


 彼を疑っているわけじゃない。ただ、信じることが怖いだけ。

 感謝はしているけれど、それが信用には至らない。


 どうして彼は、何の見返りもなく私を助けてくれたのだろうか?


 あまり寝付けず、寝返りを打つ。


 その理由だって明白だ。枕と毛布から香る男性特有の微かな匂いが私の心を落ち着きなくさせる。


 不快なわけじゃないけれど、安心して身を委ねることが出来ないくらいには気になった。

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