第9話 探り合い
雛乃が目を覚ますと、赤い瞳が目の前にあった。目を覚ましたことに気づいた執事が、声をかける。
「おはよう、雛乃」
「ゆう……と」
「うん、僕だけど? どうしたの、もしかして寝ぼけてる」
起きてすぐだからか、雛乃の丸い瞳が潤んで見えた。
「こ、怖い夢を見たの」
その夢で辛く悲しいことを思い出したと、どこかに消えてしまいそうな雰囲気の雛乃は言った。
「こんなことが、朝あってさ」
朝食に使ったお皿を洗いながら、幸に話しかける。
「なんか知ってる? 幸くんは」
「知ってるって何が? お嬢様の夢まで気にしてるの? 夢は夢でしょ」
「悪夢って大体が体験したことに基づくらしいからさ……ほら、雛乃の怯えの対象は排除しなきゃ、いけないでしょ?」
「……うわぁ、過保護すぎて心底気持ち悪い」
普通の雑談をしていると、ジルが悠冬の名前を呼んだ。
「お嬢様が、早く来いって言ってるっスよ〜!」
「えっ?」
確かに昨日、明日話すとか言ってたけど今、話すのかな? 心の準備が……。
「おーい、大丈夫っスか? 早くした方がいいんじゃ?」
「あっ、でも洗い物が」
「ジルがやるから、早く行け!!」
「「はいっ」」
幸の一声に、二人釣られて返事をした。
「雛乃!!」
「走ってる所見られたら、クロに怒られるわよ」
雛乃は、さっきのパジャマ姿ではなく、赤いスラっとしたワンピースを着ていた。赤色が雛乃に実によく似合っているのだ。
「……? 何ジロジロ見ているのよ」
「可愛すぎて、辛い。あっ! これ僕の瞳と同じ色だね!!」
雛乃は、無意識にこの色を選んだことに、動揺しつつサラっとこういうことが言えてしまう悠冬を睨みつけた。本人は、「運命かな?」などとふざけたことを言っているが。
「べ、別に。アンタの顔見て、この服にしようとか決めてないから! ……それにこの赤よりも悠冬の瞳の赤の方が綺麗よ!!」
前半はまさに、ツンデレ王道だなと思っていたところに、褒められるという展開に悠冬の頭はついていけていない。
「〜〜っ」
雛乃自身も自分が何を口走ったのか、気づいたようで二人して顔を真っ赤に染め上げる。その様子は、まるで恋愛映画のようだった。
しばらく、黙っていた二人もこのままではいけないと思い、なぜか温室で話すことになった。
雛乃がわがままを言った。「部屋は、なんか嫌。今は温室の気分」とのことだ。顔がものすごく赤かった、可愛い。そんな小さいわがままさえも可愛いと悠冬は微笑んだ。
雛乃は紅茶を飲みながら話したいらしい。悠冬は、ポットを取りにキッチンの方へと向かっていった。
***
如月家の温室は、素晴らしいものだった。花について一切知らないような悠冬さえも、唸ってしまうほど。それぐらいに花が生き生きしており、テレビで見るどこの温室よりも美しく、儚い。
個々の花は、私を見てと言わんばかりに、存在感が出ている。
アンティークな雰囲気のテーブルや椅子が、堂々と真ん中に置いてあり、美しい花に囲まれ幻想的な雰囲気を見せる。
椅子に座り、真正面の席に座る雛乃を見つめる。まるで人形みたいだ。
美しい花に囲まれ、雛乃の黒い髪がより一層、綺麗に見えて悠冬は目を細める。
そして、雛乃が語り出す。
「如月家というのはね、政治界を裏から操っている一族なのよ」
「……はい?」
――よくわからない単語が出てきた気がする。
「……というのは、裏の話。表向きには数々の偉業を成し遂げ、財を積み上げてきた凄い一族ってことになっているわ」
「何を成し遂げたの?」
「さぁね、どれが本当かなんて分からないわ。なんでも、カジノで大儲けしたとか
……私、そもそもお父様が何の仕事をしているのか知らないのよ」
雛乃は思いつめた表情を見せる。確かに自分の父親が何の仕事をしているのか、知らないというのはなかなかに……。
「……変な話だね、お父さんに聞いたりしなかったの?」
「聞いても、一切答えてくれなかった。もう慣れたんだけどね」
やれやれと首を左右に振る雛乃に、悠冬は何とも言えない気分になる。
――そうとうの箱入り娘というやつなのかな? でも普通は箱入り娘でも自分の親の仕事くらいは分かるはずなんだけど……何か事情があるのかな。
「それで裏のお仕事は?」
「ぜっーたいに笑わないでね!!」
「うん、笑わない」
周りに誰もいないかを確認した後、聞こえるか聞こえないかのギリギリの声で囁いた。
「……超能力」
「超能力? 漫画とかによく出てくるやつのこと?」
「超能力で知ったことを、教える仕事」
「……うん?」
雛乃の話を理解しようと頑張るが、さっぱり分からない。
「私は魔女の家系だから。魔女っていうのは物語によっては残忍な性格だったりロクな目にあわないけれど、ここでは違う。
むしろ、敬い従うべき存在であるとされているわ」
「……魔女の家系」
肖像画のあの赤い瞳が、頭の中に鮮明に写し出される。
「超能力と言っても、念じれば、ただ少し人の未来が見えただけ。未来予知ってやつ。今は……見えないの」
悠冬は、直感でその言葉は嘘だと感じた。おそらく、今も使えるのだ。雛乃のことは、すぐにわかるんだなと自分の愚かさに笑いが出てしまう。
――僕に、そんな資格ないのに。
「そうだったんだ……でも雛乃、僕は」
「気持ち悪いでしょ? いきなりこんなことを言われて」
「そんなわけないよ! 雛乃、僕はね今嬉しいんだ。雛乃が勇気を出して、教えてくれたこと」
――嬉しいんだ。たとえ、まだ何か隠しているとわかっていても。それに隠してるのはお互い様だしね。
「でも私、普通じゃないの」
「……それを言ったら雛乃よりも僕は」
「僕は?」
「なんでもないよ、雛乃」
悠冬の笑顔がまるで、作り物のように見えてぞわりと寒気が雛乃を襲った。
「あぁ、それで呪いって何?」
気を取り直してとでも言いそうな風に、話を逸らす。
「……あの肖像画の女は、私の母親。……あの女が私に呪いをかけた」
ふぅ、と息を吐き、そして
「私が子どもを身籠もったその子は、必ず世界を
「……っ」
「有名な話よ。だから、昔、襲われかけたこともある。助けてもらったけど」
「……ん」
「育てる人にもよるのかしらね、子どもって。だからある程度強くなきゃいけなかったってわけ。執事の募集要項にもあったでしょ?」
ポストに入れられていた募集要項を思い出す。
「なら普通に考えて、男の人はまずいんじゃないのかな?」
「あれ、私が入れたと言ったら?」
「……茶番だね。あっ、もう一杯いる?」
ジルの見よう見まねの真似事で、たどたどしく紅茶をそそぎながら、考える。雛乃の思惑を。
――ほらやっぱり、僕のこと覚えてたんだ。だとしたら、最初のあれも演技? 大した役者だなー。いっそ仕掛けてみるかな……。雛乃なら、平気だと思うしね。
「僕、前に君に出会った時、お姉さんにも会ったんだ! また 会いたいな。だから紹介してくれない?」
今、自分がどれだけ酷いことを言っているのか、悠冬は自覚している。でも仕掛けてきたのはそっちだしと、よく分からないプライドが出てくる。
「私には、姉も妹すらもいないわよ?」
雛乃は無表情で、そう言った。
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