第5話 可愛いお遊戯会
雛乃の父親の部屋に入り、二言ぐらい話したのち、ソファーに座れとの命令を受ける。
豪華なテーブルには絶対に高価だろう。花瓶が真ん中に置いてある。
雛乃と悠冬は隣に座らせてもらう。
父親的には隣には座って欲しくなさそうではあったが、愛娘のお願いなので聞かずにはいられなかった。
「まず、自己紹介だな。言うのを忘れていてすまない。如月
「……如月 龍一」
「神木 悠冬。貴様はウチの雛乃と、どこで出会ったのか」
悠冬は雛乃に、目で合図を送る。雛乃が頷いたので作戦開始だ。
作戦とは、悠冬がひたすら適当に出会いやその他を雛乃の父親に話すという、なんとも人任せすぎる作戦であった。
――緊張するし、うまくいくだろうか。
「はい……僕は家族と喧嘩し、絶縁をして実家を出ました。そこで僕を待っていたのは飢えと絶望でした」
「なるほど。若いのに、苦労していたのだな」
「自殺しようと自暴自棄になっていた僕は、とある雪の降った日に――「そこで悠冬と、学園から帰る途中に出会ったのよ。本当に目がやばかったわ。私と出会わなければ、確実に死んでたわね」
悠冬の台詞に被せ、早口でペラペラと喋る。
「いきなり、なんで被せるんだよ」
「だって長そうなんだもん」
頰を膨らませるあざとい悠冬に、顔を赤くしながら小声で文句を言う。
「うーむ」
やっぱり納得がいかないのだろう。深く考え込んでいる。
その様子を見た、雛乃は机から体を乗り出し、アピールをする。
「お、お父様。私偉いわよね? だって人の命を救ったんだし! それに私は悠冬じゃなきゃ嫌なのよ」
「……雛乃よ」
「はい、お父様」
「お前のために仕立て上げた、わしのお気に入りのワンピースがある。あれを神木くんに見せてやってくれ」
「え? お父様、その……わかりました」
雛乃は、悠冬と父親が二人で腹を割って話したいのだということを察し、了承する。
「では、一旦失礼するわね」
悠冬の方を一切見ずに、部屋から出て行ってしまった。
――ここは目を合わせて欲しかったな!! それだけで元気出るのになー。ってあれ? なんで僕、あのお嬢様に絆されているんだ?
気づいたらすっかり、あのお嬢様がお気に
入りになっていた。
――あんなにも……うーん、変だな。
「ところで神木くん、君は雛乃の事を幸せに出来るのかね」
「はい。雛乃さんの為なら、命さえも投げだす覚悟を持っています」
――本当に僕は何を言っているのか。いくら芝居とはいえ、ここまで言うなんて。……初めてのことだ。
雛乃の事を考えるだけで胸が高鳴る。
こんな経験は初めてで、頭の中が真っ白になっていく。
――でも、もしかしたらあの雪の降った日に彼女と出会ったその時。既に、僕の心は奪われてしまったのかもしれない。
「神木くんの、その心を信じよう。それなら――「きゃああああああ!!!」
甲高い悲鳴が響き渡る。あの声は……
「……っ、雛乃!!」
悲鳴をあげたのが雛乃だと分かった瞬間、悠冬の行動は素早かった。
龍一を押しのけ、何かを手にとってから、外へ飛び出していったのだ。
「うむ……若いのう」
しみじみとお茶を啜る音が、部屋に響いた。
隣の部屋の扉を勢いよく開けると、そこには赤髪の女が雛乃の首にナイフを突きつけていた。
「は、離しなさい! さもないと、とんでもないことが起こるわよっ!!」
焦っているのか、雛乃が可愛い言い訳をし始める。服も可愛らしいものに変わっている。
「このお嬢さんを人質にしちまえば、大金ゲットっスね!! いっやほぁおおおーーい」
赤髪の女は、テンションが上がりナイフを振り回している。正直、何をしだすのか分からない。
「た、たすけてよっ。悠冬」
「……ん」
「ゆ、悠冬?」
何も反応してくれない悠冬を、悲しそうに見つめている。
――うーん、わかりやすいなー。
そうして、ニコニコと笑いながら赤髪の女に近づいていく。
悠冬は体の力を抜き、腕をふらふらさせ、リラックスしている。
「ん、んぎゃ。こ、このナイフが見えないっスか? 目が悪いとか――」
あまりの無関心さに、イラッときたのか挑発を始める。
構えのポーズを取り、ナイフを持つ方の手に向かって蹴り上げた。
雛乃を離し、間一髪のところで避けた赤髪は、
「おわっちょ、待ってよ。マジで! ヤバいっス」と叫んでいるが、どこか嬉しそうに見える。
「んー、やっぱり避けられちゃいますよねー。雛乃! 遠くに逃げてね、えいっ」
気の抜けた掛け声とともに、
花瓶が放射線を描き、飛んでくる。
「は――あわわわ」
いきなりの出来事に、目をつぶる赤髪。
パシッ、顔の近くで音がした。
恐る恐る目をうっすらと開けると、花瓶を手で掴んだクロの姿があった。
「ク、クロさあああーーーん!!? ヤバいっス! 流石に怖かったっスよ」
泣き崩れるフリをする赤髪に、
「ご苦労だった、ジル」
クールな返しを見せるクロ。
上手くいって良かったと、息を吐く雛乃の背後から地を這うような声が聞こえた。
「……ひーなーの?」
「ひぃ――」
顔は笑顔だが、目が笑っていない。
「どういうことですか? クロさん」
雛乃に聞くより、クロの方が早いと判断するや否や、クロに声をかける。
「当主様のご命令でございます。もし、雛乃様に何かあった時、神木様はどうなさるのかと」
クロの肩越しに当主、龍一の姿が見える。
「素晴らしかったぞ! ナイフを持った人間に堂々と立ち向かうとはな。うむ、驚きだ」
「えっと、あのー」
「お父様と呼んでもらっても構わんぞ。うーむ、やはり未来の婿だ、龍ちゃんとか呼んでもいいな」
――娘も娘なら、父親も同じくチョロいのかな?
ドタバタ、和気あいあいとした雰囲気が流れ「お屋敷を案内します」というクロの提案で部屋を後にする。「あれ? 自分の説明して欲しいっス!!」ジルの悲痛な叫びは、消えていった。
ぞろぞろとクロの後に続く。
「ねぇ、悠冬がカッコ良かったから。その、ほらご褒美よ」
そう言って、差し出したのは右手だった。
「ご褒美って?」
「み、見ればわかるでしょ!?」
――ああ、凄く嬉しい。多分顔がにやけてるんだろうなー。
「うん、わかったよ」
ギュッ
「何ニヤニヤしてんのよ! もうっ」
――なんか、昔を思い出すな。
少女の手から伝わる体温に、心まで暖かくなっていく。
「ねぇ、アンタ」
幸が壁にもたれかかり、二人を見ていた。
二人というか、繋がれた手を凝視していたのだが。
「……っ!? 幸くん、どうしたの?」
「当主様が騙されても、俺は騙されないから」
「幸、どういうことよ。説明して」
「あいつ、ジルやお嬢様の演技に気づいてた」
限界まで開いていく瞳を見つめて、悠冬は微笑んだ。
「ほら、だって強盗には見えない格好だったし、それに――」
だってどう見ても、この屋敷の使用人。服があまり汚れていなく、綺麗だったので強盗ではない。そう悠冬は考えた。
「何よ? ちゃっちゃと言っちゃいなさいよ!!」
少し言いづらそうに頭を掻いた後、あっけらかんと言い放った。
「お遊戯会みたいで、雛乃。すっごく可愛かったよ!」
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