135話 モブだった男の話回
ユングというのが何者かといえば、『新勇者パーティーの一人に選ばれるぐらいの実力者』であり、『ロザリーに叩かれない程度に
貴族の私生児でもあった。
私生児というのは字義だけを語るなら『婚姻関係にない男女のあいだに産まれた子供』なのだが、現在のご時世を考えると、その意味あいは二種類に分類される。
それは『戦争で夫、あるいは妻が死んでしまったが、残った片親に育てられた戦災孤児』……
あるいは『貴族の側室にもなれない身分の、貴族のお手つきによって生まれた子』であった。
ユングは後者だ。
そこそこの実力とまあまあの敬虔さ、それから『そういやあいつ、俺の子供じゃん』というコネが最後の一押しになって、ユングは『新勇者パーティー』という企画の初期メンバーに選ばれた。
戦場に出向くのだから死の危険はもちろんあるが、ある程度生き残れば王都での身分が約束されていたし、ロザリーの部下みたいな立ち位置ではあったが神殿においてもかなり高い身分をもらったりもして、ユングの人生は安泰と言えた。
彼の人生が最初の……『新勇者パーティーに選ばれる』ことを最初とするなら、二度目の……転機を迎えたのは対巨人の戦場で、巨人将軍におさまっていたレイラと戦った時だった。
なんで元勇者パーティーのレイラが魔族がわに立っているのか、しかも巨人たちに将軍扱いされているのか、全然わからなかった。
しかしユングは頭もそこそこ回る男だ。これを大きなチャンスと捉えた。
新勇者パーティーは『貴族が無理やり作ったもの』であり、旧勇者パーティーのように庶民から自然とそう呼ばれるようになったものではない。
……旧勇者パーティーもまた『自然と』かどうかは意見が別れるところで、ここには勇者の流言術があったのだけれど、それはユングからは観測できていない。
とにかく実績が必要だったが、いくら武功を立てようと『でも、旧勇者パーティーの方がもっと……』という声は消えない。
だが、もしも、旧勇者パーティーのメンバーと一騎討ちをして、勝利できたら?
誰も新勇者パーティーのユングの実力を疑わなくなるだろう。
ユングは武力はそこそこ、信仰心はまあまあ、コネは極細の男ではあったが、野心は人並みより少しあった。
だから名前を売り、顔を売り、実力を示し、『貴族によって作られた偶像としての勇者』ではなく、『自分の実力で勝ち取り、自然とそう呼ばれるようになった勇者』を目指したわけだ。
その試みはレイラに粉砕されてしまった。
完敗したのだ。
相手にもならなかった。手も足も出なかった。
戦い始めには拮抗していたと思われた実力は、レイラが手加減して遊んでいただけで、『やる気』になったレイラには一撃で粉砕されたのだ。
だが、生きていた。
ユングは実力も信仰心もコネも中途半端ではあったが、くじけない心を持っていた。
生きてさえいればどうにかなると、そう思っていた。
ところがここから激動の時代が始まる。
フレッシュゴーレムによって人類が滅びようとしていた時代には、ロザリーにつかまって山奥で筋トレ生活を強いられてしまった。
格好良く民衆を救おうと思っていたのだけれど、それは自分一人の実力ではとてもできないこともわかっていた。
だから昼神教きっての武闘派派閥である聖女派をうまく転がして人々を助けていこうとしていたのだが、ロザリーを転がすことはできなかった。
フレッシュゴーレム戦役という『うまくやれば民衆から英雄視されること間違いなし』というタイミングを、ユングは筋トレだけして過ごす羽目になってしまったのだ。
あるいは一念発起し、一人ででも人々を助ける活動を始められていればよかったのかもしれない。
しかしユングは自分の実力がそこそこでしかないことが身に染みていたし、人々を救うことに命を懸けるほどの意義は見出していなかった。
自分の命が一番大事だ。
英雄視されたい。だが、それは、生きてチヤホヤされたいという話で、死後に語り継がれたいわけではない。
そして、フレッシュゴーレムどもがあちこちに出現してむごたらしい虐殺を繰り返している中でも、ロザリーのそばにいれば安全だ。
山奥で筋トレをしている昼神教聖女派の多くは、似たような考えだったのではなかろうか?
聖女を崇め、筋トレすなわち礼拝だというのを信じるというのは建前で、ただ、身近にいるヤバイぐらい強いやつにすがって、安寧を求めていただけ、なのではないだろうか?
それからさらに時代が動き、様子がおかしくなったロザリーに命じられるまま、フレッシュゴーレムたちを一網打尽にする作戦に参加することになった。
そこで女王ランツァから優しい言葉をかけられたことが、ユングには印象深い。
……これまでの人生、ひたすら功名心に任せるままに突っ走ってきた。
それは『出世しないと未来が暗いから』であり、ようするに生存のための努力だったわけである。
ユングが、ユングを生かすために努力したとて、誰にも誉められることはない。
それは当たり前なのだった。ユング自身もまた、自分の命を他者の命より圧倒的上位においているし、さらに言うと、『自分のより良い人生』のためなら、他者がいくらか死んだとてしょうがないと思うところがあった。
これはユングが極端に自分本位の考え方をする者というわけではなく、この時代の人族にとって平均的な考え方とも言える。
とにかく貴族以外はいつ戦場で死ぬか、飢えて死ぬかわからない……特に実家が商店とかではない孤児は、神官になってうまく生きるか、戦場で武功を挙げるかしか道がない時代なのだ。
この状況で『自分の人生』よりも『他者の命』を優先する者は、どちらかと言えば狂人に分類される。
もちろん親しい相手ならば『自分の人生』より優先することもあるだろうが、『顔も名前も知らない誰か』のために人生を投げ出す選択など、ありえないのだ。
だからユングもまた、当たり前のように、自分の人生のためだけに、昼神教も、戦争も、新勇者パーティーという立場も、利用しようとした。
フレッシュゴーレム戦役において保身第一の行動をとっており、それはロザリーのように異常な人材以外の誰もがそうだったろう。
ユングが死んでも誰も困らない。
でも、女王ランツァに『生きてほしい』と言われたのだ。
……冷静に考えればそれは、ただのリップサービスだとわかる。
それでも、手をとられ、目をまっすぐに見つめられ、かわいい女の子に『生きてほしい』と言われると、心が動いてしまうものだ。
まして昼神教聖女派の女性たちにはない『か弱さ』みたいなものを感じさせるほっそりした手に握られれば、それはもう、本当に、自分でもどうかと思ってしまうぐらい、自分の考え方を変えてしまうのだった。
かくしてフレッシュゴーレム戦役を収束させるために出陣することとなる。
ここでもユングは英雄的活躍ができなかったが、まあ、結果的には生きていたし、そのころにはもう社会のありさまがすっかり変わってしまっていたこともあって、ユングはそこまで功名にこだわらなくなっていた。
時代がさらに流れていく。
ロザリー殴り隊とかいう謎の組織が立ち上がった時、ユングはロザリー派の神官でありながら、この組織に対してさほど真剣には取り組まなかった。
神や聖女のために動くことに、どうにも情熱がわかない。
いや、最初から情熱なんかなかった。
ただ、楽しておいしい思いをしたいという気持ちだけが常にあって、そのために最低限すべきことが『命懸けで戦うこと』だったから、そうしていただけだ。
けれど、今のユングは、情熱がないと動けない。
動けないあいだにロザリー殴り隊はなんだか解散して、ロザリーも、殴り隊リーダーだったレイラも行方不明になった。
ユングはなんとか生活はできていた。
フレッシュゴーレム戦役のさいに壊れた家屋は大量にあって、その修理のための人材はいつでも募集されていた。
昼神教聖女派……ようするに筋肉一派にいたユングは体力があったので、そういう単純な力仕事に従事することで、日々の糧を得ていたのだ。
ある意味で、平和な日々━━
だが、死霊術を操るリッチが王都に攻め込んでくるという話が出て、平和は唐突に終わりを告げた。
リッチは女王を狙って死の軍勢を率いて迫っており、その進撃は止めることあたわず、王都は戦場になるものと思われた。
ユングの脳裏にさまざまなものがよぎった。
復興を始めた王都。大工仕事でかかわったさまざまな人々。
なにより、自分の生存を望み、手をとってくれた女王陛下━━
……絆されやすい単純な男だと笑わば笑え。
『顔を見て、声をかけあい、笑いあう。汗を流して、明日を語る』……こういう人とのかかわり方は、ユングにとって生まれて初めてのものだった。
昼神教所属時は生き残ることに精一杯だったし、同年代の神官候補たちは政治的に対立し、常に足を引っ張ったり、なにかを密告したりしようとする敵でしかなかった。
戦場ではもちろん死の危険が常に付きまとっていた。背中をあずけるべき軍人たちは神官や『新勇者パーティー』をわかりやすく嫌っており、戦場よりも本陣の方が危険なほどの有様だった。
世界はだいたい全部、腐っていた。
皮肉にも、フレッシュゴーレム戦役以降、世界はようやく腐り落ちた部分をすっかり削ぎ落とされ、人の優しさを裏を疑うことなく信じられるようになり、横に立って同じ方向を見る者たちを仲間だと思えるようになったし━━
女王ランツァの治世であるこの国に、愛国心みたいなものが芽生え始めたのだ。
その国がリッチというやつに滅ぼされそうになっている。
……ユングは槍をとり、リッチに立ち向かった。
身から溢れ出る力はこれまでにないほど強く、あのおぞましく不気味な死の軍勢さえも、どうにかできる自信が全身にみなぎっていた。
王都に攻め込んできたリッチに立ち向かい、そして……
気付けば、すべて終わっていたらしい。
『死の即位式』とか『死の戴冠式』とか呼ばれるものがあって、この国はリッチに支配され、女王ランツァはアンデッドにされ……
後悔と、無念と、絶望がユングの胸中を満たした。
だが、女王は次第に自我を取り戻し、ついには魔族へ向けての大侵攻が発令されたのだ。
しかもリッチさえもが女王の意向をうかがう様子を見せ、協力しているらしいではないか。
女王陛下は━━人類は、これからもっとよくなろうとしている。
一足遅れてはしまったが、ユングもこの人類最後の戦いに参加しようと、すでに出発した人々を追いかけた。
ところが、そこで、戦士レイラの暴走を見かけてしまったのだ。
そばに女王はいない。
あたりにいるのは、新勇者に選ばれた自分をやっかみ、嫌い、卑劣な手段で追い落とそうと画策していた兵士ども……
それから、敵である巨人やドラゴンたちだけだ。
どうでもいいはずの他人たち。
でも、少なくとも兵士たちは、あの女王陛下の国民なのだ。
……街の復興のさいにともに笑い合った、誰かの家族かもしれないのだ。
だから、ユングは名乗りをあげて槍を構えた。
レイラを倒し、人々を守るために。
かつての敗北が頭によぎったけれど、それはそれ。
ここでコソコソ逃げ出せば後悔するだろうという気持ちが、彼の背を押していたのだ。
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次回更新は4月18日(月曜日)
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