134話 主人公が必ず最終決戦にかかわれるとは限らないんだよな回

 ━━その日、人類は思い出した。


「巨人、めちゃくちゃ強いな!?」


 悲鳴なのか怒りなのかわからない声が戦場にはこだましていた。


 大陸中央にある『前線』にはたくさんの人族と魔族がいて、これまでにないほど激しいぶつかり合いが起こっていた。

 隊列もなく全員が全力ダッシュした結果、『前線』の位置はだいぶ魔王領の方へと移動していたが……

 遅れて出陣した魔族軍によって前進の勢いは止められ、今は入り乱れての戦闘となっていた。


 人族軍の後続も追いついてすっかり団子状態での戦いになっており、こういう戦術もなにもない殴り合いにおいては、人と魔の性能差が如実に出る。


 基本的に、魔族に分類される者どもは、人族よりも強い。


 しかも北および中央前線においてはドラゴンや巨人といった『特殊能力もあるが、基本性能の時点でわかりやすく強いやつら』が入り乱れていた。

 これに最初、勢いでぶつかっていった人類軍ではあったが、前線が膠着し死者が増えていくに従ってだんだんと勢いも消え去り、今ではもう、逃げ惑う者が半数といった様相だった。


 鎧をまとった兵士たちは巨人の腕のひとふりで弾き飛ばされて宙を舞い、そこをドラゴン族のブレスで追撃されて死んでいく。


 救いはといえば、入り乱れているせいで巨人の同士討ちが起こっていることと、これもまた入り乱れているおかげで、ドラゴンが空中からブレスによる焼き払い攻撃をしてこないこと、だろう。


 おかげで一気に数を減らされることはないものの、じわじわと性能差による敗北が続き、軍の士気はすっかり落ちてしまっていた。


「くそッ! 誰か! 聖女様は!? リッチとかいうのは!? 女王陛下は!? あとあの、ピンクのヤバいやつは!? 誰かいないのか!?」


 人の戦いは基本的に『やたら強いやつが突っ込む』『あとから軍が追いかけて撃ち漏らしを掃討する』というものであった。

 つまり『やたら強いやつ』がいないと話にならない。そして『やたら強いやつ』は現在、魔王城で筋トレをしているところであった。


「オオオオオオオオオ!!!!!」


 巨人の叫びが響き渡る。


 一人の巨人が叫ぶと、他の巨人どもも呼応するように叫ぶ。


 その叫びは戦場を揺らし、物理的な衝撃となって人の兵士たちの全身を叩き、ただでさえ低かった士気をますます下げた。


「我々は戦場に帰ってきた!!!!!!」


 ピカピカした花崗岩のような体表の巨人の叫びは、歓喜に満ちていた。


 そう、ここに今いる巨人たちは、レイラにくっついて人族の領地に来たものの、帰り道がわからずに延々さまよっていた連中なのだ。


 もう二度とおうちに帰れないのではないかという不安、恐怖、焦り……

 そんな中で人族の軍を見つけた時の喜びたるや……


 すっかり舞い上がった巨人たちは、勢い余って人族の軍を踏み荒らしてしまった。

 そうしたら『巨人の奇襲だ!』という騒ぎになったので、なんだかわからんが戦いを始めた━━というわけだ。


「ドラゴン族について行けば帰り道がわかるぞ!!!!! みな、ドラゴン族から離れるなよ!!!!」


 ひときわ大きいピカピカ体の巨人が叫ぶと、他の巨人どもも負けじと大声で叫び返す。

 巨人たちの叫びはすごい勢いで人族たちの士気を下げ続け、ついに逃げることさえあきらめてその場に崩れ落ちる者も出始めた。


 ━━そんなタイミング、だった。


「あたしの暴力が必要なようね」


 ちりん、と。

 巨人の叫び声でうるさい戦場に、涼やかな鈴の音がはっきり響く。


 その異様な存在感に、戦闘時特有の高揚状態にあった者たちが、いっせいに音の方を見た。


 そこにいたのは━━

 いや、そこに『あった』のは、巨大な剣であった。


 人の身の丈のゆうに十倍ほどもある、巨大な巨大な剣が、柄を下に、刃を天に、そびえ立っているのだ。


 異様な光景。

 ……それをまじまじと見ていた者どもは、剣の根元あたりにいる、小さな人影にようやく気付くことができた。


 そこにいるのは黄金の髪に黄金の瞳を持った、子供のような矮躯の獣人女性である。


 暗黒聖女説法ライブ(新聖女出現以降、後追い聖女がたくさん出た中で出現した聖女の一種。デスボイスで神への愛を説く)でも向かうような露出度の高い服装のそいつは、とても戦場に立つ姿には見えない。


 しかし、その場にいる全員が、知っているのだ。


 あの小さな姿。

 あの藪に入っただけで全身擦り傷まみれになりそうな格好。

 なにより、あの巨大すぎる剣と━━


 しっぽにくくりつけられた鈴が、ちりんと鳴る、音。


「勇者レイラ!」


「将軍!!!!!!!」


 人族の兵士と巨人が同時に叫び、顔を見合わせ、首をかしげた。


 それから、思い出した。


 人族兵士の方は、『そういえば勇者パーティーの戦士レイラには、巨人族の将軍になっていたとかいう、わけのわからない与太話があったな』と━━


 巨人族の方は、『そういえば将軍は人族だったな』と━━


 だから、人族と巨人は口々にレイラへと言う。


「れ、レイラ様! あなたは人の味方ですよね!? 今も我らを助けに駆けつけてくださったのですよね!? そうでしょう!?」


「将軍! どこに行ってたんですか!? 我らはあれから道に迷って大変だったのですよ!」


「レイラ様! どうかその巨大剣で巨人どもを蹴散らして我らを魔王のもとまで導いてください!」


「将軍! ほんとに心細かったんですよ! 道に迷う不安があなたにわかりますか! わかって!!!!!!!!」


 レイラは頭頂部に二つ並んだ獣耳をぺたんと閉じて顔をしかめ……


 それから、静かな声で言った。


「うるさいわね。黙らないと暴力で解決するわよ」


「「…………」」


 マジで暴力で解決してきた実績が『嫌な迫力』となって、周囲を静まり返らせる。


 レイラは頭の上の獣耳を開いて、


「誰でもいいから、今、どういう状況なのか説明しなさい。あたしは寝起きでなにもわかってないの。気付いたらなんかよくわかんないところにいて、白衣を着た集団がいて、頭よさそうだから逃げてきたところなのよ」


 人族と巨人族が我先にと口を開く。


「い、今は魔王との最終決戦です! いよいよ人族の悲願が叶い、この世界から戦争がなくなるかもしれない、その瀬戸際なのです! 勇者たちが望み、叶えられなかった最重要目標に手が届きかけているのです! 人類の興亡がこの一戦にあるのですよ!」


「道に迷っていたんですよ!!!!!!」


 するとレイラはまた耳を閉じて、しっぽをクネッと揺らす。

 ちりん、と鈴の音が響くと、人々はおそれるように口をつぐんだ。


 レイラは静寂の中でため息をつき、


「完全に理解したわ」


 ぶぉん、と巨大な剣をひとふりして肩にかつぎ、


「ようするに━━よくわからないから、全員倒せばいいんでしょう?」


「は!? ……は!? ………………は!?」


 レイラの理解力の低さに理解が及ばなかった人族兵士が言葉を失った。


 さすがに冗談かなと思ったのだが、レイラの目が完全に据わっていて、『あ、もうダメだ』という静かな理解が兵士の腹に重苦しく落ちていく。


 こういう時にはへんに思考能力がない方が行動に移るのが早く、巨人族などは敵対の気配を感じるとほぼ同時、レイラへ向けて殴りかかっていた。


 巨大な拳が頭上から迫るのを見てレイラは鼻で笑い、片手をすっと上げると、巨人の拳に手のひらを合わせた。


 巨人の拳が直撃した衝撃で、レイラの立っていた地面が割れ、蜘蛛の巣状のヒビが入る。


 だが、そのヒビの中心にいるレイラはといえば、まったくの無傷なのだった。


「……ちょうどいい重さとサイズね」


 自分に殴りかかってきた巨人を見てそう言うと、レイラは巨人の拳に指をめり込ませるようにして握り……


 巨人を持ち上げた。


 巨大剣と巨人、それぞれを片手に持った変則的二刀流状態になったレイラ。


 それが巨人と大剣を振り回してあたりを薙ぎ払い始める。


 人族も巨人族もドラゴン族も関係がなかった。間合いに入ったものはすべて薙ぎ払われるし、間合いに誰もいなくなるとすさまじい速度で移動してくる。


「ヤベェな」


 人族の兵がつぶやく。


「ヤバイ」


 ドラゴン族がうなずく。


「ヤバイ!!!!!!」


 巨人族が叫ぶ。


 三者は顔を見合わせてうなずくと、同時にレイラに向けて駆け出した。


 人類の興亡━━否、人と魔との興亡、この一戦にあり。


『前線』に展開していた軍勢は、種族のべつをなくして、いっせいにレイラという大災害を止めるために動き出す。


 そこに━━


「待たれよ!」


 男の声が響く。


 そちらに注目すれば、かたむき始めた日をあびて輝くハゲ頭が見えて、たいそうまぶしいのでみんな目を細めた。


 そのハゲ頭の人物は槍をたずさえてゆったりと歩いてくる。


 目が慣れてくると、そいつは、ゆったりした神官服をまとった、大柄な男だというのがあきらかになってきた。


「旧世代の勇者は、みな、狂ってしまわれた」


 男は寂しげに、苦悩するように語る。


 しかしこの認識には間違いがあって、彼の言うところの旧世代の勇者たちは、だんだん狂っていったわけではなく、最初から狂っていて、なんなら今は当時よりまともになってきているところだ。


 だがこの場にその事実を知る者はいない。


「戦乱が人の心を蝕んだのだろう……嘆かわしいことこの上ない。……なればこそ、かつて『勇者』と呼ばれた者たちがこれ以上の罪を犯す前に止めることが、拙僧の━━新世代勇者たるユングの役割よ!」


 ピカァッ! とハゲ頭の神官……ユングの背後から後光が差す。

 まぶしくて目立つので、この間、レイラの動きは止まっている。


「さあ旧世代勇者レイラよ! 拙僧が神になりかわり天誅を下す! この拙僧が! 千年殺しのユングが! 新しき世代の英雄、ユングが! 幾度も死に、幾度も復活せしユング! ユングをよろしくお願いしま━━あぶなぁ!?」


 その時レイラが何気なく振った巨大剣がユングの頭をかすめた。


 とっさに身を屈めたことで回避できたわけだが、避けなければ頭部は消滅していただろうし、もしも髪があれば剣閃に巻き込まれて大変なことになっていただろう。髪がなくて本当によかった。


 一方そのころレイラは自分の剣が避けられたことでどうしたかというと、ニヤァ……と口の端をゆがめて笑っていた。


「暴力のふるいがいがありそうね」


「え、怖」


「ちょっと本気出すけど、すぐに死んだら暴力で解決するわよ」


「死んだあとに暴力を!? どのように!?」


「うるさいわね。細かいこと言うと殴るわよ」


 レイラの興味がユングに向いたので、手を組んでレイラを倒そうという感じだった者たちは、すっかり観戦に入った。


 こうして、魔王もリッチも関係ないところで、わりとマジで人と魔の興亡がかかった戦いが幕を開ける━━

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