108話 なんでもできます! コミュニケーション以外! 回
「レイラの肉体にいるのが別人の魂かもしれない?」
今日のランツァもばりばりと事務作業中だった。
会議の時に議論が紛糾した場合『でも、リッチはあなたの意見を支持しないかもしれないわね……』=『うるせえ殺すぞ』が使えるようになったので、会議時間は大幅に短縮されたが……
それはそれとして激動の混乱期の事後処理は山積しており、今、山のように積まれた書類と格闘するランツァはようやく『緊急ではないが早めに片付けるべきだった仕事』に取り掛かれている状態であった。
もちろん仕事場は謁見の間で、おどろおどろしい廃墟風に整えられたこの場所は日ごとにランツァの私物・重要書類の保管量が増えており、それ用の棚が増設され、棚が増えるたびに謁見の間の景観を損ねないよう『なんかおぞましいボロ布』が増やされていく……という循環の中にあった。
最近ではランツァが机や書類をいちいち片付けるのを面倒がって、謁見の間を利用できる日が非常に少なくなっているというのは客観的事実だった。
そんな忙しいランツァだが、リッチが来ると書類仕事をやめて運動しながら話を聞いてくれる。
この運動の習慣は昼神教に帰依するさいに出された条件として身についたもので、現在はリッチ国家なのでぶっちゃけもう運動の義務はない。
しかし運動に罪はないためランツァはちょくちょく体を動かしている。
昼神教と死霊術と国家体制をめぐる話はめまぐるしすぎて国民総困惑。
現在は『死霊術師に支配された国』というのが公式だが……
死霊術を禁忌とする昼神教も特に対立することなく普通に生活に根付いていたり、死霊術禁止強硬派だったロザリーも普通に国家の要職にいたりするので、みんなしてなんとなく折衷しつつやっている感じだ。
なお、死霊術を学びたい者は増えなかった。
下手に死霊術を騙るとリッチがやけに熱心に殺しに来るからだ。
まあ、それでもたまに『俺はリッチが後ろ盾! 死霊術師のお通りだ!』みたいなことを言い出す者もあるが……
『泥棒は犯罪です』は泥棒をしない者の心にこそ刺さり、『生活を見つめなおそう』は本当に生活を見つめなおす必要のある者には届かない。そんなものなのだった。
……そんな状況だからこそリッチが死霊術関連で意見を求めたい時、とりあえずランツァに話すしかない。
研究室には弟子たちもいるのだが、そちらは忙しく……
ランツァの忙しさはリッチにはうまく想像できないタイプのものであり、ランツァもリッチが来ると仕事の手を止めるため、『まあ、話すぐらいなら大丈夫なんだろう』とリッチが覚えてしまったからだ。
人の優しさが悪循環を生み出している。
本体に戻ったリッチは、玉座から、鍛錬用神官服を着て運動するランツァを見下ろしていた。
表情筋がないのでただ薄着の女の子の尻を凝視しているだけにも見えるのだが、実際のところ、どこもかしこも、どいつもこいつもトレーニングしているので、ちょっとげんなりッチな気持ちだ。
基本的に健康的な人を苦手としているリッチなのだった。
「……ともあれ、あれはレイラの肉体で間違いがないというのは、幾度となくレイラを使って検証を続けてきたリッチの保証するところだけれど……どうにも中身がレイラとは思えない」
「でも、まだ予測なのね」
フロントブリッジをしながらランツァが確認する。
リッチはうなずき、
「記憶喪失という症状について、リッチの持っているサンプルはあまりにも少なく、記憶というのがどの程度、人格に作用するのかはなんとも言えないところがある。……だから、『記憶』に関連するあらゆる項目も、記憶という変数が作用していくらか変化はあるだろうという予想をしつつ観察するしかなかったのだけれど……」
「…………」
ランツァは表情こそ真剣なのだが、なにぶんトレーニングをしながらなので、客観的には、どうにも真面目に聞いている様子ではないように見えるかもしれない。
しかしリッチは真面目にやっても『真面目にやれ!』と怒られてきた側の人材であった。
なぜなのだろう、『へらへらしている』だとか『よそみをしている』だとか、あまつさえ『気合が足りない』だとか持ち出してリッチを不真面目だと定義したい人々はあまりにも多かったのだ。
話は理解している。指示された行動もしている。目的を理解し現場での状況変化に対応し目的を達成もしてきた。
しかしなぜだか『話を本当に理解し、目的のために全力を尽くせるか』よりも『ブリーフィング時の態度』が『真面目さ』という評価軸において強い力を持つのだ。
リッチはそういった軸で評価された、いわゆる『真面目な人』が、全然話を理解してなく、目的を誤認したり、あるいは言われたことしかできなかったりという光景を幾度となく見てきた。
そのために態度だけで人の『真面目さ』を判断する行為はまったく無駄で、これを盲信的に行う者を軽蔑してきた過去がある。
だからリッチが説明をする際に生徒たちはかなりフリーダムだ。
手が空いていれば向かい合って目を見て話を聞くことはもちろんあるが、なにせリッチはやることをほっぽり出さなくとも話を理解できる人なら、別になにをしながら聞いてもいいと思っている。
それがわかっているのでランツァも結構『ながら』でリッチの話を聞くことが多い。
ただ、リッチの話はだんだんと脳みそのリソースを全部使わないと解釈と理解が難しい領域に入り始めているので、最近は作業の手を止めて聞くことも多かったが。
「…………レイラの魂の『ゆらぎ』は、たしかにレイラのものではないように思えたんだ。ただしそれは『記憶』という変数がどのように『ゆらぎ』に作用しているかがまだわからないから、勘違いの可能性もある」
「『たしかにレイラの肉体に入っている魂が、レイラのものか』……確認の手段は、ないのね」
「うん。まあ、『明らかにレイラの魂だ』というものが、また別の人の中に入っていれば『こいつと取り替えられたんだな』という判断もできるけれど……『魂の持ち主を探す』というのは、肉体を探すより困難だ。そもそも……すでに死んでいる可能性もある」
ここで述べる『死んでいる』は死霊術的な意味合いだ。
肉体から魂が抜け、そのまま放置され、いわゆる『あの世』にすでに旅立ってしまった……そういう可能性についてリッチは考えている。
「そして空いた肉体に入った魂が、『記憶喪失のレイラ』を演じている……かもしれないというところまで、リッチは考えている」
「それは、つまり……」
「そう。死霊術師だ」
リッチは生徒の顔を全部覚えているので(※リッチが人の顔と名前を一致させて記憶しているというのは、本来、特筆すべき奇跡)、生徒の中に魂が抜けた者がいないのはわかっている。
つまりここで述べる『死霊術師』は、
「リッチの教えを受けていない、独学の死霊術師……その魂がレイラに入っている、可能性だ」
「……その場合、リッチはどうするの?」
「…………話したい」
「は?」
「意見交換をしたい……! だってそうだろう!? 死霊術というのは魔王が残した資料をたまたま見つけて、それを研究・研鑽した果てに辿り着く『その人なりのもの』らしいじゃあないか! 今までこの時代にはリッチしかいなかった『オリジナル』の死霊術師! それが、もう一人いるんだよ!? 是非とも差異を見ながら互いの死霊術について意見交換をしたいと思うのは自然では!?」
「落ち着いて」
「落ち着いた」
「……ええと、レイラを騙る死霊術師 (仮)が不気味だとか、そういうのはないの? ほら、目的もわからないし、レイラの肉体は相変わらず強いから脅威でしょ? それに魔王退治のための重要な戦力確保という今の目的にも邪魔だし……」
「ふむ。優先順位の問題かな……リッチの第一目標はもちろん『過去の魂との対話』で、その研究は今煮詰まってしまって進まないのだけれど」
「煮詰まっているのに進まないの?」
「まあそうだね。……ともかく、それが第一の目標ではあるのだけれど……リッチはもう、その後のことを考えている」
「目標達成後?」
「うん。
「いいことじゃない」
「だから、その後なんだ。……リッチは生涯目標であるこの研究を終えてしまったら、次になにを目指せばいいのかわからない」
「……」
「煮詰まっている。だから、進めない。なぜなら、進んでしまったら、リッチは生きる目的を失ってしまうから」
達成手段が複数想定され、どれか一つは確実に目標に至るだろうという確信がある。
すでに理論は出尽くし、方法も現実的に確立されつつある。
だからこそリッチは『完了』を恐れていた。
気まぐれな自分が過去リッチたちのように『自死』を選ぶ可能性を決して低くはないと思っており……
「ここまで君たちに手伝ってもらって、君たちの『その後』を見届けずに勝手に死ぬのはさすがに悪いだろう? だからリッチは死にたくならないように努力をしていたんだよ」
「リッチ、あなた……」
「的外れな気遣いだったかな」
「いいえ。あなたが生きているのはきっと、みんな嬉しいことよ」
「……だからね、リッチは、リッチのものではない死霊術の使い手と、死霊術を擦り合わせることが、第二の……優先度ではなく時系列的に第二の、目標になるのではないかと考えたんだよ」
「素晴らしいことだわ、たしかに」
「けれど問題がある」
「……?」
「仮に、本当に死霊術師だとして……レイラの中の人は今、『記憶を失ったレイラ』を演じているし、少なくとも、リッチを相手に『自分は死霊術師です』とは明かしたりしないわけだろう?」
「そうね」
「そんな気持ちの人にだよ? 『あなた、死霊術師ですよね』だなんて……聞けるわけないだろう!? なんて言って切り出せばいいんだよ!」
リッチには━━コミュニケーション能力がない。
それは最近めきめきと伸ばされている能力ではあったのだけれど、『気心知れた親しい人』を相手に気遣ったりすることができる程度で……
『敵か味方かもわからない相手』から秘密を打ち明けてもらうレベルにはほど遠い。
ランツァもさすがにトレーニングをやめて、なんとも言えない顔になった。
「あの、リッチ、二人きりの場所とかに誘って、親しくなって、打ち明けてもらう雰囲気を作ればいいのよ?」
「誘い文句が思いつかない」
「……何回か会話してみて、親しくなったなって感じたら……」
「『親しくなった感じ』がわからないんだ」
「……」
ランツァはぺちりと自分の額を叩き、顔を覆った。
そう、これはもう勇者を除く『勇者パーティー』全員に共通した特徴なのだが……
彼らは最強で。
しかし、コミュ力がない━━
その問題が今、意外なかたちで降りかかってきたのだった。
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