109話 人と仲良くする方法がわからない回

『ちょっと殺してみる』という手段について━━


 死霊術において他者への干渉の第一歩は『殺害』なので、死霊術に価値観を染め上げられた者は『よくわからないなら殺してから確かめよう』と考える傾向にある。


 レイラの中の人が『記憶を失った本物のレイラ』なのか、それとも『記憶を失ったレイラのフリをしている誰か』なのか、それを調べるために『とりあえず殺してみるわけにはいかないんですか?』と、生徒の一人から質問があった。


「うーん、そうだね、それは二つの理由からやめるべきだと判断しているよ」


 リッチが語ったのは、以下の理由であった。


 一つ目。

『相手が死霊術師の場合、殺害という干渉方法をとった時点で敵対的と判断される可能性』


 二つ目。

『同じく相手が死霊術師の場合、仮に死のささやきが入っても、逃亡され、どこにいるかもわからない本体に戻られてしまう可能性』


 これらを総じるならば……


「仲良くしたい相手を殺すのは、よくないことなんだよ」


 そう━━


 人は、仲良くしたい相手を、殺さないのだ。


 殺すという行為は多くの人にとって『されたら嫌なこと』なので、相手の価値観などがわからないうちにとるべき手段ではない。


 死霊術師は命をリソースと捉えるが……


 過去リッチの中には『肉体と魂を切り離したくない』というような嗜好の者もいた。


 すなわち、死霊術をやっているからと言って、『死んでもまあいいか』と思うとは限らない、ということだ。


 もしかしたら『人を殺したり自分の意思で魂を他の肉体に移すのはいいが、他人からされるのはちょっと……』という価値観の持ち主かもしれない。


 なるべく相手死霊術師と仲良くしたいリッチとしては、嫌われる行為は避けたかったのだ。


 そのような説明をしたあと、生徒はおそるおそるという様子で口を開く。


「先生、もしかして……常識があったんですか?」


 それは研究室始まって以来一番の発見の可能性があった。


 死霊術を早い段階から学んでいた生徒諸君は、リッチに倫理観や常識を見出すことをすでにあきらめきっていた。

 ところが今回の『レイラは偽物か本物か』について思案するリッチの方針には、多分に『倫理観』とか『常識』が感じられたのである。


 これにはそばで話を聞いていたクリムゾン (クリムゾンではない)も興味深そうに動向を見守っていた。


 なぜならクリムゾンはリッチに『常識を教えてほしい』と直々に頼まれた常識教官であったからだ。


 いや、クリムゾンのみではなく、研究室にいるすべての生徒たちの視線がリッチに集中していた。


 注目に気付かないリッチは思案する様子を見せたあと、このように応じた。


「常識そのものが『ある』『ない』で言うなら、胸を張って『ある』とは言えないけれど……これでも社会人経験があるから、そういうものがあって、そういうものに一定の理解を示さなければいけない場面が人生のうちでなん度もおとずれるのは知っているよ」


「でも、今まで気にされたことなかったですよね?」


「君たちの前でそういうものを気にする場面が少なかったからね。気にしないでいられた方が居心地もいいし……」


「今回は違うと?」


「それはまあ…………だって相手死霊術師に『おかしな人』だと思われたくないじゃないか……」


 ボロのローブの襟首を骨のみの指でいじいじしながら語るリッチを見て、生徒たちは思った。


(恋する乙女みたいな反応だ……!)


 リッチが、恋する乙女みたいになっている。

 大事件であった。



「はあ、なるほど……いえ、全然わかりません。もっと表情筋を使ってくれないと」


 神殿に置いておいたエルフボディにリッチが戻ったころはすでに昼であり、そこでは大礼拝大会ブートキャンプに参加した信者たちが昼食をとっているところであった。


 そんな中、リッチはロザリーを個室まで呼び出して打ち明け話をしたわけである。


 内容は━━


「だから、レイラの中の人がもしかしたら偽物かもしれないんだけど、リッチはその『中の人』と親しくなりたいんだよ。その方法についてなにかないかな」


 というものだった。


 リッチがロザリーに相談している理由は、リッチの中でコミュニケーション強者一位がランツァ、二位がロザリーだからだ。

 ちなみに殿堂入りは勇者 (故人)である。


 ロザリーは珍しく困った顔になった。


「親しくなりたいならば、話しかけたり、一緒に礼拝トレーニングをすればいいのではないですか?」


「それができたら苦労はないんだ」


 ちなみにここは、エルフッチに与えられた大礼拝大会時休憩室である。


 睡眠用のブランケットが一枚あるだけの、ドアもない、二人入ればもう横にもなれない狭い個室でひそひそ話をする都合上、ロザリーとリッチの距離は非常に近い。


 そしてリッチは気にしていないが、ロザリーのことは普通に食事中に個室に呼び出して、二人きりで打ち明け話をしている。


 これをレイラ(仮)相手にするだけでかなりの問題が解決するのだが、リッチはそれだけはできないので、こうしてロザリーに話をしているわけなのだった。


「……しかし、礼拝トレーニングを経ずに人と親しくなる方法など、わたくしは知りませんが」


 リッチはロザリーのことをコミュニケーション強者だと思っているが……


 実際のところ、ロザリーにコミュ力はない。


 あるのは扇動力であり指導力なので、『信者』とか『部下』は大勢いるのだが、友人は一人もいない。


 体育会系特有の距離感の近さと、優れた顔立ち、プロポーション、声などのお陰で異性に『ロザリー様、俺のこと好きなのかな……?』を思わせる力がある。


 だが、なまじ相手側からアクションを起こさせることばかりだったので、自分から働きかける方法については、ロザリーもリッチなみのコミュニケーション能力クソ雑魚人類なのだった。


 このあたりはランツァや勇者には普通に看破されているので、ランツァは『勇者パーティー、人間関係が始まる前からおしまいだった』というのを理解している。


「それよりリッチ、あなたの方こそ知らない間に人と交わる術を覚えたようではありませんか。あなたの力ならどうにかなるのでは?」


「ええ!? リッチの力!? そんなこと言われたの初めてだよ」


「あるでしょう、力?」


「あるのか……なぜ、どこを見て……?」


 二人して鏡写しのように首をかしげた。


 ロザリーが言っているのは女王ランツァとの距離感の近さであり、近衛兵たち(ようするにエルフ)との親しさだった。


 だが、これもまた『教師と生徒』『創造主とそれを神と崇める被造物』との関係であって、対等とは言い難いものだった。


 そう、元勇者パーティーは上下以外の人間関係を育めないのだ。


 最近はランツァやロザリーなどをリッチパーティーに入れることによりどうにか横のつながりも育み始めたものの、それはまだまだ初心者だった。


 二人して顔を突き合わせ、首をかしげ、悩む。


 その様子は客観的にすごく仲良さそうなのだけれど、この二人もこの二人で『聖戦』状態でなければ殺し合うことがゆるぎないので、互いを友人とは思っていない。人間関係、不思議。


 そんなふうにしていると━━


「ロザリー様ぁぁぁぁ!」


 野太い叫び声が聞こえた。


 食事中の信者たちの誰かの声だ。


 その叫びの危機感にリッチとロザリーは同時に動き出し、狭い入り口でまったくつっかえない謎のコンビネーションを発揮しながら部屋を出た。


 リッチの部屋は二階部分にあるので、食事スペースのある一階大広間 (大広間ではなかったが壁が暴力でぶち抜かれて大広間になっている)(床が暴力でぶち抜かれて吹き抜けにされているので二階から一階が見える)を見ると……


「ろ、ロザリー様! レイが! レイが急に暴走を……!」


 惨憺さんたんたる有様がそこにあった。


 食事の並んだテーブルにレイ(レイラ)が乗り、さんざんに食事を食い散らかし……


 食事に近付こうとする者を威嚇している姿が見えたのだ。


「あいつは……レイラ!?」


 その様子は間違いなくレイラのもので、リッチは混乱する。


 レイラの中の人は果たして、本物なのか、偽物なのか……


 事態はいっそう混乱を深めていくが……


「とりあえず鎮圧してください」


「ええ? なぜリッチが……」


「あなたなら肉体を傷つけずに大人しくさせられるでしょう?」


「いやでも、人を殺すのはよくないことだよ」


「はあ!? ……ああ、なにか面倒な予感がします。いいでしょう。わたくしが行きます」


 ロザリーが飛び降りていく。


 レイラを殴って止めるためにだ。


「……リッチは、どうしたらいいんだ」


 ロザリーに鎮圧を任せるか……


 それともレイラに味方して『親しさ』を稼ぐか……


 生まれて初めて抱くタイプの迷いに、リッチはおどおどしながらロザリーを殺した……

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