99話 元気な時にしか相手できない人っていうのもいるよね回
王城内に入るとまずはエントランスに避難していた王都民がいたのでこれを皆殺しにして、リッチは大階段をのぼり謁見の間へと歩みを進めた。
無駄に大きく装飾も豪華な、旧世代過剰豪華主義 (ランツァがお飾りだった時代にはそういうのが流行だった)の扉を開けると、玉座にはランツァがいた。
「やあ」
リッチが片手を上げてあいさつすると、ランツァは「ああ、うん……」と疲れ切った顔で気の抜けた返事をした。
毛足が長いふかふかのじゅうたんを歩んで玉座前に行き、リッチは問いかける。
「どうしたんだい? やっぱり色々と事務作業が大変?」
「………………ごめん、ちょっと感情的になるわね」
「うん?」
「なぜ王都の人々を全員殺したの……?」
その声は震えていたけれど、まだまだ静かであった。
リッチは骨のみの指をあごに当てて、「うーん」と眼窩を天井に向けて考え込み、
「端的に述べるなら、『覚醒者』を探した結果、かな? ユングというやつを君なら覚えているだろう? 彼が覚醒者となって立ち塞がってね。その時に、今は『人類にとって危急存亡の時』だということに気付いたんだ。だから、王都を回れば他にも二、三人ぐらいは覚醒者が見つかるかなって。そういう動機だよ」
「手当たり次第に殺す必要はあった?」
「必要はなかったけど、目についたから。それにほら、ランツァのオーダーだろう? なるべくおぞましく……みたいに。人は自分を殺す存在におぞましさを感じるものだとリッチは分析しているからね」
「…………ああ、うん、なるほど。理解したわ……」
「感情的になると言われたので怒鳴られるかと思っていたのだけれど、存外冷静だね」
「もうなんかね……疲れ果てて……怒鳴る元気が……」
「大丈夫? じゃあ殺す?」
「リッチ、あのね、計画は…………めちゃくちゃです」
「どうしてだい?」
「わたしがリッチに殺されるシーンを誰も目撃できないから」
「……………………」
「なるべく人前でむごたらしく殺されないと…………意味が…………なくて…………」
「……………………」
「あの…………死者は…………目撃者には…………なれなくて…………」
「……………………なるほどね」
「どうして殺したの!? 必要!? 必要なかったわよね!?」
「お、元気出たね」
「『お、元気出たね』じゃなーい!」
ランツァは立ち上がった。
だが、ふらついたので、そこをエルフ (非武装)が素早く支えた。
同じ顔をした白黒色違いのこの二人はだんだんコンビネーションが上がってきており、最近では双子のようにも思えるほどだった。
ランツァは前屈みになっていることで垂れ下がった金髪の影から、青い瞳でリッチをにらみつける。
「リッチ! ……リッチ、聞きなさい」
「はい」
「わたしたちが魔王側に行った時のリッチは、少なくとも『目についたから』で人を殺すような、そういう存在じゃなかったわよ」
「そうだね」
「どうしたの? 命はいつからそんなに軽くなってしまったの?」
「命に質量があるというのはまあ、一部で言われていることではあるけれど……うーん、そうだね、道義的な重さ、とでも言うのかな? 君が問いたいのはそこだね?」
「そうね」
「なら、勘違いの余地もない。リッチにとって、今も昔も、命は重いものだ。失われると補填まで時間のかかる、有限のリソースだよ」
「じゃあ、なぜ殺すのよ!」
「先ほどから会話の流れを遮断しないように見逃していたけれど、ランツァ、君は死霊術師だろう? 今の状態を『死』とか『殺す』とか表現するのは、間違いだよ。なぜなら、まだまだ蘇生可能だし、一部魂にかんしてはすでに蘇生してある。この『人体』にね」
リッチがボロのローブの中から取り出したのは、手にすっぽりおさまるサイズの黒い球体だ。
最近は死んだ者をいったん取り置くのに使うことの多いこの球体は、肉体から離れた魂を収納し、保存できる……
すなわち死霊術的には『人体』と呼べるものなのだった。
この
なので死霊術的には今回の王都ぶらり旅において、まだ誰も死んでいないことになる。
ゆえにランツァが『殺した』とか『死んだ』とか言うけれど、それは死霊術的に間違いなのだ。
「命は失われてはならない、貴重なものだ」リッチは繰り返し述べる。「なので、リッチはきちんと死なないように配慮してます。まあ、死霊術を知らない人から見れば死んでいるだろうけれど、君ならわかるはずだ。そうだろう?」
「…………ああ、そう、なのね…………そう、なのね…………」
「納得してくれた感じには聞こえないけれど、なにか疑問があるのかい?」
「どう説明したらいいのかしら……ええとね、リッチ、おそらくなんだけれど、わたしの『命』についての価値観は、肉体に関心を持っていたリッチと近いと思うのよ」
「ふむ。ええと、そのリッチはたしか……肉体、魂、精神の三位一体に重きをおいていて、憑依術さえも、おそらく『三位の合一性が薄れる』という理由でしなかった、あのリッチだね」
「ええ」
「つまり?」
「ごめんなさいリッチ。その球体を『人体』と表現するの、めちゃくちゃ違和感があるわ」
「……ええ?」
「あと、本来の肉体から魂が離れた状態を『生きてる』と言うの、やっぱり間違ってる気がするのよ」
「えええ? ……いや、まあ、そうか。そうだね」
「わかってくれたの?」
ランツァの声と顔には『予想もしていなかった奇跡が起きた』という色合いが浮かんでいた。
リッチは力強く頭蓋骨を縦に動かし、
「つまりそれが、君の研究の生涯テーマというわけだ」
「は???」
「肉体、精神、魂の三位一体説……『人命をいかにして人命と定義するか』という疑問に対する答えが『持って生まれた肉体、精神、魂がそろっている状態であること』が君の定義なんだろう?」
「まあ、その……ごめんなさい、徹夜続きのせいか、うまく理解できないわ……」
「ともあれ、君がそう定義するなら、こちらもある程度は君の定義に配慮しよう。ただ……」リッチは握った黒い球体を突き出すようにして、「これは、リッチにしてみればやはり『人体』なんだ。そして魂が漂っている状態であろうとも、それは『生きている』とみなすのが自然であるように思う」
「眠くなってきたわ」
「まあつまり、今回の王都でのあれこれの結果、やはりリッチ的には『誰も死んでいない』となるんだよ。君にとっては違うようだけれど……」
「そう……そうね……もう……そうなのかも……」
ランツァの顔には濃い疲労があった。
リッチは『人体』を懐に戻して、
「で、ここからの計画はどうしたらいいのかな? 蘇生が必要ならやるけれど」
「うん……ええ、ええと……なにかしら……」
「だいじょうぶ? 一回
「……だいじょうぶ。まあ、その、えーっと……そうね。じゃあ、軽くここからの流れを決めていきましょう」
ランツァは最後の力を振り絞り、計画の修正案を練っていく。
そして━━死霊術師貴族化計画の、最後の演出が、死の都の中心で詰められた。
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