98話 お互いに『二度目なので学習しただろう』と思ってたやつ回
王都が死の都となったので、そろそろリッチは王城へと行くことにした。
ユング以外に覚醒者が出ることもなかったので結果的には無駄な大虐殺だったのだけれど、『まああとで戻しとこ……』ぐらいのノリで目につく者は全部殺した。
ランツァからも『なるべくおぞましく、触れ難く』みたいなオーダーがあった気がするので期待に応えようという意識もちょっとあった。
死霊軍が王城の敷地内に入ると城に詰めている近衛兵たちが立ち塞がった。
しかし近衛兵たちはようするにエルフどもなので、すでに話は通っており、特に障害というわけでもない━━
はず、だったのだが。
「神よ……どうやら我々は敵対せねばならないようです」
鋭い印象の黒い甲冑をまとった人物が、黒い兵団から歩み出てそんなことを言った。
声は重苦しく、深い絶望感に沈んでいた。
聞きようによっては声の高い男性に聞こえなくもない声は、通常、感情に乏しい。
けれど今のエルフはあからさまに『やだなぁ……』という想いが声に滲み出ている。
リッチとしてもまさかエルフたちと敵対する流れになるとは思っていなかったので、びっくりして足を止めた。
先頭にいるリッチが足を止めると背後に続く死霊の軍団も足を止める。
はからずも黒い鎧の近衛兵たちとリッチ率いる死霊の軍団が、王城城門内庭園で向き合うことになってしまった。
リッチはちょっと悩んで、
「まあ、立ち塞がるなら殺すかあ」
「神! ちょっと、ちょっと!」
その時声をあげたのは、リッチの真横に副官みたいに立つエルフだ。
こちらは非武装エルフである(服は着ているように見える)。
リッチは正面の近衛エルフたちから視線を切って、横のエルフに向けた。
「なんだい?」
「あの、ためらいとかは……」
「いや、立ち塞がるっていうことは……敵では?」
「神よ、思考がレイラとかロザリーになってます」
「む」
世界三大脳筋の名前に並べられてはリッチにもためらいが生まれる。
しょうがないのでヒソヒソと(横にいるエルフがヒソヒソ話してくるので合わせた)問いかける。
「じゃあ、なんだい? なぜ近衛兵隊はリッチたちの前に立ち塞がるんだい」
「それは、計画のためです。なんていうか……今、王城にはいっぱいギャラリーがいるので、交戦の様子を見せておかないと今後に差し障るというか」
「なんで?」
「王都を死霊の軍団がぐるりと回りながら目につく人を皆殺しにしていくという痛ましい事件があったのですが……」
「まあ知ってるけど」
なにせ実行犯なので。
エルフは頭痛でも覚えるように額をおさえ、
「……その結果、多くの民が王城に避難しているのです。なので、無抵抗で通しては、女王と神が裏で手を結んでいたことがばれかねないのです」
「ふぅん。じゃあ殺すね?」
「お待ちを! 交戦! 交戦してください!」
ヒソヒソ叫ぶという器用な発声に、リッチはちょっと感動する。
エルフは最初のころは話し言葉に抑揚をつけることさえおぼつかなかったというのに、今ではこうも豊かに感情表現をやってのけるのだ。
これが子の成長を喜ぶ親の心境かなあ……などと『死のささやき』をスタンバイしたままリッチはほっこりした。
が、ほっこりしていられる時間は短い。
疑問がそこにあるので、リッチは問いかけた。
「リッチが交戦したら、殺せる相手は瞬時に殺すけれど、どうにもそうじゃないやつがオーダーなのかな?」
「御慧眼です。一般人にもわかりやすく『交戦』をしていただき、戦況が煮詰まったころてきとうに殺してください」
「ふぅん。まあ、判断は君に任せようかな。リッチは後ろの連中をけしかけたらいい?」
「はい」
「じゃあ━━アリス」
エルフとは反対方向の横にいたアリスを見る。
ヒマそうにふよふよ浮かんでいた理知的な美貌をもつゴーストは、ぼんやりしていたせいで「は、はい! 聞いてますよ!」とめっちゃ慌てて応じる。
聞いてなかったやつなので、リッチはちょっと丁寧に説明することにした。
「君らの出番が来たようだよ。目の前にいる黒い集団と戦ってほしい」
「まあ、いいですけれど……せっかく王城前に来たんですから、中には入れますよね?」
「入りたいの? 城」
「ここまで来たら、そりゃあ入りたいですよ」
「どうにも君たち、ノリが観光だよね?」
「……だめですか?」
「いや。まあとにかく目の前のやつらと戦っておいで」
「はーい。みんなー、行きますよー」
アリスが号令をすると、死霊軍団がだらだらした足取りで前進を開始する。
戦力差と相性差をかんがみると死霊vsエルフは死霊の圧勝かつ瞬殺のような気がするので、『交戦』するにはちょっとした気遣いが必要だが……
死霊にそんな細かいお芝居ができる知能はないので、リッチも特に指示はしなかった。
まあ、エルフ側で調整してほしい。
そうして始まった死霊とエルフの戦いは、背後に王城があるうえに表の立場が『近衛兵』なので一歩も退けない近衛エルフたちを、死霊が蹂躙するだけのつまらない絵になってしまった。
「リッチが出るまでもない感じなんだけど」
戦場を指差して隣の連絡用エルフに言う。
エルフは乾いた笑い声をあげて、
「…………まあ、交戦しているうちに王城内に入っちゃってください。早めに、しかしゆっくりと」
「君たちは要求が細かいなあ……」
「王都の人たちが皆殺しにされてなければ、ここに来てこんな小芝居は必要なかったんですけどね……」
「なんだ、リッチのせいなのか……参ったな、まさか王都民を皆殺しにする想定をされてなかったなんて……」
リッチは意外そうに言うが、これもまた『そうはならんやろ』案件なのであった。
まあレイラ軍皆殺しという前科があるのでランツァなら学習しているとリッチは思っていたのだが、ランツァは最近忙しすぎて頭が大変なことになっているのだった。
ともあれリッチはギリギリ交戦と呼べなくもない状態になっている近衛エルフや死霊のあいだを抜けて、王城へと踏み入る。
あとはエントランスを抜けて、謁見の間に行けば、ゴールだ。
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