97話 突然手に入れた力は万能感をもたらすけども回
女王ランツァはリッチと死霊の軍団に細かいことができると思っていないので、彼らに伝えた作戦は『王城まで来てわたしを殺して』という程度であった。
実際に細かいことを言われても困るのでリッチとしてもこれは大助かりで、邪魔するものは蹴散らしながら王城に向かう。
途中で職業熱心な人たちが道を塞いだりもしたけれど、リッチがなにもしなくてもゴーストやらスケルトンやらがボコボコにしてくれるので楽ちんだった。
そうして目抜き通りをゆっくり進み、いよいよ王城の敷地に入る━━
というところで。
一つの影が、死霊軍団の前に立ち塞がった。
「待たれよ!」
時刻はまだ昼ぐらいであったはずだが、王都の上空には暗雲が立ち込めていた。
しかし、死霊軍団の前にその人物が立ち塞がった瞬間、分厚い暗雲に一筋の切れ目ができ、差し込んだ陽光がその人物を照らしたのだ。
リッチに率いられた死霊軍は、思わず足を止め、その人物から顔を逸らした。
━━まぶしかったのだ。
……雲の切れ間が、ふさがる。
けれどその人物は輝き続けていた。
髪の一本さえないハゲ頭から淡くも美しい光を放ち……いや、それどころか、体のラインの出にくい神官服からも、手にした十文字槍からも、不思議と癒されるような、そんな光を放っていた。
その人物は━━
「我が名はユング! 新勇者パーティー改め、昼神教聖女派改め━━ただ、人を救おうと立ち上がりし者、神官ユングである!」
リッチはその人物に見覚えがあった。
なんか……そう、なんか、いた、気がする。フレッシュゴーレムと戦ってた時? そう、たしかそんなアレだ。
いつも視界の端にいたような、そんな心地がある。
あの頭部を覚えている。
だが……
目の前にいるユングとかいう人は、どうにも、記憶の中にある、頭部以外に特徴のない、奇妙にうるさいのに存在感に乏しいものとは、なにかが違っていた。
目を惹く、というのか。
暗雲の中にあって光り輝くその肉体、精神、魂。
不思議に意識を向けざるを得ない、存在感の濃さ。
覚えがある。
それはリッチがロザリーに見ていた存在感であり、レイラに感じていた重みであり━━
勇者に感じた、光だった。
「……なるほど。たしかに今は、人類の危機だね」
静かに納得する。
そして、手にした杖を握りなおし、背後に控える死霊たちに動作で『下がれ』と示す。
「まさか君が『成る』とは思わなかった。なるほど、興味深い……これが━━『覚醒』なのか」
人は、危機の中にあってすさまじい力を発揮する。
魔王はそれを『覚醒』と呼んだ。
そして、魔王の口ぶりから言えば、ロザリーやレイラは、覚醒をした者だと受け取れる。
つまり、目の前のあの、
本当に、かつて勇者パーティーと呼ばれていた者たちと同じ存在へと上り詰めたのだ。
「拙僧ある限り、女王は殺させん。女王を守り抜き、褒めていただく……それこそが拙僧の生きる道と見出したり! なぜならば、あの日お言葉をかけていただいて以来、拙僧、女王陛下のファンゆえに!」
リッチはその『あの日』がいつなのかさっぱりわからないが、ユングにとってはきっと、忘れられない日なのだろう。
「いざ、死霊の軍勢なにするものぞ! 女王陛下がおんため、ユングが参る! はああああああ━━」
ユングが槍を構えて突撃してきた!
リッチは死のささやきを唱えた!
ユングは死んだ!
すでにロザリーさえも殺せる死霊術なのであった。覚醒したてのユングでは相手にもならないのだった。
「よし、死体は綺麗なままだな。スケルトンやゴーストに任せるとボコボコにされてしまうからなあ……あとで精査しよう。『覚醒』したての肉体の確保は初めてだから楽しみだなあ」
リッチはユングの魂を手早く『携帯用人体』に蘇生すると、肉体を肩にかついでそのまま王城へ向けて歩みを再開した。
「可能ならあと二、三人『覚醒』した人のサンプルがほしいけど、王城に着くまでに見つかるかな……」
リッチは考え……
思いついた。
「そうだ、せっかくだから王都をぐるっと一周しよう。都民を皆殺しにするまでにはもう少し覚醒者も見つかるかもしれない。全員、左折するよ」
背後から「させつー?」「させつってなにー?」「ひだりにまがるってことー」「ひだりってどこー?」「哲学やんね」などという声が聞こえてきたが……
リッチが動き出すと背後の軍勢も同じ方向に動くので、さして混乱はなく死霊の軍勢は左折した。
死霊軍の王都ぶらり旅が始まった━━
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