100話 勇者パーティーを追放された俺は回

 目覚めた王都民たちは、なぜか王城敷地内の広場に集められていた。


 寝そべった王都民たちが一箇所に集められているせいで人口密度がものすごいことになっており、状況が理解できない人々は起き上がるだけでも色んな人にぶつかりながらせねばならなかった。


 そうしてようやく目覚めた人たち全員が立ち上がることができたタイミングで、いつも王族が政権放送などするバルコニーに、おぞましいナニカが歩み出てきた。


 そいつは、人骨だった。


 ボロのローブをまとい、杖をついた人骨。


 それは放送用の映像投影魔法により空に映し出され、集められた人々全員におぞましい姿を見せつけた。


 ただでさえいっぱいいっぱいの人たちは、王城になぜあんな化け物がいるかもわからないまま、さらに大きなおどろきに見舞われる。


「おい、あれ、女王陛下じゃないか!?」


 誰かが叫ぶと、次々と人々が気付いた。


 ガイコツの化け物は小脇に女王陛下を抱えていたのだ。


 女王ランツァはぐったりしていた。

 意識がないようにも思われたが……


「女王陛下が、死んでる……!?」


 誰かがそう定義したので、みんな「死んでるの!?」「え!?」「でも、たしかに……!?」と死んでるのだと気付き始めた。


 人々がひとしきり騒ぐのを待つような間のあと、ガイコツの化け物は、手にした杖を眼前にかかげ、言う。


「えー……『偽物の死霊術を騙る女王は、我が手に落ちた。我こそはリッチ。死霊術の真の姿を知り、人の命を自在に差配せし者である! さあ、貴様らに死霊術の真の姿を見せてくれよう! まずは女王を━━アンデッドとしてよみがえらせ、我が支配下においてくれよう!』」


 ちょっとなにかを読まされる感あるかな? と思う者もあったが、人々のあいだから「あれがリッチ……!?」「幽閉されてたはずじゃ……!?」「なんておぞましいんだ……!」という声が上がると、『たしかに……』となった。


 リッチは不思議な力で女王を浮かばせると、それに対し杖を向ける。


 すると今までぐったりしていた女王が奇妙に動き始め、そして……


 蘇生した。


 その顔が空に投影された映像に大写しになると、人々のあいだから「ヒッ」と吸い込むような悲鳴があがる。


 蘇生されたランツァの両目からはとめどなく血が流れ……

 肌はまったく血の通わない白さであり、関節の動きはぎこちなく、呼吸さえも止まっているように見えた。


 映像がリッチに移り変わり、再びリッチが話し始める。


「『これこそが死霊術の真の姿である! ……いいか、二度と死霊術を騙るな。死霊術を貶めるな。もしも物知らぬ者が不純な動機で死霊術を騙った場合、その者には死よりもおぞましい罰を下す』」


 どことなく棒読み感のあったセリフが、最後だけやけに熱がこもっており、その場にいる人々は言葉を失った。


「『人族どもよ。忘れるな。我は貴様らを見ている。貴様らの生命は我のものだ。貴様らが我が意に沿わぬことをするならば、我はなんどでもこの王都を死の都に変えてくれよう……』特に学ぶ気もないくせに間違った死霊術をかさに着て偉そうにするやつを重点的に見ているぞ」


 リッチは言い切った雰囲気を出しながら王城へと戻っていった。


 女王ランツァも従順なしもべのようにリッチに付き従う。


 バルコニーと、なにも映らない投影映像をながめ続ける人々だけが残された……



 謁見の間で肌を真っ白くしていたメイクを落としながら、ランツァは一息つく。


「あの、リッチ、最後になんか台本にないこと言ったわよね?」


 骨だけの化け物は玉座で居心地悪そうにしながら、「まあ」と応じ、


「いや、レイラ軍にいた偽死霊術の人たちはほんとにストレスなんだよ。無知なのはいい。興味がないのも構わない。でも、学習の意思もなく間違ったことをさも正しいかのように声高に叫ぶ連中は、本当に『死よりもおぞましい罰』が下ってほしいと思うよ」


 死よりもおぞましい罰がなんなのかは想像もつかないが……

 なんかしら不幸な目に遭ってほしい。


 ランツァが「まあそうね」と同意したのでホッとして、リッチは疑問を思い出した。


「ねぇランツァ、あれでよかったのかい? なんにもはっきりしたことは言ってない気がするのだけれど」


『罰が下る』だの『見ている』だの脅しワードは言った気がするのだが、今後の政権運営についてとか、そもそもなんでリッチは突然攻めて来たのかだとか、そういうあたりにさほど触れてない気がする。


 まあ『死霊術を馬鹿にされたから攻めました』みたいなことは言ったが……

 経験上、『学問を馬鹿にされたから皆殺しにしたし、これからも学問を馬鹿にされたら皆殺しにする』は、共感も理解もされないだろう。


「リッチの能力からの判断だと、もっとわかりやすい侵攻理由を告げた方がいい気がするんだけれど」


「ああ、いいのよ、あいまいな方が。これからの政権運営で『けれど、それはリッチの意にそわないかもしれない……』が使えるから」


 首脳や民衆が面倒なこと言い出した時のための殺し文句である。


 方針だの動機だの、明確なことを言えば言うほど人々に『裏』とか『隙間』を突くスキを与えてしまう。

 それは運営側としてあまりよろしくないので、なるべくあいまいで、けれど逆らいがたく、なおかつ『自分が一番リッチの意思をわかっている』感をみんなに感じてもらいやすい環境作りをしたのであった。


 リッチはそこには納得し、第二の疑問を告げた。


「なんでリッチは玉座に座ってるのかな?」


「これからはそこにリッチの本体を置いて、その横でわたしが宰相みたいな感じで政権運営する予定なの」


 リッチの威をかるため、自分より上にリッチを置く必要があった。

 そのために『玉座』という安置場所はこの上なく適切だ。


「ふうん。魔王からリッチの本体を人族領に置く許可はとったの?」


「とってないわ。でもさっきの見てたら、魔王なら『しばらく貸しておく必要はありそうだな』ってわかると思うし、リッチがリッチの意思でこっちにいたがる感じなら止めないでしょ」


 なにせ『災害』なので。


 リッチはほむほむとうなずき、


「……腹黒いね」


「わたしが宗教裁判で殺されたあたりの時代の貴族たちから学んだのよ」


「しかし、これだと君の独裁政権になるね。いやまあ、魔王から『リッチ、独裁者になるんじゃね』みたいなこと言われたから気付いたことだけど……リッチの独裁のふりをした君の独裁になる」


「そうね」


「大丈夫かい?」


「それは、どういう意味?」


「どういう意味? どういう意味かあ。そうだね、詳細に言語化するなら……リッチは君の心的負担を心配しているんだよ」


「……リッチは、わたしがつらいように思うの?」


「違ったかな?」


「どうしてそう思うのか気になるわ」


 ここで空気を読む力が高いと『あなたの意見は間違いです』『どうしてそう思うのか気になるわ』『そう思う要素なんかないでしょうに』みたいな読み取り方をするのだが……


 リッチのコミュ力はまだ途上にあるので、言葉を言葉のまま受け取った。


「独裁っていうのは、ようするに、世界に一人きりの立場だ。君の場合は部下がいるだろうけれど、一人で決めて、一人で考えて、一人で行動しなければならない」


「……」


「それは、君たちに出会う前の死霊術研究家としての俺と同じだから。つらいのではないかなと考えたんだよ」


「……リッチはつらかったの?」


「リッチはつらくなかった。一人ぼっちでいること自体はね。ただ、世界は一人ぼっちで変わったことをするのを認めてくれる形をしていないから、世界にうまくハマれないのにどうにかハマらなきゃいけないのは、つらかったかな」


「そう」


「まあ、リッチのことはいいんだよ。リッチは最初っから一人でやるのが苦にならないから。でも、君はたぶん違うだろう?」


「……そうかしら?」


「そうなのか、どうなのか。詳しいところはリッチにわかるはずがないよ。なんとなく君は『一人』に向いてないと感じるだけ」


「どうして?」


「君の何気なさを装った質問は、リッチにこれまで使ったことのない言語化能力を求めてくるね。『どうして』か、そうだな……リッチは、君と勇者に近いものを感じているから、だろうか。勇者はコミュ力が非常に高かったし、『人』を操るのに長けていた。けれど、そもそも、勇者は『人』の中でしか生きられないようにも感じられるんだよ」


「……」


「なにせ、勇者は人の社会でのぼりつめていく時、本当に嬉しそうだったからね。社交界に呼ばれては大はしゃぎして、君との婚約が決まった時なんかは有頂天だった。……まあ、今にして思えば、だけれど」


「でも、勇者はわたしじゃないわ」


「今日の君はなんだか奇妙に食い下がるなあ。……たしかに、君は勇者ではない。ざっくりしたカテゴライズをすれば、君と勇者をリッチは同じファイルにまとめる━━という程度の話だよ。だから、これはリッチのただの思い込みかもしれないし、自信はない。はっきり違うと言われればすぐに取り下げるし、心外なら謝罪する。本当に『そう感じた』だけなんだ」


「…………」


「なんだか機嫌が悪いのかな? まあ、たしかに君の負担は大きかった。そこにはリッチも多少の責任を感じるけれど……怒るならわかりやすく怒ってくれるとありがたいかな。リッチはまわりくどいコミュニケーションができるほど人心を読み取れないんだ」


 ランツァはぼんやりとしていた。


 すでに肌を真っ白に染めていたメイクも、絵の具で作った血涙も、すっかり落とされている。

 だというのに、その時のランツァの沈黙は死者のようだった。


 しばらくして、ランツァは呼吸を思い出したかのように大きく息を吸い込んでから、


「独裁者なんかやりたくなーい!」


 大声で叫ぶ。


 それは謁見の間の分厚い扉を飛び出して城に響き渡りそうな声だった。


 リッチは玉座の肘掛けに肘をついて、


「やりたくないなら、やらなければいい」


「でも、そうしたらリッチ、これからどうするのよ! 大・学問時代とか! 魔王退治とか!」


「まあ、それはリッチの問題であって、君の問題ではないからなあ。協力的なのはもちろんありがたいけれど、君に責任はないんだよ」


「そうなのよ、ほんとに! リッチの問題なの! でも、放っておいたら全然うまくやれなさそうだから! 手を出したくなるの!」


「それは君の心の問題なので、リッチとしてはなんとも。というか━━改めて言うべきかな? 君は、君の意思で生きていい。君は優秀な生徒であり、今ではもう得難い同胞研究者で、こんなことを言うのは嫌だけれど……君は、死霊術をやる必要さえ、ないんだよ。君の人生は君のものなんだから。君には好きに生きる権利がある」


「…………十二歳までのわたしは、色んなものをね、押し付けられて生きてきたのよ」


「想像は及ぶよ」


「そしたらいきなり自由になったじゃない。持て余すのよね、自由」


「好きなことをしたらいいんだってば」


「見つけられるわけないでしょ! 生まれた時からずっと、好きなことしていいなんて言われたことないんだから! 得意と苦手がはっきりしてれば得意なことやろうって思うかもしれないけど! わたし、けっこうなんでもできるし!」


「そうだね」


「わたし、なにしたらいいの!?」


「それはリッチにはなんとも」


「突き放さないでよ!」


「いや、だって君の人生だしな」


「それ!」


 今まで玉座に背を向けていたランツァが、金髪をなびかせてリッチへと向き直る。

 彼女の動きは一つ一つがエネルギッシュで、リッチのように枯れた存在は指先一つ突きつけられるだけで、ちょっと怯んだ。


「それよ、リッチ! それ、だめ!」


「なにがかな……」


「ここまで一緒にやってきたのに、どこまでも他人事なんだもの! なにかわたしに要求してよ!」


「なぜ」


「あなた、わたしを救ったでしょ!?」


「救った……まあ、そう言えなくもないのかな……」


 彼女がまだ今より子供だった時、宗教裁判で殺されたあの時のことを……一緒に魔王領まで逃げたあの時のことを言われているのだろう。

 だが……


「しかしだね、そもそも君が裁判で死罪になる原因を作ったのはリッチと言えるし、魔王領までの護衛ならレイラだって……」


「そうじゃなくて! わたしに色々教えたでしょ! 楽しいこと! 死霊術!」


「まあ」


「救われたっていうのはそこなの! だっていうのにあなた、なんにも要求しないから! こっちが色々やるけど! なんかいつもぼんやりして、他人事で! あのねぇ! がんばってるのに、感触が薄いの!」


「……ええと、ごめん?」


「謝る前に要求して。わたしになにを求めるの!?」


「だから君は、」


「『好きに生きたらいい』なんて言わないで。暴力で解決するわよ」


 レイラかと思った。


 しかしランツァなのだった。


 リッチは額をコツコツと叩き、考え……


「……つまり、リッチがリッチの意思で君に協力を求めたら、君は……その、なんだ、君の溜飲は下がるのかな?」


「そうじゃないけど、そう」


「どうなんだ」


「わたしに対して他人事にならないで。わたしを突き放さないで」


 リッチは呼吸のいらない体でため息をつき、


「君の有用性については、かなり認めているつもりでいたけれど……ようするに、有能であり有用であると認められたいんじゃあないんだよね? 君の言っていることは、おそらく……君の行動方針をリッチに強制しろと、そういう話、なのかな?」


「小難しいことはいいのよ。ようするにわたしはね、あなたがなにかを失う時に、一緒になにかを失いたいの。それで、わたしがなにかを失う時には、あなたにもなにかを失ってほしいの」


「小難しいと思うよ」


「わたしが死んだら悲しんで。生命というリソースが一つ減ったからじゃなくって、わたしの死を悼んで。そういう関係性がいいの」


「…………ああ、はい、はい。なるほどね。ようやく理解した」


「よかったわ」


「ようするに、君は『パーティー』を組みたいということだね」


「よくなかったかもしれないわね……」


「誰か一人失われたら総崩れになるような、そういう関係がいいんだろう?」


「……よかった、のかしら?」


「君の言葉から推測するに、俺はそういう関係を『パーティー』しか知らないんだ。失えない大事な計画を進める、替えの利かない仲間━━それはパーティーだ。間違いなくね」


 自分に替えが利くなら、勇者は死ななかった。

 一人でも抜けたらまったく運用が違ってしまう集団━━それはパーティーなのだ。


「代わりのいない関係だ。……君がそれを望むなら、俺はなぜだかそれを叶えよう。思えばあの宗教裁判のころから、俺はなぜだか君の望みを叶えようとしている。たぶん俺は君のことを、娘かなにかだと思っているのだと思う」


「ええ……そんな歳の差だったかしら……」


「自分の年齢について詳しく覚えてないんだ。まあ、でも、そうだな、せいぜい……姪っ子?」


「まあそこの比喩はどうでもいいけれど……」


「そういうわけで、女王ランツァ、俺と……ともにパーティーで夢を……パーティーという一つの……」


 リッチは自分から誰かを誘ったことがないので、どれもこれもピンとこない。

 勇者のまねをしてみたけれど、それは格好つけすぎのような気がする。


 だから最終的に、


「組もう、パーティー」


「……はい、よろしく」


 二人は互いに歩み寄り、なぜだか握手をした。


 ここにリッチパーティーが形成された。

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