46話 時代とともに言葉の意味合いが変わるのはまああるけど『聖女』ってこうじゃないよね回

「違うわリッチ! そこは肘を伸ばすの! 全身をいっぱいに伸ばした方が小ささが際立つの!」



 聖女計画━━


 夜な夜な聖女軍の密室で行われるこの計画の全貌を知る者は少ない。


 なぜならば夜になるとアンデッドたちが聖女の陣幕の周囲をかためてしまい、親衛隊(勝手に名乗っているだけで『聖女』に任命されたとかではない)さえも容易には近寄れなくなるからだ。


 もちろん、アンデッドが味方というのは、すでに説明されている。


 けれど昨日まで敵だと思っていたものがいきなり『味方です』と言われても、信用・信頼とはまた違った、安心というのか、そういうものを抱くのはなかなか難しい。


 頭ではわかっても、心ではわからない。


 聖女軍の者がそれでもアンデッドをいちおう味方扱いしているのは、連中を率いていたのが人間……それも元女王だからであり……


 アンデッドどもを、聖女が受け入れているからに他ならない。


 だから暫定・・味方であるアンデッドを蹴散らすわけにもいかず、さりとて近寄るのも恐ろしく、結果として夜な夜な人払いをした陣幕内で行われていることを、誰も知らない。


『フレッシュゴーレムには無慈悲なる死を。人類には死者にさえも救済を与える聖女』━━


『あの人は今!? 人類領地を追い出された女王は死霊術師になって戻ってきた!』こと女王ランツァ━━


 この二名による秘密計画が聖女の陣幕では進行しているという噂だけが流れていて、その計画の本当のところは誰も知らないのだ。



「笑顔! 笑顔を忘れない! 頬が固いわ! 小さい女の子の笑顔には力があるのよ!」



 ただ、朝にアンデッドどもが消えたあと、親衛隊が聖女の陣幕に入ると、そこにはクタクタに疲れ果てた聖女が横たわっている。


 そのことから、『聖女計画』は、聖女にすさまじい負担を強いるものなのではないかということだけは、事実として広く認知されている。



「うん、だいぶよくなったわ。今日はこのぐらいにしましょう」



 陣幕内━━


 ランツァが笑顔でそう述べると、幼女ッチは体を投げ出すようにその場に倒れた。


「きつい……シンプルにきつい……」


 幼女inリッチの声は疲れ果てていた。


 元女王ランツァ直々の『聖女化』指導はかなりきつい。


 なにせこの元女王、かつては『民? ああ、絞れば絞るほど富を生み出すあの……』とかナチュラルに考えていた国家首脳たちの無茶な政策を国民に受け入れさせていた愛されキャラのプロである。


 その元女王に愛され仕草を叩き込まれているのだ。


 リッチのこれまでの人生において、他者に愛されようと一挙手一投足に気を配ったことなどもちろんなく、その不慣れな分野へのチャレンジがまずきつい。


 さらに、そもそもリッチは『他者』への興味が薄く、その視線や感情をいちいち想定しながら動作の一つ一つに反映するという回路が脳に形成されていないので、反射が身につくまでいちいち悩みながら動かなければならないのがきつい。


 さらにその『愛され動作』が予想以上に全身の力を使う激しい運動なため、幼女の肉体にはきつい。


 そもそも『いい歳のおじさんが幼女になって愛され動作を行う』というのが精神的にきついというのもある。


 が、その精神的なきつさは、肉体的にきつすぎて吹き飛んでいる感があった。


「ね〜え〜! やっぱりリッチには向いてないと思うんですけど!」


「いいわよリッチ! 鼻にかかった声が自然に出るようになっているわ!」


 ね〜え〜! のあたりだ。


 高すぎない範囲でなるべくオクターブの高い声を出すのが愛されキャラ基本動作の一つであり、これは『笑顔』と並んで『寝てる時でもできるようになれ』と厳命されているものである。


 聖女化鍛錬は言うてまだ十日ほどしかやっていないが、ランツァの教育が厳しすぎて、リッチはさっそく『声と笑顔の常駐』を身につけつつあった。


 幼女ッチはぶっ倒れたまま、


「もうこの子をもう一回殺してさ、ランツァに中の人をやってもらった方がいいと思うんだよね!」


「リッチ、だめよ。中の人などいません」


 魔王領にいる骨の化け物が中身だと知れると、せっかく進めている人気上昇計画がご破算になる懸念があった。


 そのためこの幼女に中の人はいないということになっている。


「このままだとリッチ、元の体に戻っても動作がかわいくなりそうだよ……」


「大丈夫。かわいさが現実を侵蝕していくのは、普通のことよ」


「普通でもイヤです〜!」


「でもリッチ、聖女化計画はリッチの目的のためにも必要なことよ。だって、『フレッシュゴーレムを倒して回って』『死者さえもよみがえらせて回っている』『いかにも無垢そうな』『実際にただ歩いてるだけで親衛隊ができあがるほどの幼い女の子』に死霊術を勧められたら、絶対に覇権学問になるわよ、死霊術。研究者が増えるわ」


「いやでもさあ! リッチは真剣に学究を志す者を募りたいんであって、逆に『かわいい子がやってる! 俺もやろ!』みたいな邪念の持ち主はむしろお断りなんだけど!」


「リッチ、大事なことを言うわ」


「……なに」


「まず、分母を大きくしないと、そもそも、リッチが欲しがっている層に、死霊術の魅力が届きません」


「……」


「間口を大きく。裾野を広く。そのあとで一部の才能と熱意のある者を頂上まで連れて行く方が、細々やって人探しをするより、効率もいいし、結果的に『真剣に学究を志す者』も多く集まるわ」


「その正論、リッチは嫌いだな!」


「それはそれとして、魔王軍と人類をさっさと融和させるためにも、『人類に人気で魔族に理解のある旗頭はたがしら』は絶対に必要なのよ。今のリッチがぴったりだわ。こういうの、理性じゃなくて感情に訴えかける必要があるからね。幼女は感情説得において最強の生物なのよ」


「そうは言うけどさあ……!」


「リッチ、すべてはイメージなのよ。多くの人にとって、真実はどうだっていいの。そう、ねえ━━あなた・・・。あなただって、せっかくだから、かわいくてキラキラしてる方がいいわよね。お姫様よ、お姫様」


「やめろぉ! 肉体の本来の持ち主に語りかけるな!」


「元お姫様の私が保証するわ。あなたは今、最高のお姫様になりつつある……もう少しがんばりましょう。綺麗な服を着て、立派なお輿こしに乗って、歓声を受けながら多くの人に手を振るのよ。夢の舞台よ」


「やるー!」


「えらいわね」


「くぅっ……!? 体が勝手に……!」


 ここに来てもっとも手強い敵はランツァなのではないかという気がしてきたリッチであった。


 早めに仕留めておかないと大変なことになりそう感が最近ひしひしと高まっているランツァではあるが……


 リッチ的には『早めに仕留めないとヤバそう』という者こそ、『稀有な特質を持つ命』ということなので、残しておきたい気持ちが強い。


 聖女ロザリーが今も生きている理由の八割ぐらいが『とっておきたいから』だ。


 まあ、その聖女ロザリーはどこかに失踪しているので、生きてるか死んでるか、本当のところはわからない。

 アレが殺されるイメージがぜんぜんわかないので生きているとは思いつつ、生きてるなら人類を救うような行動をいっさいしていないのも不自然ではある。


 ともあれ━━


「さ、小休止は終わりよ。次は『論理的破綻を突っ込まれた時、会話相手ではなくオーディエンスに訴えかけて突っ込んできた人を悪者にする動作』をやっていきましょうね」


「もうやだ! 魔王領おうち帰る!」


「ここでリッチに帰られると、たぶんアンデッドが聖女軍の人を皆殺しにすると思うんだけど……」


「ものすっごい『どうして』って聞きたいんだけど、あいつら、理由のない行動とかすっごいしそうなんだよな……」


「アンデッドと聖女軍の人たち、表立って仲悪くはないけど、まあまあ険悪よ。この両者を心から仲良くさせるためには、『死霊将軍に一目置かれているリッチ』であり『救世主として人類に人気の聖女』がどうしても必要なんだけれど……」


「ぐ、う、う……! わかった、わかりました! そもそも、この計画について、リッチは一度、君に委任した。委任というのは『ゆだねて、まかせる』ということだ。『任せたとは言ったけどね、もう少し金になりそうな成果は出せないのかい?』とか途中で口を出してくるような者をリッチは嫌悪している……」


 任せたと一度述べたならば、最後まで任せきれ。


 途中で翻すなら、そもそも最初から『任せた』などと言うな。


 委任とは、委任した相手に今後の主導権を与え、失敗したなら責任をともに負う〝覚悟〟なしにはしてはいけないのだ。


 リッチはむくりと立ち上がり、拳を握りしめ、


「リッチは━━聖女を目指すよ」


「その意気よリッチ! でも立ち方と気合の入れ方がかわいくないわ」


「なんだよ『かわいい気合の入れ方』って!? まず気合っていうものがかわいくないよ!」


「こういう時には人を使うのよ。儚げにくずおれていれば、あらかじめ用意した顔のいい男性が寄ってきて『立てるかい?』って手を差し出してくる手筈になっているわ。それを待ちましょう」


「そんな手筈は初めて聞いたんだけど!」


「そうね、次は『人を利用したかわいさの演出』にステップアップしてもいいかもしれないわね。不慣れなうちはあらかじめ人を用意しておくけど、慣れてくれば無言かつ視線さえ向けないでも周囲の誰かを相談なしで操れるようになるわ。がんばりましょう」


「リッチはそろそろランツァが怖いよ」


「怖いのは詳しくないからよ。死霊術が多くの人に怖がられるのも、なにをしているかわからないから……リッチ、かわいさは、学問なの。リッチが死霊術を修めたように、私はかわいさを修める環境にいた……つまり、今は私がリッチの先生なのよ」


「……認めよう。君は先生であり、君はリッチが教育した成果がたしかに出ている……」


 話の詰め方が誰かに似てるなあと思ったら、そこには自分がいたのです。

 こわいなぁ。こわいなあって。


 この日も聖女化計画は明け方まで続いた。


 リッチはだんだん自分の動作一つ一つがかわいくなっていくのを、どこか他人事のように感じつつ、教育を受け続けたのだった……

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