47話 あらゆるものは人に受け入れられやすい形を模索すべきだけどでもこれは……回

「みんなー! おはよー!」


 ウオオオオオオオオー!


「え、なにこれ、怖いんだけど」


「リッチ! リッチ! 今のあなたは聖女よ! 聖女は信者ファンが多くても引かない!」


 舞台袖からあがった元女王マネージャーの声に、正気に戻りかけた意識を引き戻す。


 今、幼女ッチは他より一段高い壇上にあって、多くの『信者』たちを見下ろしている。


 昼日中の平原は密集、密接と二拍子そろった状況で人がひしめいており、その男女問わぬ全員はみな、『聖女』を見に来ているのであった。


 説法ライブだ。


 今まですでに『聖女』呼ばわりされていた幼女ッチにさらなる『聖女化計画』なるものが課されていたのは、すべてこの舞台のためと言ってもよかった。


 これは聖女が初めて自ら『聖女』と名乗って開いた説法会であり、ここでは複数の説教ナンバーが奏でられることになっている。


 もともと親衛隊を名乗っていた変態たちの協力のもとあつらえられた野外ステージは、最初『いくらなんでも広すぎでしょ』と思われたが……


 こうして方々に宣伝を打って人を募ってみると、一度聖女に救われた者から、噂の聖女を一度見てみたい者まで多くの老若男女が集い、ちょっと引くぐらいの人が集まったのである。


 この第一説法会ファースト・ライブの調子がよければ第二、第三と人類領巡礼ツアーの予定が組まれていくこともあり、リッチとしては失敗も困るが大成功も困るという心情であった。


 ところが舞台袖から飛び出してみるとちょっとありえない人だかりであり、舞台にのぼろうとする者が親衛隊に抑えられてるレベルの熱狂であり、端的に言ってめっちゃ怖い。


 なお、幼女ッチの様子は舞台上の生の他に、女王が勅令を下す時などによくある映像投影の魔術により広く配信されている。


 会場では死霊術入門編の書籍が幼女ッチのサイン付きで売られ、伝令のヒラゴーストたちが早くも売り切れを報告しているところであった。


 ちなみに『遠方に声と姿を届ける魔術』があるのに伝令が必要なのは、この魔術の弱点のせいだ。


 この魔術、もともと政治的方針の公示用に調整されているので、『とにかく映像と音声をデカく』という方向にしか研究されていない。


 たぶん小規模に抑えて伝令に使おうという頭のいい者もいただろうが、そういう者はつまはじきにされている。

 伝統とか格式とか、あと予算が出るタイプの研究とかというしがらみがあるのだ。


 というわけでいちいち空中にヒラゴーストの『売り切れです!』を表示するわけにもいかず、結果として伝令という方法がとられているのだが……


「……『売り切れ』報告も投影魔術モニターで流した方が大盛況感あるわね。人はすでに売れているものほど欲しがるものだし……」


 などと元女王プロデューサーが言っているので、次回からヒラゴーストが長距離を走り回る必要もなくな……え? 次回本当にやるの?


 リッチは正直に言うと、嫌だった。


 なにか最近は『かわいい動作』が板についてきてしまっていて、たぶん骨に戻っても無意識に出る気がする。


 あと。


 人からかわいい扱いされるのがちょっとクセになってきてる━━


 リッチはそれ以上思考を進めないよう、意識を切り替えた。

 思考停止が研究者としてよろしくないことは承知しつつも、世の中には『これ以上考察を深めたら戻れなく・・・・なるもの』もあるのだった。


 研究者とは知見の深奥を探る者であり、智慧の深淵に囚われた者ではないのだ。


 そうしてリッチはもう寝言で言えるぐらいに叩き込まれた説教ナンバーを披露していく。


 その内容はざっくり言うと『アンデッドはじめ魔王軍は自分たちのお友達です』『フレッシュゴーレムの一切を駆逐してやる』『人類の領地に新しい国を建てましょう』『魔王軍と仲良く未来を作り上げましょう』というものだった。


 これが音楽に合わせて幼女の声で語られるものだから、わけもわからずみんなが騒ぎ始める。


 ひどい光景だった。


 ここには『理』が存在しない。

 ただ熱狂に押し流される動物ヒトの群れがいるだけだ。


 しかし『理屈』が人を説得しないことを身をもって知っているリッチは、『なるほど、心に訴えかけるというのは、かくも緻密な計算をもとにされているものなのか』と感動しつつ恐ろしく思っていた。


 たしかに一人一人に理を説いて納得してもらうというのは、現実的ではないのだ。

 だが、今やっている方法なら、納得してもらう必要さえない。これは本当に話が早くてクセになりそうだった。


 他者を説得するために幼女の肉体をいくつかキープしたいなあなどと考えながらリッチが進行表プログラムのすべてを終えたころ、あたりは夕暮れに染まっており、人々は『もう一回アンコール!』と大合唱していた。


 この『もう一回』はあらかじめ仕込んでいたものなので、リッチは体が覚えている(比喩のようで比喩ではない)『もう一回』用の説教ナンバーを再び歌いあげる。


 客席にはいつの間にかアンデッドも混じっていて、しかしそれを人側が忌避している様子はまったくなかった。


 あとで冷静になれば『俺、アンデッドと肩組んだな……』と微妙な気持ちになるのかもしれないが、それもこうして説法ライブを繰り返して何度もやらせれば、気にならなくなっていくだろう。


 こうして二度の『もう一回』をこなしたリッチは、拍手喝采に見送られながら舞台袖に引っ込もう━━と、したのだが。


「お待ちなさいッッッ!」


 大群衆の歓声さえ掻き消すような超々大音声が響き渡る。


 よく通るその声は、リッチにも聞き覚えがあるものだ。


 水を浴びせかけられたように群衆たちが口をつぐみ、こわごわと声の聞こえた方向……後方を振り返る。


 すると、そこにいたのは━━


「なんですかこの有様は! 人とアンデッドが……夜神の使徒が肩を組み、熱狂するなど……! まして死霊術を賛美し、魔王と手を組めなどとッ! あなた、それでも聖女ですか!」


 紫色の髪に紫色の瞳。

 気の強そうな面立ち。


 すらりと長い手足の体躯を、素手戦闘用神官服に包み、腕や脚にガントレット、レガースを身につけた━━


 聖女。


『アンデッド殺し』。


 かつての勇者パーティー最後の生き残り(他三名は全員一回以上死んでいるので間違いではない)である『ロザリー』が……


 新生・聖女の説法ライブグッズをフル装備して、そこに立っていた。

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