45話 『かわいい』という付加価値には強いゴリ押し力がある回
「リッチー! どこー!?」
人垣の向こうから知ってる声が聞こえてきたので、リッチは「ちょっとどいてね」と言いながら背の高い人々をかき分け、声の方へと向かった。
なにせ今のリッチは幼女なので、たいていの相手は自分より背が高い。
最近ではそれがものすごい密度で自分の周囲を固めているため、視界も悪い。
なぜこんなことになっているのかといえば、それは、
偶然死んでた幼女に憑依したリッチは、その肉体のまま
憑依先の肉体があったのが人類領地北部の村だったから、そのまま南下しつつ、フレッシュゴーレムどもを蹴散らし、
アンデッドが南部の旧戦場から人類領に入り、そのままフレッシュゴーレムを蹴散らしつつ北上してくるはずなので、これと合流するための南下であった。
そうやって幼女姿で
これに『断るのも面倒だし好きにさせておこう……』という方針で対応していたところ、ついてくる人の数はどんどんふくれあがり……
『フレッシュゴーレムを退治しながら人を生き返らせてまわっている幼女』はいつの間にか『聖女の再来』などと呼ばれ、聖女軍なるものが勝手に組織されたわけであった。
ちなみに再来前に聖女と呼ばれていたのは勇者パーティーにいた脳筋神官ロザリーなのだが、今は消息不明らしい。
ともあれ聖女軍となりその中心人物となってしまった幼女ッチは大人たちに常に取り囲まれている。
肉体の健康管理について、『人は食べなきゃ死ぬ』ということをうっかり失念していたリッチよりよほどうまくやってもらえているので便利だが、全員総じて視線が怖いというか、幼女への熱の入れようがヤバい。
さて、そんな幼女ッチの耳に届いた『聞き覚えのある声』の主とは……
「ああ、ランツァ? なぜここに?」
アンデッド軍と合流するつもりだったリッチが見つけたのは、元女王ランツァ単品であった。
あたりには遠巻きにランツァをながめる聖女軍の人がいるだけで、アンデッドの姿は見当たらない。
ちなみにランツァが元女王であることがバレているかどうかだが……
金髪碧眼に加えて王杖と王冠まで装備しているので、バレてる。
ただ、どうにも周囲は半信半疑のようであり、「あれって女王陛下?」「でも死んだって話じゃ?」などというひそひそ話が聞こえる。
傀儡君主だった当時から無茶な政策をかわいさでゴリ押しするため人前に出る機会が多かったランツァは、顔自体は売れているものの、死亡説があるのと、二年半でちょっと育ちすぎたため、人々は受け取り方に迷っているのだった。
ちなみに王宮の正式発表は『魔王軍に連れ去られた』であり、死亡説やら悪堕ち説やらはそこから派生した噂で、死亡説が一番優勢という感じだ。
ランツァはといえば周囲のひそひそを全然気にした様子もなく、幼女ッチをまじまじと見て、
「え、リッチ?」
「そうだよ」
「なんでそんなお姫様みたいな格好になってるの?」
「……なんか……聖女様って呼ばれて……服とか食べ物とかめっちゃもらって……着せ替えられたりしてるんだ」
「ああ、うん。だいたいの事情は察したわ」
ランツァの察し力はすさまじい。
幼女ッチはため息をついたあと、
「で、なんでランツァがここに?」
「アンデッドが大規模軍事行動をするっていうから、お目付役を任されたのよ。あと、どうにも人類……ああ、一人称じゃなくてね?」ランツァはもともと一人称が『人類』だった。「人々を助けて回る計画なんでしょう? でも、アンデッドには前科があるらしいじゃない」
「ああ……」
クリムゾンを保護した時のことだ。
リッチは生きた獣人を欲していたのだけれど、アンデッドたちが勢いあまって獣人の村を皆殺しにしてしまったことがある。
まあ、リッチがすぐに蘇生したので結果的に問題はなかったが……
「だから、わたしが同行して、勢い余ったら蘇生してたの」
「……なるほど、盲点だった。たしかにアンデッドたちなら勢いあまって助けるはずの人々まで殺してしまうな……」
「でしょう? まあ、リッチは大軍と一緒に行動して指揮官の仕事をやらされるのが嫌だから、単独で人類領に来たんだろうけど……」
「……………………反論の余地はないね」
「死霊術師が一人はついてないといけないと思って、わたしが同行を申し出たの。魔王様から許可をもらってね」
「…………君は本当にしっかりしてるなあ」
「それで、なんだか気になる人だかりがあって、情報を集めたら『フレッシュゴーレムを退治しながら死者蘇生をしてる人がいる』っていうから、リッチがここにいるかと思って」
「なるほど。完璧な推理だ」
「で、この人だかりじゃない? アンデッドをぞろぞろ引き連れて来たら混乱を呼びそうだから、ちょっと遠くの方に待機してもらってるの」
「的確な配慮だ。……リッチとしては、この聖女軍の中心人物を君に任せたいぐらいなんだけれど」
「ダメよ。その肉体は使えるもの」
ランツァはリッチのもとで教育を受けた成果がとてもよく出ている。
教育をほどこしたはずの幼女ッチは首をかしげる。
「たしかにこの肉体は使えるけれど……」
「死者をよみがえらせてまわる幼い女の子なんて、
「まあね」
「でもね。━━幼女がやれば、聖なる行為になるのよ」
「…………」
「どのようなひどい政策も、どのようなひどい方針転換も、幼い女の子がかわいく言えば、たいていの人は不満を飲み込むし、そこに神聖なものを見出すの。人類ってそういうものなのよ」
経験者は語る。
ランツァは幼女ッチの肩をつかんで、
「だから、その姿は使っていきましょう。いいじゃない、『人類の危機を救い、命さえも呼び戻してみせる聖女』。この方針でプロデュースしていきましょう」
「……まあ、なんか、もう、全部君に任すよ。というか君がこの肉体に入ればいいと思うんだけど」
「ちなみにその子、今、どんな状態なの?」
「えーっと、死んでた時に憑依したけど、その後生き返らせて、主人格には引っ込んでもらってるところ、かな」
「生きてる人に憑依ってできたかしら?」
「……できないね。憑依中に生き返らせると魂の共存が可能なようなんだけれど……いったん殺す?」
「最終的に肉体は返すのでしょう?」
「それは、そのつもり。この子の同意があれば『人は人の魂の保存容器たりうるか?』という実験もしたいところなんだけれど。ほら、現状、肉体の本来の持ち主と、リッチの魂が同居している状態だろう? これは死霊術の課題であった『魂の保存』について一つの革新的な研究になりうるかもしれないのだけれど、なかなか協力者の確保ができなくてね……」
「だったらあまり死なせたり、いろんな人の魂を入れたりしない方がいいと思うわ。心のケアの問題でね」
リッチは話をよく横道に逸らすが、ランツァはもう付き合いが長いので慣れているため、話の本筋にだけ返事をした。
リッチもこういう返事に慣れている(リッチは話しながら思考整理をしているだけの時は無視されても気にしない)ので、うなずき、
「わかった。人の心について、リッチは素人未満である自覚がある。全面的に君の方針に従おう。ただ一点、希望を述べるならば、君もこの場に来たことだし、リッチは全部投げて研究室にさっさと帰りたい」
「じゃあ、早めに人類を救いましょ」
「うー……やっぱりリッチも必要かあ。こういう活動はリッチの本分ではないんだけれどなあ……」
「本分でなくても向いてることはあるものよ」
「わかった、わかった。君に従うよ」
リッチが肩をすくめて返事をすると、ランツァがにっこり微笑んだ。
その笑みに色々な成分が含まれていることをなんとなく察してしまい、リッチはすでに帰りたい度が最高値を百としたら七百ぐらいになってきた。
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