37話 上司の思いつきで振り回されるのは現場の方なので上司はよく現場の悲鳴を聞くべきだと思います回

「あっ、そうだ」



 魔王が思いついたようにリッチの背に声をかける。

 そして――



「『アレ』も色々いじったから、ついでに連れて行ってくんない?」



 気楽そうに、そんなことを言ったのだった。





 荒涼とした大地にはあまたの生命たちが集っていた。


 西側に位置するのは人類の帝国で、このあたりの戦場は特に獣人が多い。

 人々はみな疲れ果てた顔をしていた。

 身なりもよろしいとは言えない。

 かつてきらびやかな鎧と輝く剣をまとっていた正規兵たちは、今では武装もボロボロの誰かのおさがりで、その軍勢も『勇壮』とは表現しがたいありさまだった。


 一方で東側の軍勢に視線を移せば、こちらもこちらでひどいありさまだ。

 ゾンビ、ゴースト、スケルトン。

 武装どころかその体さえボロボロだったり、はたまた実体がなかったりする魔性の者ども。


 けれどその最大の特徴は『死ににくい』ことにある。

 人類の軍勢規模が減った今となっては、開戦当初からさして変わらぬ軍団の規模が、相対的に『雲霞のごとき大軍勢』であるかのように見えた。


 そして二つの軍団のあいだに躍り出る、一つの影があった。


 それはヒトガタのナニカだ。


 ほっそりした手足、大きくつぶらな瞳。

 体躯は小さく子供のようで、長い髪のようなものが頭部でバラバラと踊る様子は、少女を思わせるだろう。


 だが、よく見れば、それがヒトでもアンデッドでもないことに気づくことができるはずだ。


 それは肉で作られた古代のゴーレムだった。


 新鮮なフレッシュゴーレム――そのようにリッチが呼称したそいつは、二つの軍勢のあいだでしばらく奇妙な踊りを披露する。

 そして、古代語でなにかを叫び続けている。



「深刻なエラーが発生……エラー……エラッ、エラッ、エララララララララララ!」



 ガクンガクンと頭や手足を奇妙に振りながら、それは人類側の軍勢に近づいていく。

 人類側はあきらかにおそれおののいていた。


 誰かが恐怖からか、上官の指示を待たずに矢を放つ。

 それはフレッシュゴーレムの額に当たり、コツン、と跳ね返って地面に落ちた。



「エラー」



 フレッシュゴーレムの動きがピタリと止まる。



「敵対行動っ……敵っ……エラー……エラッ……防衛…………人格のインストールに成功しました。家庭用多機能人型端末Gwindolls8、ご主人様のお役に立ちます。ご主人様アアアアアアアご主人様いけませんご主人様ご主人様アアアアアアアアアアアアラララララララエラエラエエラエラエラ――」



 妙に耳障りな音声をたてながら、フレッシュゴーレムが人類の軍勢へ突撃していく。

 放たれる矢を次々とはじき、ついに出陣した前線盾兵を蹴散らし、ガクンガクンと奇妙な緩急をつけながら、素手でのどを切ったり臓物を引っこ抜いたりしていった。


 魔族側からその光景を見ていたリッチはつぶやく。



「うわあ……ひどい……」



 魔王が色々いじったから連れて行ってと言ったので連れてきた(パトロンの意向は可能な限り尊重する)のだが、アレは本当に『いじっただけ』のようだった。

 もともと意思疎通がしにくいところを改良したとか、変な暴走をしないようにリミッターをつけたとか、そんな配慮はまったくない。


『いじってみて、わけがわからなくなったから、処分代わりに押しつけた』


 まさにそんな感じで、リッチはなんとも言えない気持ちだ。



「先生、こわい……」



 まだ幼い獣人の子供たちが、リッチの周囲に集まっている。

 今日は蘇生術訓練のために生徒を連れてきているのだが、いらないトラウマをあたえてしまったらどうしようと思った。


 リッチは……生徒の感情に配慮するほうだ。


 ちょっとコミュニケーションが苦手なので配慮しきれないところもあるかもしれないが、ああいう意味不明なものを見せて、いらない恐怖や興奮が生徒に根付いてしまったらどうしようとわりと本気で危惧するリッチなのだった。



「うーん、でも、あの様子だと、今攻め込んだら人類軍殲滅できそうだよなあ」



 リッチは戦術がわからぬが、フレッシュゴーレムにおどりこまれた人類の軍勢は、あきらかに恐慌状態に陥っていた。

 そもそも烏合の衆っぽいところがあったし、このまま勝てるんじゃないかというのは、リッチにもわかるところだ。


 しかし、今攻めてはまずい。

 人類が全滅してしまう……


 リッチは人類の全滅を望んでいなかった。

 生命は貴重な資源だ。あの人数をいちいち復活させてまわるのは、それなりに面倒くさい。


 また、このままリッチあたりが『全滅できそう』と攻めこめば、後ろにいるアンデッドの大軍勢もいっしょについてくるだろう。

 そうするとどうなるか?

 ゴーストがとりつき殺し、ゾンビが食い殺し、スケルトンが引き裂き殺す……

 死体はぐちゃぐちゃとなり、その補修はやっぱりリッチがやることになるだろう(蘇生しても肉体が致死のダメージを負っていたらまた死ぬので)。


 リッチは手間を惜しむ性格だった。


 もちろん研究のための資源確保なので、惜しむべき手間じゃないのはわかっている。

 わかってはいても、『資源確保』なんていう段階ではあまり苦労したくないのが人情である。

 研究『だけ』していたいのだ。資源確保なんかはむしろ、専門の業者がいるなら丸投げしたいぐらいだ。


 だけれど扱っているものが『命と記憶』である都合上、それをおろしてくれる業者はいない……

 だから仕方なくリッチが自ら資源確保に来ているというのが現状なので、ここであまり疲れたくはない。


 しかし……


 このままゴーレムを暴れさせ続けても、やっぱりぐちゃぐちゃの死体が複数誕生し、補修と蘇生で走り回るのはリッチになるだろう。


 ああ――どうして人生はこうもままならないのか。


 いつもそうだ。上層部の思いつきみたいな意見で計画をグチャグチャにされる人生だった。

『思いついちゃった。くわしくは現場でなんとかして』みたいなの本当にやめてほしい。


『勇者パーティーならどうにかできるだろ』と上からは言われるし、『勇者パーティーならどうにかしてくださいよ』と下からも言われるし、できないと聞こえるように陰口言われるし、本当に社会の一員として生きていくのは大変だったのだ……



「リッチ、恐い顔してるけど、どうしたの?」



 金髪碧眼の少女――ランツァがローブをひっぱってたずねてくる。

 リッチはハッとする。

 元人類の女王である彼女が、人類の軍を目の前にして、こんな、『別になにも感じない』みたいな態度なのだ。


 リッチは最近人の心を勉強していて、たぶんランツァが気丈にふるまっているのだろうということが想像できた。

 普通の人は『もともと所属していた組織と対立する』状況で、気分が悪くなるそうなのだ。


 リッチなんかはそのへんの帰属意識が低くて、今では人類軍が『命のたくさん入った荷馬車』ぐらいにしか見えないが……

 ランツァは優しい子なので、きっとつらいことだろう。


 そのランツァに励まされている……勇者時代のトラウマを思い出して、関係ないところで思い出し怒りしている場合ではなかったのだ。

 リッチは決意した。



「フレッシュゴーレムを壊そう。これ以上、あいつが無駄に人の命を奪うのを、リッチは見ていられない」



 殺しかたが汚い。

 あとで使う人の気持ちをまったく考えていない殺しかただ。


 連れてきていた赤毛の獣人少女――深紅クリムゾンが「先生、人の気持ちがわかったんですね」と感動したように涙ぐんでいる。


 リッチはうなずく。

 ああ、わかるとも――

 自分がこれから使う資源を無遠慮に踏み荒らされると、とても不愉快だということが――


 しかし現実問題、リッチがフレッシュゴーレムを止めるために進むと後ろのアンデッドもついてきちゃうのだった。

 よし、まずはアンデッドから息の根を止めよう――そうリッチが決断したところで、


 人類側から、歓声があがった。


 そのさざ波のような歓声は次第に大きくなり、十数秒で最高潮を迎えた。


 ズドン、と大地が震え、先ほどまでフレッシュゴーレムの暴れ回っていたあたりが静かになる。


 そうして生き残った人類たちの中から――

 フレッシュゴーレムを拳に突き刺し、聖女ロザリーがあらわれた。


 彼女はフレッシュゴーレムの突き刺さった右腕をかかげ、ガントレットを陽光にきらめかせ、砂まじりの風に紫色の髪を揺らしながら、叫ぶ。



「信仰ォォォォォ!」



 意味はわからないが、人類側は盛り上がっていた。

 フレッシュゴーレムを倒してくれてありがとう、とリッチは思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る