36話 コミュ力ある人ってなんか妙な圧力感じる……感じない? 回
「やっほー! リッチじゃん! そっちから来るなんで珍しくない?」
謁見の間には魔王がいて、リッチと二人きりになると真の姿をさらした。
真の姿は露出の高い格好をした美女で、ほがらかな人柄がよくわかる笑顔を常に浮かべていた。
蠱惑的な褐色の肌に、真っ白い髪のコントラストが映えている。
小さなきらめく粒などでデコレーションした長い爪でリッチのあごをなでつつ、魔王は首をかしげる。
「で、どの件で来たの?」
魔王の真の姿は頭が軽そうに見えるが、そんな甘い話はない。
どんな姿でも彼女は荒くれの魔族どもをまとめあげる『王』であり、その考えはリッチからするとさっぱりだ(経済とか戦争の継続とか、リッチには興味のないことを考えているのはわかる)。
こういう相手は苦手だ。
リッチは元は人類側、『勇者』と呼ばれた一行の一員だったが……
その時も、国政を動かす大臣級の人物に出会った。
そういった『政界の怪物』とでも言うような、底知れない、笑っていても内心までは笑っていないような、不可思議な重圧が魔王からも放たれていた。
「どの件っていうか、リッチは大きな戦争に参加したいんだけど、どのへんが大きな戦争かわからないから、聞きに来たんだ」
「へぇ?」
魔王は楽しそうにリッチのまわりをくるくるまわる。
「リッチってば珍しくない? どうしたの急に? 戦い、恋しくなっちゃった系?」
「恋しくないよ。リッチは戦いが嫌いだ。まあ戦い自体は勝手にやっててくれって感じだけれど、積極的に参加したいとは思わない」
「じゃ、どうして?」
「命と記憶がいるんだ。今やってることの検証に、特に記憶がほしい」
「あっはっは」
本気か嘘かわからない笑い声だった。
「つまりほしいのは『捕虜』ってこと?」
「そうだね。生きたものがほしい。殺してしまうと保存できないし、毎日殺して復活させてっていうのもめんどうだから……まあ、魔族でまかなえるなら魔族でもいいんだけどね」
「なるほどぉ。うん、オッケー! いや、ほんといいタイミング! 実は近々、人類側が大攻勢するって話になってるんだよねー」
「ふぅん」
「新勇者の実績作り的な? ほら、新勇者、勇者名乗っただけで特になんもしてないからさー。武勇伝がほしいんでしょ。南のほうから、聖女ロザリーを中心に、戦場を北進するみたい」
「……北進? 人類の領土は西にあって、魔族の領土は東にあって、人類は西から東に前線を押そうとしてるんじゃないの? そのぐらいはリッチにもわかるけど……」
「実績作りだからねー。全部の戦場をちょっとずつ『つまみ食い』して、吟遊詩人にいいカンジに歌わせたら、人類的には立派な『実績』になるんでしょ」
「……無駄に命が散りそうだね」
「あ、わかるぅ? そうそう! 無駄に命、散るよねー。戦争のための戦争だもんね! 前線を押し上げて魔族の脅威を遠ざけるとかじゃなくって、『ただ実績がほしいから南側から戦場を荒らす』だけ。もちろん新勇者のまわりにはわんさか一般兵がいるだろうしぃ? こっちもそれなりの兵を出さないといけないしぃ?」
「『実績作りが目的』ってわかってるなら、こっちが相手にしないってことはできないの?」
「いくら実績作りが目的でも、こっちが甘かったら東に進路変えるっしょ。人類もそこまでバカじゃな……うーん……どうかな? バカかな? わっかんねー」
「……で、リッチはどうしたらいいの?」
「南の戦線で張って、進行を止めてくれたらオッケー」
「止めていいの?」
「え、なんで?」
「いや……」
前に、魔王は『戦争の継続』を目的にしている――みたいに語っていた気がするのだった。
リッチは戦争なんかに興味もなく、また、知識もあるとは思っていない。
それでも『英雄がいない相手方に英雄を誕生させる』ことができれば、なんとなく戦争の機運が盛り上がって、戦争がより長く続くんじゃないかな――ぐらいまではわかる。
まあ、さらに難解で複雑な考えにより、魔王はこの『実績作り』を止めていいものと判断したのだろう。
リッチは戦争に詳しくないし、専門家でもない。
専門家でもない者が、専門でない分野に口を出すことを、リッチ自身好ましいとは思えない――もしも知ったかぶりで死霊術を語る者がいたら、口に死霊を詰め込みたくなるだろう。
「……わかった。リッチ、南の戦線に行くよ」
「そっちはアンデッドの領分だし、詳しい戦術は死霊将軍のアリスに聞いてねー」
「アリスは現実的な話しかしないのに、戦術的な話はさっぱり理解してくれないから、最近ちょっと苦手だよ」
「あの子も一生懸命なだけだから……」
魔王は気づかうように言った。
「……ま、とにかく、リッチが出てくれるなら計画も盤石っしょ。そういう気まぐれ、いいね! 助かるぅ~」
「……」
「だからさ、不安がらなくて大丈夫だよ」
「……不安?」
「そ。リッチってば、自分が代えのない存在だってわかってないっぽいからさ。いいんだよ、リッチなら。
「……」
「ま、そういうことだからさ。好きにやんなよ。あんまりまずそうだったら、警告ぐらいはするからさ」
魔王が朗らかに笑っている。
リッチは――なにも言わずに、謁見の間をあとにした。
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