32話 どうして人は自分の知らない分野のことを基本侮るスタイルなんだろうという疑問

「新勇者の死体は私がもらったわ」



 巨人将軍レイラが待ち受けていた!


 ドラゴン族の居住区画は岩肌が剥き出しとなった山岳地帯であった。

 なにを思ってこんなクソ利便性の低そうな土地に居を構えるのかリッチにはわからないのだけれど、まあとにかく岩山の奥深くには棺桶があって、そしてその棺桶に座る金髪ツインテ猫耳小柄大剣少女がいた。獣人のくせに巨人将軍のレイラである。


 視線を空に向ければ、真上には昼の日差しがあった。


 リッチは考える。

 なぜ人は争うのか?

 なぜ平和なドラゴン族の集落がドラゴン族の死体であふれているのか。

 黒い棺に腰かけてドヤ顔しているレイラの剣は血でべったりで、彼女の金髪も返り血でベッタリで、そこには確実に死闘のあとがあった。


 わからない。そこまでして新勇者の死体を確保する理由がレイラにあるとは思えない。

 たぶん闘争を求めていたのだろう。

 レイラの構成要素は食欲と暴力である。お腹を空かせた暴力に手足を生やしたらレイラになるのだ。たちの悪い化け物でしかなかった。

 やっぱり殺しておいた方がいいのではないだろうか……リッチは真剣に検討するのだけれど、巨人将軍という肩書きを得てしまったレイラを殺すには色々面倒で、やっぱりリッチは肩書きとか政治とかがすごく嫌いだなと再確認をした。



「まあ、君がほしいならいいや。好きにしなよ」



 もともとモチベーションの高くなかったリッチは、あっさりと新勇者の死体をあきらめる。

 そもそもがモチベーションの低さに『これはいけない』と思ったから死体をとりに来たわけであって、つまるところ『やる気がないのがまずいのはわかるので無理矢理やる気を出した』だけの状態だったのだ。

 そこに意味不明な障害が立ちふさがり、がんばって振り絞ったやる気はマイナス方向へと振り切った。寝たい。このままここで寝たい。もう一歩も歩きたくない。心が休みを求めている。何もかもが面倒くせぇ。


 リッチはその場でごろりと横になった。



「ちょっと、ちょっとちょっと!」



 レイラが棺から腰を上げてリッチに近付いてくる。

 寝転がるリッチにからみつくようにしながらレイラは言った。



「どうして!? ほしいんじゃないの!? もっと求めなさいよ!」

「リッチだってなんの障害もなければもらうけど、なんだか面倒くさい事態が起こってるから、もう別にって感じだよ……」

「そんなのってある!? じゃあ、私が道をふさぐドラゴンどもを皆殺しにして棺を確保した苦労はなんだったの!?」

「そんなのリッチにはわかんないよ……」



 殺されたドラゴン族はあとで蘇生しなければならないのだけれど面倒くさい。

 リッチは深く長いため息をついた。



「だいたいさぁ……なんなの? ヒマなの? ヒマなら戦争でもすればいいんじゃない?」

「リッチが冷たい……」



 すべてのやる気が潰えたリッチは人としての温かみがなくなり、心はすりきれやさぐれていた。

 ひんやりッチだ。



「ねぇリッチ! 遊んでよ! 具体的には死体を巡って私と殺し合いしよう?」

「そんな気力がないんだ。あと、君とリッチだと殺し合いにならないよ……相性が致命的に悪いんだ。リッチは物理無効で君は物理特化だし、そもそも即死耐性ゼロじゃないか……」

「だって最近リッチが遊んでくれないんだもん! あんた、私の上司でしょ!? かまわれすぎるのも嫌いだけど、あんまりかまわれないのも嫌いなの!」



 レイラの尻尾が揺れるたびにチリンチリンと鈴の音がした。

 リッチはレイラに背を向けるように寝返りをうつ。



「いーやーでーすー。リッチはもうなんにもやる気ないよ。はぁー。もうなにもかもが面倒くさい……」

「え、え、え……怒った? リッチ、怒った?」

「怒ってないよ。やる気を失っているだけだよ」

「どうしたらやる気出る? おいしいもの? おいしいもの食べる? ポケットにかびた干し肉しかないけど……」

「リッチは食事を煩わしいと思う方だよ」



 けれど生前は太っていたのだ。

 これは本当に不思議なのだけれど、あんまり食べないし、運動もしていたのだけれど、なぜかブクブク太る体質だった。

 タイミング? 食事のタイミングのせい? まる一日何も食べなくて『あ、補給しないとまずい』と思って数日間なんにも食べないでいいように大量に食べる、みたいな生活だったのがいけなかったのだろうか……?



「じゃあなにしたらリッチ元気になるのよ!」



 レイラがキレた。

 リッチはごろんごろん転がってレイラから距離をとる。

 リッチをここまで連れて来たドラゴン族の少女が「ナニやってンダ、コイツラ」とつぶやく。



「リッチが元気になる方法ねぇ……そうだなあ……とりくむべきテーマが思いつけば……なにかこう、簡単に達成感を得られて、労力は少なく、コストもかからず、それでいて興味深い結果が得られそうな研究をしたい……」

「なんか死んだり生き返ったりすれば? 死霊術ってそういうアレなんでしょ?」

「死霊術に対する理解が浅い人とは話したくありませーん」

「じゃあ理解したらいいんでしょ!? 理解するわよ!」

「お」



 リッチは上体を起こした。

 そして尻で這ってレイラに近付く。



「死霊術を理解すると言ったね? リッチはたしかに聞いたよ」

「言ったわ。さあ、理解するから説明してみなさい」

「うん、ではまず死霊術がいかにして生まれたかというのの、リッチなりの見解を述べてみよう。まずは昼神と夜神という二柱の神がいた。これは誰もが共通で抱いている認識なのだけれど、不思議に思わないかな? 最大宗教のみならず、色々な宗教において『最初、二柱の神がいました』という部分は共通しているんだ。たしかに世界には昼と夜があって、その大いなる事象を神の御業、いや、神そのものと――」

「セイヤッ!」



 レイラがリッチの顔面をぶん殴った。

 痛くないが言葉は止まった。


 レイラがキョトンとした顔で己の拳を見つめて、言う。



「え……? 私、今、リッチを殴ったの……?」

「無意識……?」

「ご、ごめんなさい。あんまり長々と話されるから、ケンカ売られてるんだと体が判断したみたい」

「君は学術に向いてないようだ」

「なんとかならない? 五文字ぐらいでまとめたり」

「あきらめろ」

「私、暴力で解決できないこと、苦手で……ねぇ、その死霊術っていうのは拳で覚えられないものなの?」

「ちょっと意味が不明だね」

「死霊術っていうのは、アレでしょ? すっごい殺すアレ」

「まあ……」

「それなら私もできるし、だから、すでに半分ぐらい理解したことにできないかしら」

「……」



 五秒ぐらい、真剣に殺害を検討した。



「……いや、肩書きがあるからな。殺すのはよくないな。リッチは我慢するよ」

「…………」

「レイラ? レイラ? ……!? し、死んでる……!?」



 無意識でってしまったようだった。

 どうしよう、無意識で人殺しを試みるなんて、長い話をされただけで体が勝手に暴力をふるうレイラと同類になってしまった……!



「そうだ、記憶をいじろう」



 死霊術は他者の死を無駄にしない。

 リッチは今まで試したことのない記憶いじりを試してみることにした。



「今の一連の会話の記憶だけうまいこと抜き取って蘇生しよう。レイラは知力が低いから抵抗もないだろうし初めて奪う相手としてはちょうどいいや」



 リッチをここまで案内したドラゴン族の少女が「エッ、イヤッ、イイのカ?」と疑問を呈した。

 リッチは答えない。ドラゴン族の少女が質問した記憶もあとで消える予定だからだ。



「えーっと……記憶の蓄積されている部分の表層ほんの一部だけ削り取る……『プディングをスプーンですくうがごとく』だったかな。とりあえず蘇れ蘇れ」



 レイラの魂を呼び戻す。

 青白く透き通った大きなものが、立ったまま死んでいるレイラの頭上に出現した。


 通常の蘇生だとここから『対話フェイズ』に入るのだが、記憶いじりなので呼びだした魂を霊体の帯で拘束する。

 真っ黒い帯がそこかしこから伸びてレイラの魂を縛り付けた。



『ちょっとリッチ!?』



 レイラの魂が妙にエコーした声で叫ぶ。

 リッチは「大丈夫」と言いながらそのへんの霊体でスプーンを形成し、レイラの魂に突き入れる。



『あっあっあっ』

「暴れないで」

『で、でもなんかコレッ、変な……あっ!? あっ、ああ~!?』

「……結構精密さを要求されるな。まあ、魂の中の記憶を司る部分に霊体を操作しながら干渉するんだから当たり前か。うーん、死霊術における技術の総決算って感じだ。これは燃える」



 レイラのあられもない声が響き渡る中、リッチは慎重に霊体を操作する。

 そして、『ごそり』と何かをすくい取る感覚があって、レイラのあえぎ声が止まった。



「……ん? 『ごそり』? まあいいや。試してみよう。蘇りますか?」

『あうっ』



 レイラの魂が肉体に入っていく。

 立ったまま死んでいたレイラの目が焦点を結び、リッチを見てこう言った。



「うあー!」

「なんだなんだ」

「あう! あううう!」



 レイラがバシバシとリッチを叩いた。

 痛くはないがすごくいい笑顔を浮かべながらバシバシ叩いてくるレイラはちょっと恐い。


 リッチはレイラの手首をつかんだ。

 レイラはリッチを見上げてにこーっと笑った。



「……おかしい。知性を感じない……いや、普段から感じないけれど、あまりにも、これは……」



 リッチは考え、結論する。



「記憶を削りすぎたな」



 研究の進歩に失敗はつきものなのでしょうがない。

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