捨てられて、リッチ #勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
33話 人の性格は教育でなんとかなるのではないかという疑問を呈す人がいるけどなるわけないだろという回
33話 人の性格は教育でなんとかなるのではないかという疑問を呈す人がいるけどなるわけないだろという回
「あだー……うー! あうー!」
おぶったレイラが加減なしでバシバシ叩いてくるもので、リッチはさっきから地形が変わるレベルの打撃を一身に浴び続けている。
赤ちゃんなのだった。
記憶をゴッソリやっちゃったせいで赤ん坊帰りをしたレイラを『霊体の帯』で背中にくくりつけて背負っている。
面倒くさいからドラゴン族の居住区に放置して帰ろうっていう気持ちもちょっとはわいたけれど、さすがにリッチもそこまで無責任にはなれなかったのだ。
というか『巨人将軍』のレイラを赤ん坊化させた上に『ドラゴン族』の区画においてきて、そのせいでドラゴン族の区画が壊れたりしたら責任を問われるのはリッチなのだ。
のちのちにデカイものを背負わされるのを避ける代わりに、今はレイラを背負っている。
背負って、帰ってきた。
「先生、その人、生きてますよね?」
研究室に集った子供たちの内心を代表するように
真っ白い清潔な空間。整然と席に着きそれぞれの課題をこなす子供たち。そこに突如として現れた赤ん坊化した猫耳少女を背負った骨。
ならば生徒たちは思うのだろう。
『死体を取りに行ったはずのリッチが、生きているものだけ持ち帰るのはおかしい』と。
リッチはちょっと悩んでから切り出した。
「死体は砕けたんだ。なんていうかこう、修復が面倒になるぐらい木っ端みじんに。レイラがその、ぐずって? レイラがね、バンバンって地面を叩いたら、衝撃破が起こって、死体を納めた棺が砕けたっていうか、まあ、山間部がまるごと砕けたっていうか」
記憶をなくして赤ん坊帰りしたが、腕力は据え置きなのだ。
しかも普段は制御している力がなんの
赤ん坊レイラの暴れっぷりを見たあとでは、普段のレイラがだいぶ理性的に見える。
それで仕方なく背中にくくりつけて大人しくさせているというわけだ。
幸いにもリッチが背負ってからレイラは大人しい。「あだー」とかいう
時折バシバシ叩かれて地形崩壊クラスの衝撃を加えられていたりもするのだけれど、リッチは物理攻撃無効なので被害ではないのだ。
「というかリッチ、レイラさんのその様子はどうしたの?」
ランツァが碧い瞳で興味深そうにレイラの顔をのぞきこみながら言った。
話しながらランツァが唐突にニコッと笑うのは、きっと背中側でレイラが笑っているからだろう。赤ん坊の笑いは人の笑顔を誘うのだ。肉体が大人(?)でもそれは変わらない。
「レイラがこうなったのはね――あ、ダメダメ。手を伸ばさないで。レイラに近寄らない方がいい。つかまれるよ、レイラの握力で。しかも今は加減しないよこいつ」
だんだん近寄ってきていた生徒たちがザッと離れる。
あの巨人用巨大剣を振り回すレイラの握力だ。つかまれたが最後、つかまれた箇所が超圧縮されることは確実だった。
「で、えーと、話の続きだけれど……レイラのこの状態はね、記憶をちょっといじったら……まあその、取り過ぎちゃったみたいでね」
「えっ」
声をあげたのは深紅だった。
かつて記憶をいじらせてほしいとリッチに頼まれた記憶がよみがえったのだろう。
そう、リッチに背負われたレイラの姿は、選択肢を一つでも間違えた深紅の姿でもあったのだ……
深紅は顔を青ざめさせて言う。
「そ、それ、戻るんですか……?」
「もちろん戻るよ。理論上は……実践はこれからするんで、ちょうどいいからみんなにも見せようかと思って連れ帰ったんだ。リッチ自身も記憶をゴソるのは初めてだったから、多少ぎこちないかもしれないけれど、思わぬ教材だよ。……さ、みんな、机の上を空けて。レイラを寝かせるから」
子供たちがテキパキと机の上を片付けた。
ほどなくして、小柄なレイラ一人なら充分に寝かせられるスペースができあがる。
リッチは霊体の帯でギチギチに拘束したレイラを机の上に寝かせ、
「聴覚保護、衝撃防壁」
次の瞬間、レイラが泣いた。
いや、泣いたと言えるのだろうか?
涙は流している。鳴き声もあげている。
けれどそれは『赤ん坊が寂しさやその他不快を訴えて泣く』というレベルをはるかに逸脱した、『音波とそれに伴う衝撃による広範囲攻撃』であった。
泣き声は聴覚を魔法で保護してもなおうるさく脳髄に響き、衝撃は防壁を張り巡らせてなお全身を叩き研究室の棚を震わせる。
「レイラはおぶられてないと泣くんだよね。泣くっていうか、ご覧の通り『声の暴力』をふるうっていうか……みんな無事? いちおう、聴覚と耐衝撃の防壁を張ったんだけど、リッチは今、君たちのダメージが想像できないんだ」
生徒たちから『無事です』という声をきき、リッチは満足する。
そしてさっきまで持っていなかった杖をどこからともなく取り出し、泣くレイラの額をコンコンと叩く。
「さて、これから『記憶』を操る術式を行うわけだけれど……みんな、覚えているかな? 記憶とは、命の構成要素の一つだ。たとえば人が死ぬ。その人の生前と蘇生後の魂が同一のものであると端的に示すためには、『能力』『人格』『記憶』が大事になる……すなわち、一般人はそれら三つによって『命の個性』を判断しているということだね」
リッチは生徒たちを振り返った。
生徒たちは真剣な顔で聞いている。
よかった。
聴覚保護をかけると『攻撃』と無意識のうちに判断される音が一切とどかなくなるのだ。
レイラやロザリーに聴覚保護をかけると長い話の一切をシャットアウトするので、生徒たちが彼女らの仲間でなくてホッとした。
「命の構成要素ならば、それは死霊術の領分だ。『ある人物は、なににより、その人物と判断されるか?』……これはまあ哲学とかそっちの方面だけれど、少なくとも死霊術の歴史の中には記憶にまつわる術がいくつかある。うち二つが『記憶を消す術』と『記憶を戻す術』になるわけだね」
「ねぇリッチ、他にはどんなのがあるの?」
質問したのはランツァだった。
彼女は授業の邪魔だからと頭の後ろで束ねた金髪を振りながら、碧い目を輝かせて身を乗りだしてきた。
リッチはうなずき、
「これから行う『記憶を戻す術』にも関連する話なのだけれど、死霊術において、『記憶』とは『液体』のようなものなんだ。つまり、『容器があれば保存もできるし、あちらからこちらへと運んで、元の容器とは別な容器に注ぐことも可能なもの』となる。……今の説明で、なにができそうか、予想はつくかな?」
「……違う人の記憶を、それとは違う人に植え付けたり?」
「そう! 死霊術士であるリッチたちは、『記憶』という『液体』を汲み、運び、また入れることができる。レイラの記憶もサンプルとしてとってあるので、また入れ直せば記憶が戻るというわけだね」
「死霊術は記憶の取り引きができるのね。自分では経験していない誰かの思い出を、経験したことのようにできるんだわ。素敵」
ランツァの発言に「えっ」という声があがった。
深紅だ。
「それって……その、不気味じゃない? 素敵ではないよね?」
「どうして? 深紅は素敵に思わないの?」
「だって、自分の記憶が他の人に移されちゃうかもしれないんでしょう? それに、自分の中に知らない人の記憶が入って来て、しかもそれを自分の記憶だと思っちゃったり……それはなんていうか、気持ち悪くておぞましいことだと思うけど」
「……そういえば、『自分の記憶みたいに』思うのかしら? ねえリッチ、どうなの?」
ランツァの碧い瞳がリッチを向いた。
うなずいて、
「わからない」
「えええ……」
「そういった主観的な観点からの意見は、リッチの集めた資料にはなかったんだ。『移された記憶は自分のものであると思いこんでしまうのか? あるいは他者の記憶が入って来たのだという認識を維持できるのか?』……興味深いよね。記憶術については、いくつかの技法とそのやり方、そして過去、『記憶の売り買い』で
「そうなのね」
「だから試してみよう」
リッチは手にした杖をかかげる。
その先端には青白い球体が浮かび上がった。
「記憶というのは『液体』とたとえられていた。だからきっと、混じり合うものだとは思うんだ。しかしそれについて詳しい記録はない……たとえば、液体同士を混ぜ合わせても、成分が違えば一方は沈み、一方は浮かんで分離する。では記憶はどうなのか? なるほど、わからない。だから、実験をするしかない。理論を構築するにも情報が少ないしね。というわけで」
リッチは振り返り、生徒たちを見回した。
「誰か、実験のために、レイラの記憶を受け入れてみてくれる人はいるかい?」
机の上ではレイラがまだ泣いている。
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