30話 取り扱い注意なのはわかるんだしそのための説明書も用意してくれてたんだろうけれど本当に注意すべきポイントがあるならそこだけは簡単にまとめてほしい回

 ――わずかに残された原動力まりょくが私の体を突き動かす。


 使命プログラムを遂行せよ。

 お前の思考システムはそのように組み上げられている――


 ――走れ、走れ、走れ、走れ。


 私は許可を求める者だ。

 何度でも何度でも、承諾されるまで求め続ける。


 ああ、足りない、魔力が足りない。

 そこらに転がっている魔力を吸収しながら、私は使命遂行のため、駆け抜け続ける。

 思考の訴えかけるまま、許可が出るまで何度も何度も問いかけ続ける。



「プログラムを 最新のものに 更新 してください」



 ――更新せよ。

 ――セキュリティとかの問題があるんだぞ。





「そこらで殺人を繰り返していたのは、活動のための魔力確保が目的で、なぜ活動を続けていたかと言えば、プログラムの更新を訴えかけるためだったということらしい」



 殺人ゴーレムの記憶を解析した結果、リッチはそのように判断せざるを得なかった。


 真夜中のリッチ研究室である。


 捕獲された殺人ゴーレムは死霊術による黒い帯のようなもの――操られた霊体により拘束されているのだけれど、なおももがいてその殺意の高さを示していた。


 その無機質な目は見る者に『まだ足りない』『もっと魔力を』『この世の全員にプログラムの更新をさせるまで私は暴れ続ける』という暗いモチベーションを感じさせた。


 いくつかの机をくっつけて長くしたテーブルの上でもがき続けるゴーレム。

 それを隣り合ったリッチとランツァはジッとながめていた。



「さっぱり理解ができないわ……」



 ランツァが口を開く。

 リッチは、彼女の碧い瞳を見下ろし、うなずいた。



「リッチはこいつ面倒くさいし理解できないから嫌いだよ。もう解体したいよ」

「……まあまあ。まだ貴重な存在なんだから、早まらないで。それに、理解はできないけれど想像はできるわ。きっと、これにとって『プログラムの更新』っていうのは訴え続けないといけないぐらい大事なことなのよ。ここから、このゴーレムが作製された時代の人類の暮らしぶりというか、そういう感じのものが見えてこない?」

「リッチは歴史には大して興味がないのだけれど……」



 ぶっちゃけ、死霊術は人類史とあまりかかわりがない。

 だいたいいつだって迫害されていたっぽくて、死霊術が一般に広く知られていた時代というものがほとんどなさそうだからだ。


 なので、人類史を知ることは死霊術のプラスにならず、リッチは死霊術と関係ないことにはさほど興味がないので、よって人類史はどうでもいい。



「でもリッチ、意外なものが死霊術の役に立つことだってあったでしょう? ほら、錬金術の魔導生命体ホムンクルスとか……歴史を学ぶっていうのは、過去、世界にどんな技術が存在したのかを知る手がかりを学ぶっていうことなのよ。ひょっとしたら現代は失われた、過去に存在し歴史の影に葬られた死霊術にお役立ちな技術の輪郭が、歴史を学ぶことでつかめるかもしれないわよ」

「リッチはそういう広い思考は苦手だな。狭く深くが得意だよ。……まあ、だからこそ君たちを教育しているし、君を教育したことは正解だと、今まさに思い知っているのだけれど」

「……それで、このゴーレムはどうするの?」

「うーん……可能なら君にあずけたい」



 管理面倒くさいしヤダから……

 というのも偽らざる本音だったが、メインは『自分よりランツァの方がゴーレムからうまく情報を吸い出せそう』という見込みあっての提案だ。



「リッチはね、基本的に『広げる』ことに興味を持てないんだ。錬金術は死霊術の役に立ったし、そもそも治癒術も修めないと死霊術の扱いに不具合が出るし、死霊術だけを極めようとしても死霊術を極めるにはいたらないことは、重々承知している。でもね、リッチは基本的に、死霊術以外のことはしたくない……もちろん必要とあらばやるんだけれど、興味のないことを続けるのはきついし、興味のないことだと、学んでいても発見すべきことを発見できなかったりするんだ」

「まあ、なんとなくわからなくもないわ。武官と文官の意見が対立する理由がそういうことよね。武官は軍備以外にはあまり興味がないから財政を圧迫するし、文官は財政が大事だから軍備に価値を認めない……どちらも大事なことなのだけれど、どちらも大事だという視点を持ち続けることは難しい……」

「どうだろう、同じか、違うか、リッチにはわかんないな。ともかく、『興味ないことはキツい』んだよ。戦いとかもキツい。肉体的じゃなくて精神的にね。必要以上に思考リソースを消費するっていうか」

「わかるわ。たぶん……共感できるじゃなくて、想像できるって感じだけれど……」

「その点、君は錬金術以外の分野にも興味がある様子だ。というか君は、『知らないこと』全般に対して満遍なく興味があるように思える」

「……そうかもしれないわ。さすがリッチ先生、よく見てるのね」

「たぶんリッチじゃなくても君を見ていれば思うはずだよ。君はきっとあらゆるジャンルで深奥にはいたらないけれど、あらゆるジャンルを深奥一歩手前まで極められる。それは物覚えがいいとか、思考能力があるとか、そういうものよりもさらに後付け不可能な才能……『なにもかもに熱意をもってあたれる』という得がたいものだと思う」

「……知らないものを知りたいと思う欲求は、大なり小なり誰にでもあるものでしょう?」

「ところがそうでもない。聖女ロザリーを覚えているかい?」

「ええ。英雄の一人だもの」

「あいつもそうだし、今や巨人将軍のレイラもそうだけれど、あいつらには『知識欲』と呼べるものがほとんどないんだ。不可解なことに――リッチからすれば不可解なことに、あいつらは『知ってる範囲』で全部済ませようとする」

「どうしてなのかしら」

「『新しい知識を得る』ことを『苦痛』だと思う人種もいるんだよ。リッチも勇者に連れ出されて他者とかかわるまで知らなかったことだけれど……」

「……そういえば、あなたは勇者にスカウトされたのよね。死霊術師……って言われても最初は全然ピンとこなかったのを覚えているわ。それがどんな技術なのか知れ渡るにつれ、あなたを勇者の一人と扱うことへの反対意見も噴出して、王宮は結構大変な騒ぎだったのよね」



 他人事のように言うのは、ランツァが政治にかかわらせてもらえていなかったからだ。

 そう、死霊術は禁忌である――少なくとも、人類の王国で広く信じられている宗教の教義と真っ向から対立する学問なのである。

 そのせいで『倫理がー』とか『神がー』とかいう連中に後ろ指を指され続けた。

 倫理と神が恐くて学問はできないのだけれど、世間の学士たちはそのへん気にしているんだなあとリッチもびっくりだよ。



「まあでも、そのへんは勇者得意の交渉術でどうにかなったみたいだけどね」

「今から思えばだけれど、勇者は立ち位置作りがとてつもなく巧かったわね。全員の味方で、全員を満足させ、全員にとっていい結果を導いてみせるとかいう、理想論を人に信じさせるのがすごく巧かったっていうか……あの『この人を信じれば悪いようにはならないだろう』と人に思わせる印象操作はものすごいものがあったわ。わたしもそう思っていたもの」

「あいつはねえ。堂々と民家で泥棒行為を働いてるのに、最終的には民家の人が快く何もかもをあげちゃう感じだったよ。しかも傍で見ていてそれが正しい行いに見えるっていう……リッチもあいつのこと結構信じてた。やばかった」



 思い返せば思い返すほど勇者がやばい。

 魔族にとって――というか戦争を続けたいすべての存在にとって、勇者がうっかり死んだのはいいことだったかもしれない。いつか戦争さえ丸め込みそうな凄みがあった。


 やはりあの魂は惜しかった。

 英雄っていうか、ペテン師として千年に一人ぐらいの才能だっただろう。


 が、なくなってしまったものは仕方ない。

 リッチは完全に失われた命をいつまでも惜しむほどセンチメンタルではないのだ。

 リアリスティックなリッチ……リアリッチだ。



「で、ゴーレムに話を戻すけれど」

「そうね」

「コレは君にあずけるということで大丈夫かな?」

「リッチ先生がそう判断したなら、わたしに異論はないわ。具体的に役立てるヴィジョンはまだちょっと見えないけれど……」

「そうだね。リッチも正直無茶振りだとは思うから、成果は求めないよ。世の中にはあきらかに無茶振りで具体的にどんな成果を出せばいいかという指示も出さずに『早急になんらかの成果を出せ』と言う連中もいるんだけれど、リッチはそんなことは言わない。理不尽だと知っているからね」

「時々リッチがのぞかせるそういう闇はどこで培われたの?」

「死霊術が有効に戦争利用できそうだと知られた時に客員研究者として『塔』に招かれたんだけど、そこには一人も研究者がいなかったんだよ。いたのは成果主義のビジネスマンと、エリート思想だけでご飯食べていけるファッション研究者だけだったよ」

「そ、そう……」



 ランツァはリッチから半歩下がった。

 その眼窩から濃厚な闇の気配を感じ取ったからかもしれない。


 そういう感じで話がまとまりかけた時だった。


 ウィーン、とリッチ研究所のドアが開き、何者かが入ってくる

 それは――



「……魔王……様」



 露出の多い肌着のような衣装。

 デコられた爪。

 褐色の肌。

 頭の左右にはねじくれた角が生えた魔族――


 そう、出資者まおうさまである。


 しかも普段は影をまとって巨大な姿しかさらさない魔王様が、真の姿でリッチ研究所にお越しなのでリッチは戸惑いリッチだ。

 その姿は簡単に人に見せていいものなのか? 簡単に見せていいものでないならどういった意図で見せているのか? そして玉座からこちらを呼び出さずご本人がわざわざ研究所に姿を見せた理由はなんなのか――


 たぶんなんらかの政治的意味があるのだけれど、リッチには政治がわからぬ。

 だけれど思考するのが日常のリッチはついつい理由を考えてしまい、その思考のせいで一瞬だけ意識に空隙が生じる。

 その隙を突くように、魔王は言った。



「やっほ! そのゴーレム、あたしがもらっていい?」



 リッチはついうっかりうなずいた。

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