29話 どうしてお前たちはいつの間にか勝手に起動してるんだという回

 ウィーン……

 カシャカシャカシャカシャ……

 ヒィィィィィン……



「……なんの物音かしら?」



 夜中。

 おとずれた研究室内には謎の音が響いていた。


 ランツァは真っ暗だった室内に灯りを灯す。

 照らされて見えたのは、真っ白く清潔な光景だ。


 いくつかの小さな机を合わせて、一つの大きな机にしている。

 そこでは普段、ランツァたちが座っていて、リッチから死霊術を教わっている。


 ランツァがこんな時間に誰もいない研究室に来たのは、新たな死霊術的発想が降りてきたため、リッチに相談に来たという理由なのだが……

 睡眠をとらないため、だいたい研究室内でなにかしているはずのリッチは、いなかった。


 いない時はだいたい、戦争に連れ出されているか、巨人将軍レイラの餌やりか、魔王の呼び出しを受けているか、死霊将軍アリスに予算について苦言を呈されている。

 時間的に魔王かアリスの呼び出しを受けている可能性が高いだろうとランツァは判断した。



「……なにかが回る音? ……ううん……魔導生命体ホムンクルスの骨をはめる音に近いかしら……?」



 不可解な音の正体を求め、ランツァは耳を澄ます。

 それは研究室の最奥――ごちゃごちゃと資料の積み上がったリッチの机から出ているように思える。


 ランツァはおそるおそる、音の発生源へ近付いていった。

 そして――



 ――なにかが、リッチの机より飛び出してくる。



「キャアアアアアアアア!?」



 まだ幼い少女の悲鳴は、真夜中の魔王領へと響き渡った――





「よみがえれよみがえれ」



 リッチがアリスから『エンゲル係数がまずい』という話をされて帰れば――

 研究室で死亡しているランツァを発見した。


 ので、とりあえず生き返らせてみた。


 知的生命をよみがえらせる際には『魂との交渉』フェイズが入るのだけれど、ランツァをよみがえらせるのも初めてではないので、今はもうだいたい顔パスみたいな感じだ。

 生き返ったランツァは、慌てた様子で床を這い、リッチの腰あたりにすがりついた。



「り、リッチ! 大変!」

「見ればわかるよ」



 人が死んでるねんで。

 しかも、ランツァの死に様は、それはもうひどいものだった。


 血まみれ。


 上手に首あたりをカットされていたようで、吹き上がった血は真っ白だった研究室内を赤く汚しているし、ランツァの綺麗な金髪や真っ白い肌、綺麗な白いドレスも、彼女自身の血がベッタリこびりついている。

 床や壁の掃除はヒラゴーストたちが現在一生懸命行なっているけれど、ランツァの体は壁用洗浄液を使うわけにもいかない気がするので、自分で洗ってもらうしかないのだ。



「リッチからのアドバイスなんだけど、ケガは治しても血液はそこまで戻せてないから、なるべく今は動き回ったり興奮したりしない方がいいよ。治癒術の分野の話なのだけれど、『増血』はどれほど極めたって増える量がゆるやかなんだ。うっかりすると貧血でまた死ぬよ」

「リッチの机の中から飛び出した『なにか』がわたしを殺したのよ!」

「そりゃあリッチの机だもの。命を奪うものぐらいあるよ」



 専門の研究分野が死霊術なので。

 命を取り扱う研究で用いるものの中には、命を奪うたぐいのものも、当然ある。



「そういうのじゃないの! もっと物理的っていうか……死霊術的な力じゃないのよ!」

「ふぅん? 具体的に語れる? ちなみに君が死亡したのは二時間ぐらい前で、死因は首ちょんぱだけれど」

「なにか、お人形みたいなものがいきなり飛び出して、わたしの首を刎ねたの! たぶん、例のゴーレムだわ!」

「……おかしいな」



 魔力供給を断って机に突っこんでおいたはずだ。

 魔力で動く存在が、エネルギー源を断たれてなお自律行動するなんていうのは、論理的に考えてありえない。

 ――ならば、今想定しうるもの以外の理論により動いている、ということなのだろう。



「予想されるのは、体の中に魔力の保管庫みたいなものがあって、一度でも魔力を通すとエネルギーをたくわえ、ある程度は供給されなくても動ける仕組みになっている、ということか。……うん、たしかにゴーレムの用途を思えば、常に魔力を注ぎ続けられなければ動けないなんていうのは不便だ。たぶん、かなりの低エネルギーで活動自体はできて、余剰分はため込むような設計になっているのかもしれない」

「もともと小間使いなのよね? だったら、仕事中は魔力供給がいらないように……たとえば夜から朝、普通、人が眠る時間帯に一日分のエネルギーを蓄えておくような仕組みがある、とかじゃないかしら?」

「……なるほど。活動時間が人の生活時間に偏っているなら、たしかにそれが運用上便利そうだね。ひょっとしたら夜空の天体から発せられる魔力……『夜神の力』を自動でためこむシステムでもあるのかもしれない。……そうか、だから地下深い遺跡の中に封印されていたのか」

「解体して確かめたいわ」

「ああ、やろう」

「でもねリッチ……できないの」

「なんで?」

「わたしを殺したのがあのゴーレムだとすると、そいつは、わたしの首を刎ねて、どこかへ逃げていってしまったのよ。首を刎ねられてもある程度は意識があったから、そいつが出て行くところが見えたの」

「なんてはた迷惑で非合理的な……」



 首を刎ねて逃げるだなんて。

 逃げることが主目的なら見つからないよう忍んでいくべきだし、殺すことが目的なら無駄なエネルギーを消費しないようその場にとどまるべきだろう。


 あるいは、『首を刎ねて逃げる』ことにより、なんらかの、人や魔の価値観でははかれない、ゴーレムなりの『得』があったということだろうか?

 なににせよ、『人の死』がゴーレムにとってなんらかの必要性のあるファクターだった場合、それは死霊術と関連がある可能性が高い。



「うーむ……意外な拾いものだったようだ。リッチはあいつ嫌いだけど、あいつの中身には俄然興味が出てきたぞ」

「捕まえて分解しましょう」

「うん。でも、困った。あのサイズの物体が逃げたとすると、見つけるのはなかなか困難だ。まずはアリスに連絡してゴーストたちを総動員し非常線を張って……」

「それはちょっと時間がかかりそうね。非常線を張ってもらうことと平行して、わたしたちも足を使って捜してみましょう」

「どうやって?」

「『首を刎ねる』『人を殺す』ことがゴーレムにとって必要な行動なのだとしたら、あいつの行く先々で――」



 ランツァの言葉を遮るように。



「ぎゃああああああああ!?」



 無駄に大きな声で、野太い悲鳴が――たぶん巨人族の悲鳴だ――未だ闇夜に閉ざされた魔族の領地に響き渡る。



「――騒ぎを起こすはずよ。あんな感じに」

「なるほど。じゃあ悲鳴と死体をたどればあとを追えるかな」

「ええ。合理的にいきましょう。わたしはあいつと出会っても捕まえられないから、死霊将軍に警戒と索敵を依頼するわ。ヒラゴーストにお願いすれば呼びだせるでしょう」

「リッチがあとを追うよ。行く先々で迅速に死者蘇生もしなきゃいけないだろうし」

「巨人族の方に行ったっていうことは、これから先被害範囲が拡大するでしょうから、アリスさんとの交渉が終わったら、魔王さんにも警戒をお願いしてみるわ」

「できそう? 魔王との交渉とかプレッシャーすごくない?」

「わたしは公式な交渉の場にはよくいたもの。偉い人とお話しするのは慣れてるわ」

「さすが女王だ」

「とりあえずゴーレムの詳しい見た目を知っている深紅を起こして、連れて行くわ」

「それがいい。よし、行動方針の考案と決定は君に任せた。リッチは兵卒として従う。ゴーレムの痕跡をたどる以外にリッチがすべきことは?」

「行く先々で警戒を呼びかけてくれるだけでいいわ。あと、蘇生した死者はゴーレムの姿を見ている可能性が高いから、その人たちにゴーレムの姿を喧伝させて。あのゴーレム、見た目は恐くないから、死んだ本人がきちんと恐怖を語った方が、民の警戒心も高まると思うの。特に魔族のみなさん、敵をなめてかかる傾向があるから」

「わかった。他には?」

「ないわ」



 ランツァの言葉と同時に、遠くで次なる悲鳴が響き渡る。



「……リッチ、手がかりが増えたみたいよ」

「うん。捜しやすくなった。じゃあ、もう行くね」

「ええ。あなたも気を付けて」

「リッチなら大丈夫だよ」

「相手はわたしたちの知らない理論で構築された存在かもしれないわ」

「……そうだったね。気を付ける」



 リッチはまとったボロのマントをひるがえし、研究室から出て行く。

 ランツァはまだ血が足りない影響でふらつきながら立ち上がり、役目を果たすため深紅をたたき起こしに向かった。


 残されたお掃除中のヒラゴーストが、



「あのひとたち、こわい……」

「リッチさまとふつうにしゃべれるじんるい、こわい……」



 幼い子供みたいな声で話し、半透明な体をガクガクと震わせていた。

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