28話 極まった便利さを享受するのはある程度の事前知識が必要だし、機械音声ってどうしてもバカにされてるみたいに感じる回

「おや」



 リッチの研究室――

 真っ白く清潔で明るい空間で、リッチは『ゴーレム』を観察していた。


 普段は知識を求める生徒たちやら、食糧を求める巨人将軍(巨人ではない)レイラやら、予算を求める死霊将軍アリスやら、仕事を求めるヒラゴーストやらで溢れかえっている空間なのだが……


 今はもう、夜遅い時間だ。

 だからここにいるのは、リッチと――あと一人。



「リッチ! これが古代文明の『ゴーレム』なのね」



 金髪碧眼の、幼い少女。

 どことなく高貴さを宿し、最近はドレスの上に白衣というコンセプトのよくわからない服装をしていることの多い人間の少女――元女王のランツァが、いた。


 リッチは椅子に座り、目の前のテーブルに置いたゴーレムをながめている。

 ランツァは、その横でテーブルに手をついて立っていた。


 二人の視線の先にあるゴーレムは、お人形のようにかわいらしい。


 ほっそりした手足、クリッとした瞳。

 髪の毛を模しているのであろう、太く平べったいパーツが何本も頭からは生えている。


 最初土色だったそれを水拭きしてみれば、表面に貼り付いていた土がボロボロはがれ、今では真っ白でつるりとした全身をあらわにしていた。

 服などはないが、思わず着せたくなるような質感だ。


 それもそのはず。

 このゴーレムは『肉』でできている。



「ミートゴーレムと呼ぶべきか、それとも、パーツの保存状態から『新鮮なフレッシュ』ゴーレムと呼ぶべきか……なににせよ、死霊術士のリッチたちが着目すべきは、このゴーレムに使用されているであろう防腐技術と――」

「中に魂みたいなものがあるわね?」

「――そう! これの詳しい年代は不明だけれど、少なくとも二千年以上前のものであることは間違いないんだ。なにせ、二千年前に使われていたはずの文字で『ゴーレム』と紹介されていたからね。だというのに魂が残っている……これはすさまじい発見だよ」



 魂というのは、通常、保存が利かないものだ。

 しかしこのゴーレムの中に魂が残っているなら、それは二千年間保存されていたということになる。


 最初、『便利で頭のいい召使い』がほしいという動機でゴーレムを求めたが……

 中に二千年前の魂があるとすれば、ゴーレム本体は超優秀な『魂の保存容器』として使用できるし、中の魂の知識はなにかの役に立つ可能性がおおいにあるのだ。


 リッチは興奮を隠せなかった。

 肉の体があったころならば、緊張と興奮により全身から汗を垂れ流していたことだろう。



「しかし問題がある。起動方法がわからない」

「そうなの?」



 ランツァが真横で首をかしげていた。

 リッチはうなずき――



「魂を入れればいいだけだったら、リッチの魂で入ってみようかなと思ったんだけどね。すでにある魂……しかも古代人の魂なら、多少、取り扱いには慎重にならざるを得ないよ」

「でも、この魂、なにか不自然じゃない?」

「わかる!? そうなんだ! 大きさというか、形状というか……リッチは魂を『炎のようなもの』と捉えているんだけれど、炎ならあるべき『ゆらぎ』がない。妙にカッチリした小さな魂に、リッチからは見える」

「そうね。わたしもそう見えるわ。わたし、魂が『ゆらいで』いるのって、あれ、魂が人の心そのものだからだって思うのよね。人の心は揺らぐじゃない? それを視覚的に表現してるんじゃないかと思うっていうか……」

「新しい着眼点だ。なるほど、心か……たしかに、死霊術で研究されているものに『心』はない。リッチはみんなが『心』と呼ぶものは、『思考』……すなわち『頭から生じるもの』だと考えていたけれど……心がもしも胸にあるものなら、たしかにそれは魂なのかもしれないね。……うん、うん、そうだ。考えてみれば、魂と対話する時、魂には人格があったじゃないか。ランツァ、非常にいいところに目をつけたね」

「わたし、人の心に興味があるの。人は打算も保身もするけど、打算や保身こそ頭でするものじゃない? だから、そういうのとは別に、もっと熱いものがあって、それは頭にはないんじゃないかなってずっと思ってて……」

「なるほど。それを確かめるというのは、君のテーマにしてもいいかもしれないね」



 リッチは嬉しそうだった。

 話の合う相手がいない人生だったのではしゃいでいるのだ。

 はしゃぎリッチである。



「うーん、魂が入っているとすると、すぐにでも起動して話を聞いてみたい……」

「リッチは昔の人と話すのを目的に死霊術やってるのよね?」

「そうだよ。まあ、ただ古い人であればいいというわけではなくて、主に、リッチの前のリッチや前の前のリッチやそのまた前のリッチとか……古代の死霊術の使い手たちに、話を聞きたいという感じなのだけれど……」

「ゴーレムの起動方法はないの? 古い文献、たくさん読んだのでしょう?」

「どうやら古代においてゴーレムは『いち職場に一台』レベルで普及してたみたいで、わざわざ起動方法について触れるまでもないものだったようなんだ。だから死霊術の資料では特に起動方法や操作方法なんかはなかったよ。……ああ、ただ……」

「なあに?」

「死霊術的に――というほどでもないレベルの話なんだけれど、魂があって、霊体があって、肉体があるなら、起動しないのは『記憶』がないか、魔力がないかなんだ。だから、魔力を流し込めば動く可能性は高い」

「やってみないの?」

「……うーん」



 この時、リッチの頭の中には様々な考えがうずまいていた。


『とりあえず』魔力を流して壊したらどうしよう?

 壊す対策に、もう一台ぐらい同じゴーレムを発掘すべきではないか?

 それとも遺跡に戻って『ゴーレムの取り扱い説明書』みたいなものを捜す?

 しかし、『もう一台のゴーレム』も、『説明書』も存在するとは限らない。

 そういったものが手に入るまで『おあずけ』されているのもきつい話だ。

 いつか我慢できなくなって起動するならば、早い方がいいのではないか?


 リッチの中で探究心がささやく。

『知識は水物。興味がある時に手に入れられないと、いずれ興味をなくしてしまうだろう。興味が高まっている今こそがゴーレム起動を試みるチャンスだ』と。


 一方で理性が言う。

『自分、そんなに強くないよ』。



「よし、起動しよう」



 結論を出すと同時に、ゴーレムへ魔力を注ぎ込む。

 そのへんに転がっている霊体に魔力を流し、触手にするのと同じ感じだ。


 しばらく黒い光がリッチの人差し指からゴーレムへ向けて注ぎこまれ――


 ブゥン……


 妙に耳に響く重苦しい音と同時に、ゴーレムのクリッとした黒い目が光り輝いた。



「かわいくない……」



 ランツァがつぶやく。


 その視線の先で、ゴーレムはガクガクと全身を痙攣させるというかわいくない動作をとり始め、上から糸で吊るされているかのようなかわいくない動きで立ち上がり、平べったく太い髪の毛のようなパーツをかわいくなく揺らし始めた。


 そして、



「――再起動。プログラムを構成しています……………………」

「声もかわいくないわ……」



 平坦で感情のない、女性のような声であった。

 なお、しゃべっている言葉は古代語なので、ランツァに通じているかどうかはわからない。

 ランツァなら古代文字の教養があっても不思議ではないが、日常使う知識ではないので、習得していなくとも不思議ではなかった。


 かわいくない人形は、かわいくない声で続ける。



「起動シークエンス完了。パスワードを入力してください」

「そんなのあるのか」



 リッチは思わずつぶやく。

 パスワード。

 そんなこと言われても、こちらはゴーレム起動知識さえなかった素人だ。


 パスワードという響きから、なんらかの言葉を言えばいいのはわかるが……

 古代人が設定した言葉なんかわかりようもない。


 リッチが考えこんでいると、



「パスワードは安全性のため、七文字以上が望ましいです」

「……ん? ひょっとして、リッチが考えるのか?」

「言語を選択してください」



 現代語でしゃべったせいだろうか? そんなことを言われた。

 さすがに現代語は選択できないだろうと予想したリッチは、古代語で――



「パスワードは『パスワード』だ」

「安全性の低いパスワードです」

「『パスワード』」

「安全性の低いパスワードです。パスワード設定のヒントを表示しますか?」

「人に選択の自由を与えるフリをしておいて、その選択の自由をあとからだんだん削っていくやり方、リッチは大嫌いだよ(現代語)」

「リッチ!? 急にどうしたの!?」



 ランツァがおどろいていた。

 やっぱりいかな彼女とはいえ、古代語まではわからないらしい。



「……なんでもない。ねえ、ランツァ、なんか七文字以上で忘れにくい言葉はない?」

「どうしていきなり?」

「コイツにパスワードを設定しろと求められてるんだけど、『パスワード』をパスワードにしようとしたらパスワードの安全性が低いからダメだみたいなことを、圧力でわからせようとしてくるんだ」

「まず、そのパスワードとかいうのは絶対に必要なの?」

「いること前提みたいに聞いてきたからいるんじゃないかな?」

「必要かどうか質問してみたら?」

「そうだね。――『パスワード』は絶対に設定しないといけないものなの?(古代語)」

「安全性を高めるためパスワードは設定しておくことが望ましいです。この手順をスキップして先に進みますか?(古代語)」

「スキップできるのかよ!(現代語)」

「リッチ、なんだかわからないけれど落ち着いて」

「こいつ、リッチのことおちょくってるよ!」

「落ち着いて。『おちょくる』なんていうセンスなさそうだし、きっと勘違いよ」

「……こいつとはうまくやれそうにない」

「拗ねないで」

「……わかったよ。……手順をスキップする。次は?(古代語)」

「サーヴァントゴーレムの世界へようこそ。このゴーレムはあなたの生活をよりよいものにします。まずはあなたの名前を教えてください(古代語)」

「リッチ(現代語兼古代語)」

「エッチ様ですね(古代語)」

「リッチ!!!」

「ど、どうしたのリッチ!?(ランツァの発言)」

「こいつ、リッチに話させておいて、リッチの話を聞く態度が不真面目だよ!(現代語)」

「拗ねないで。もう少しがんばって。ね?」

「……わかったよ。……リッチだ(古代語)」

「リッチだ様ですか? よろしければ決定を(古代語)」

「リッチ! 決定!」

「リッチ様、ようこそ。続いてネットワーク設定を行ってください。ネットワークに接続することで、ゴーレムは様々な新しい機能を自動で身につけることができます」

「スキップだ」

「続いて同一ネットワーク内にある他のゴーレムとの同期を開始します。この作業には数分かかる場合が――」

「ネットワーク設定をスキップしたのに、なんでネットワーク内にある他のゴーレムとの同期とか言い出すんだ!(現代語)」

「り、リッチ、拗ねないで、拗ねないで。ね?(ランツァ)」

「やっぱりコイツ、リッチのこと嫌いなんじゃないかな」

「そんな感情持ち合わせていなさそうな気もするのだけれど……ほら、古代人の魂と対話するんでしょう? もうちょっとだけがんばってみない?」

「…………対話相手がコイツなら、リッチはもう魂抜いて保存容器としてのみ利用したい」

「拗ねないで……」

「……同期もスキップだ(古代語)」

「同期をスキップすると、これまで他のゴーレムで利用していた機能が十全に使用できない場合があります。よろしいですか?(古代語)」

「よろしいってば」

「スタートアップ作業はこれにて完了です。まずはネットワークに接続してよきゴーレムライフを送りましょう!」

「執拗にネットワークに接続させようとするな!」

「…………」

「ここで無視なのか……(現代語)」



 リッチの中で、目の前のゴーレムが『敵性存在』に分類されつつあった。

 普段、リッチは自分のことを温厚な方――というか他者に対して『怒り』を抱くほど、他者に興味がある方だとは思っていない。


 しかし、このゴーレムの応対は、なぜか妙にイラついた。

 たたき壊してやろうか――そんな気持ちが自分にも湧くことがあったのかと、これはリッチ新発見である。


 ともあれ、設定は終わったらしい。

 リッチは怒りを静めるため何度か深呼吸(全身骨だが呼吸はできなくもない)をして――



「ゴーレム、質問がある(古代語)」

「はい、どうされましたか?(古代語)」

「リッチに君の持っている知識を与えてくれ(古代語)」

「すいません、よくわかりません(古代語)」

「なんでもいいから(古代語)」

「それは面白い質問ですね(古代語)」

「…………」



 リッチはおもむろに拳を振りかぶると、ゴーレムに振り下ろそうとした。



「リッチ!? なにをするの!? 壊しちゃダメ!」



 ランツァが慌ててリッチに抱きついて止める。



「だってあいつ、絶対にリッチのことおちょくってるって!」

「なにがあったかわからないけど、たぶんそんなつもりはないから!」

「だって!」



 怒れるリッチである。

 いかリッチだ。


 このあと、怒リッチと化したリッチをなだめるのにランツァは結構な時間を費やし――



「……リッチにはまだ早かった。しばらく封印しておこう」



 古代技術のゴーレムは、『見てると壊したくなる』という理由でリッチの机の奧にしまわれることになったのだった

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