16話 同じことをしてもスルーされるか注目されるかは人によるという回
『魂の中継地点』作製を弟子に任せられるようになったので、リッチは勇者の体に戻ってきた。
あまり死なせたままでいると、本当に死んでしまうし、定期的に戻らなくてはならないのだ。
まあ、死ななくても、数日間ずっと部屋で寝ていたら社会的に死んでしまう。
勇者はさぼることが許されない職業なのだ……
「……ん?」
リッチが勇者ッチと化した時、まずおどろいたのは、自分がフカフカの場所で寝ていることだった。
普段、リッチに戻る時は、勇者の肉体を床の上に捨てていく。
ベッドは資料置き場と化しているので、寝ることはできないのだ。
だから不思議だったのだけれど――
「ああ、勇者! ようやくお目覚めになったのですね!」
その声で、ベッドのそばに座っている人物に気付く。
聞き覚えのある声だ。
そちらを見れば――紫の髪に紫の法衣(戦闘用)を身にまとった、聖女ロザリーの姿が見えた。
「……ロザリー?」
「はい。あなたが倒れていると聞き、わたくしが看病にあたっていたのです。……不思議なことに治癒術がきかず、ただ祈るしかできなかったのがふがいないところではありますが……」
「なるほど。ところで質問いいかな?」
「なんなりと」
「なんで空気椅子してるの?」
ロザリーはベッドのそばに座っていた。
ただし椅子は空気だった。
「勇者よ……わたくしの拳が、アンデッドどもに効きにくくなった話は、したと思います」
「ああうん。知ってるよ」
「わたくしは深く反省いたしました。『今まで、神の愛にすがりすぎていた』と……」
「どういう意味?」
「ただなんとなく念じていれば、拳がアンデッドを昇天させる――これは少し、無責任でした。不可思議な部分をすべて、神の愛に任せっきりだったのです」
「いや、アンデッドのアホさに任せっきりだっただけだと思うよ」
「なので、わたくしは、さらに信仰を捧げることにしたのです。その結果――再び、アンデッドを一撃で倒す技術を身につけました」
「でも、アンデッドに信仰心はないし、そもそも『蘇った人』じゃないのに、どうやって神様の力で一撃昇天させるの?」
「神の愛が通じなくとも、神の愛で鍛えられたこの肉体は通用します」
「……」
「つまり、『昇天させる拳』などという神に頼り切ったものではなく――『触れたとたんに相手を物理的に消滅させる拳』を開発することに成功したのです」
「……」
「この拳の前では、あらゆる存在が一撃消滅します。アンデッドも、それ以外も、人族でさえも、関係がありません。相手の信仰に頼るのではなく、わたくしの信仰を力に換える……そういう技なのです」
「どうやって消滅させるの?」
「殴る瞬間に、拳を超高速で震動させることにより、相手を微粒子レベルにまで分解するのです」
「物理的に不可能でしょ」
「そう言う者もおりましたが、わたくしはただの一言で黙らせてまいりました」
「どんな言葉で?」
「『物理? それより信仰足りてます?』」
「……」
「どのような栄養素よりも大事なのは信仰であり、どのような鍛錬も信仰なくして筋肉にはなりません」
「…………価値観が違いすぎてよくわからないや」
「しかし、この『一撃消滅超震動信仰拳』は、一発ごとにすさまじいエネルギーを消費するのです。よって、体力強化が課題……そこでわたくしは、目が覚めている時間、椅子を勧められれば空気に座り、横になれと言われれば片腕一本で体を支えつつ横になり、その他様々な『日常のちょっとしたシーン』で体力強化につとめているのです。この空気椅子も、勇者が倒れたと知ってから、目覚める今まで、ずっとしていたのですよ」
数日間なのですがそれは……
勇者ッチはめまいを覚えた。
しかし、同時に、そうやって不可能に挑む姿は、体育会系ながらも、研究者のように厳かで静かな熱量を感じる。
勇者ッチからロザリーに対する好感度はちょっと上がった。
「……まあとにかく、勇者は……ああ、勇者は一度死にかけた影響で記憶が混濁し、キャラクターなど変わっているのだけれど……勇者は、目覚めたよ。看病ありがとう。帰っていいよ。女王ランツァに話があるんだ」
「女王ランツァならおりませんよ」
「知ってるよ。ここは勇者の家じゃないか。女王ランツァはお城にいるでしょ?」
「そうではなく、あの者はもう女王ではありませんよ、という意味です」
別に大したニュースという感じでもなく、ロザリーはさらりと言った。
勇者ッチは動揺する――自分でもおどろくぐらい、狼狽しながら、どうにか呼吸を落ち着け、たずねる
「……なんで?」
「彼女は神に背きましたから。あの者は女王の身でありながら、死霊術を学んでいたことがわかったのです」
「死霊術は別に、禁止された学問じゃないだろう?」
「しかし女王ですから。我らが神を戴く国の王が、我らが神の教えに反するのはよろしくありません」
「……」
「現在は大神殿で宗教裁判がおこなわれているはずです。本来であればわたくしも同席する予定だったのですが、勇者の看病が最優先ということで、ここに。第一……勇者が今まで倒れていたのもランツァのせいなのではありませんか? 彼の者の死霊術が勇者に呪いをかけたのだと、街では評判――」
「死霊術は呪いなんかかけない! それは呪術の領分だ!」
勇者ッチは跳ね起きた。
なにかを考える前に、走り出す。
たぶんこの身は、ランツァのもとに向かっているのだろう――
そう思いながら。
◆
大神殿は、生前からリッチに縁の無かった場所だ。
死霊術という学問を修めるにあたって、神殿の存在は『敵』でしかなかった。
おそらく、実力をもって勇者パーティー入りを果たさなければ、なんらかのテキトーな理由をつけられ、リッチも裁判にかけられ、殺されていたかもしれない。
――そうだ、宗教裁判にかけられることは、それだけで死を意味する。
結論は最初から決まっているのだ。
ランツァは、今、死ぬ。
今。
大神殿の扉を勢いよく開け放てば、中には多数の人が集っていた。
みなどこかで見たような覚えがある者ばかりだ。……リッチには政治がわからないし、興味もない。だけれどきっと、服装や雰囲気から、偉い人たちなんだろうなとは思えた。
綺麗に並んだベンチの向こう。
証人席と、神官席に取り囲まれた真ん中に、ランツァはいた。
ボロをまとわされているが、あの金髪には覚えがある。
彼女は椅子に座らされていた。
背もたれにぐったりと体をあずけ、首を頼りなく曲げている。
死んでいる。
どうやら刑は執行されたあとらしい。
「勇者!? お目覚めになったのですね!?」
「おお、悪しき死霊術士がいなくなったことで、勇者にかけられた呪いが解けたぞ!」
「勇者、ばんざい!」
「やっぱ死霊術はダメだな!」
たくさんの傍聴人と、大臣と、神官のはしゃぐ声が聞こえる。
勇者の肉をまとったリッチは、ランツァの正面に回った。
傷を確認する。
状態を確認する。
手足を拘束する縄を解く。
死体につけられた様々な傷を治療していく。
「ゆ、勇者? なにをされているのですか? その者にあまり触れては、呪いが――」
「蘇れ蘇れ」
神殿の裁判広間の天井に、青白く、半透明なカタマリが出現する。
それはランツァの魂だった。
『……ああ、あなた。迎えに来てくれたのね』
「間に合ったようでよかった。じゃあ、体に戻るといい」
『でも、わたし、もう、生きていく場所がないの』
「だったら、勇者とおいでよ」
『……どこへ?』
「俺と一緒に、魔族の領地へ」
その言葉とともに、あっけにとられ成り行きを見守っていた周囲の者が騒ぎ出す。
周囲の者の中には――どうやら、戦士レイラもいたようだ。
「ちょっと勇者!? なに言ってんの!?」
ちりんちりんと黄金の尻尾の先についた鈴を鳴らしながら、獣人の戦士レイラが近寄ってくる。
リッチはレイラを軽く見つめると、口の中でなにかを唱えた。
「……ゆ、勇者……? なん、で」
レイラが倒れ伏す。
一瞬の静寂。
そして、人々の感情が爆発した。
裁判広間から逃げる人々。
逆上して殴りかかる人々。
会話をするには邪魔な雑音たちだけ、リッチは消していく。
「今は静かにね。大事なところなんだ。あとで蘇らせてあげるよ。君たちの魂も肉体も、死霊術の発展に役立つ貴重な資源だ。無駄にはしたくない。――ランツァ。待たせた。じゃあ行こうか」
『……ねえ、わたし、魔族の領地で生きていけるの? わたし、女王でなくなったら、なにもないのに』
「違う。君には学ぶ意思がある。学ぶ意思さえあるならば、どこでもやっていけるはずだ。それに、言っただろう? 君と同じように死霊術を学んでいる子が、魔族の領地にもいるんだ。仲良くなれるよ。たぶんね」
『……たぶん、なのね』
「リッチには人の気持ちがわからないから断言はできないよ」
『そうだったわね』
「じゃあ、行こうか」
『……ごめんなさい。わたしのせいで、勇者も――その体も、この国にいられなくなってしまう』
「…………そういえばそうだったな。いや、本当にそうだ。勇者の肉には利用価値があったのに、なんだってこんな非合理的なことをしたんだろう」
『……』
「リッチにはわかんないや。人の気持ちも、自分の気持ちも。……でもね」
『?』
「この選択はきっと、君を失うよりは正しいよ。なぜだか俺は、確信してる」
『……今のわたしの気持ち、わかる?』
「ううん」
『すごく、嬉しい』
ランツァの魂が肉体に戻っていく。
それを見届けて、リッチは再び蘇生の呪文を唱えた。
今度は、今の混乱で即死させた者たちを復活させるためだ。
「蘇れ蘇れ。……君たちの命も、リッチにとっては貴重な資源だ。君たちには人生をまだ終わらせない権利がある」
『……』
「ただし、復活は、君たちの神に背く行為だよ」
『…………』
「君たちが振りかざした神と、生存本能と、どっちが正しいか、早めに決めて、勝手に肉体に戻ったらいい。――この生き返りのチャンスさえ手放して殉教するのならば、リッチは君らを気高いと称えよう。だって、それ以外の表現方法がわからないからね。リッチの理解できる範囲から外れすぎてて」
『…………』
「じゃあね」
リッチはランツァの手を握り、裁判広間を去って行く。
あとには青白い魂と、物言わぬ骸が残り――
むくりと起き上がる、誰かがいた。
それは、一人ではなかった。
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