15話 君と命の価値を知るラボ生活
「よし、できた」
魔族の領地にあるラボは相変わらず整然としていて、リッチはこの無機質な空間がやっぱり好きだなあと感じる。
雑音はないし小間使いはいるし、最近は生徒たちもそこそこ死霊術を理解してきているし、居心地がよかった。
リッチになってよかった。
「先生、なにを作っていたの?」
他の獣人少年少女たちも、興味を隠しきれない様子で、リッチの机に注目していた。
みんなの視線の先には、謎のツボが存在する。
「これは『魂の中継地点』だよ。一つだけじゃまだ役に立たないけれど、これをいっぱい作って、大陸中の地面の下に埋めておけば、比較的簡単に長距離憑依術が可能になる……可能性があるんだ。君たちでも、これを伝って移動すれば、魔族領から人族の王都に行けるかもしれない。魂だけね」
「憑依術って目視範囲しかできないんですよね? それが、ここから王都まで行けるようになるんですか? すごい!」
「まだ試作品だし、一個しか作っていないから、あくまでも『理論上』だけどね」
「ただのツボにしか見えないのに」
「外側はただのツボだよ。重要なのは中身なんだ」
「中身はなんなんですか?」
「死体だよ」
「はい?」
「死体だよ。憑依術の中継地点に使うんだから、憑依する対象は、死体に決まっているじゃないか」
「……」
「これのために
「……えっと、殺すための人工精霊を生みだし続けていたんですか?」
「…………? そうだけど、なにか?」
「いえ、その……ちょっとうまく受け入れられなくて。それは普通のこと……なんですよね?」
「深紅、リッチは『普通』という言葉が嫌いだよ。その言葉は『大多数という枠からはみ出したモノ』を否応なく『異常』とカテゴライズしてしまう。大事なのは、自分が少数派だろうと、信念をもって行動できるかだと思うよ」
「は、はい……」
「錬金術分野と死霊術分野の親和性がわかったのは大発見だった。錬金術は『疑似生命を生み出すことに長けた技術』で、死霊術は『あなたの暮らしと命を見つめる技術』だからね」
「……暮らしを見つめる技術だったんですか?」
「暮らしを見つめないと、死んだ時に対応が遅れるだろう?」
「な、なるほど……?」
「いいかい深紅、生きているものにはね、暮らしがあるんだ。そして、生きているものは、いずれ死ぬんだ。つまり、暮らしているものは、いつか死ぬんだよ」
「それはそうでしょうけど……」
「そして死霊術は、死してから一日以上が経った魂を呼び戻すことは、できないんだ。つまり、復活や蘇生、その他魂の利用をするには、利用したい魂の暮らしを見つめて、死んだらサッと対応しないといけない」
「……」
「リッチは昔、これを利用して『あなたが死んだら蘇生します。お望みのかたは死ぬ前に契約を!』っていう商売をしていたことがあるんだ。でもね、みんな気味悪がって契約してくれないし、そのくせいざ大事な人が死んだら『生き返らせてくれ!』って言いにくるんだ。死後二日ぐらい経ってからね。できないってば。あらかじめ契約が必要だから契約をせまっているのにね。つまり、暮らしを見つめないと、対応できない。そういう学問なんだよ、死霊術は」
「べ、勉強になります……」
「君の暮らしも見つめているからね」
「…………」
「死んだら復活させてあげるよ」
「あ、ありがとうございます……?」
「うん。君たちも、リッチが死んだら頼むよ」
チーム研究の利点がこれだ。
誰かが死んでも生き返らせることができる。
……まあ、今はまだ未熟な子が多いので、蘇生は失敗確率三割ぐらいだろう。
失敗確率ゼロになるまでは死ねない――もっとも、リッチはそうそう死なないが。
「よし、じゃあ、みんなもやろうか」
「……なにをです?」
「『魂の中継地点作り』だよ。数が必要だって言っただろう? リッチだけじゃ時間がかかるし、これからのカリキュラムでは錬金術も教えたいから、みんなで実際に作りながら覚えていこうね」
「……ええと、それは……人工精霊を、生んでは殺し、生んでは殺し……ですよね?」
「そうだよ。じゃあこれからリッチが人工精霊の作り方を説明するから、みんなで一つずつ作ってみようね。まずヒトガタ人工精霊を作るにあたって大事なのは――」
「せ、先生!」
「なんだい?」
「……ヒトガタなんですか?」
「それは君たちの憑依先だからね。未熟なうちは、肉体の構造が元の肉体とあまりに違うものには、憑依しにくいんだよ。だからこれから作るホムンクルスも、当然、ヒトガタだよ。……あ、このツボぐらいの容器に入るサイズね」
「……それって、赤ちゃ……」
「人じゃないよ。人工精霊だよ」
「……」
「人殺しはダメだよ。だって、人が出来上がるメカニズムは、人工精霊よりよっぽど複雑で、よっぽど完成確率が低いからね。出産という行為が命懸けであることは、君たちもなんとなく知っているだろう?」
「それは……まあ……」
「いいかい、一般的に……一般的という言葉もリッチは嫌いなのだけれど……『生産の難しいもの』ほど『希少』で『価値が高い』んだよ」
「……」
「人の生産は、難しく、手間がかかる。生産期間は、おおよそ十ヶ月だ」
「…………」
「ところがホムンクルスは、慣れれば数分でできる。錬金術初心者のリッチでも簡単だし、手間もそれほどない。まあ、サイズにもよるけれど、今から使うようなサイズはね」
「……」
「だから、人工精霊と人の価値とは、比べものにならない。そこは、混同しちゃいけないよ」
「で、でも、見た目は似てるんですよね?」
「見た目に惑わされてはいけない。死霊術で見るのは『見た目』より『中身』なんだよ。リッチたちは冷静で客観的な視点から、命と魂を見据え、それを学ばなければならない」
「……あの、先生」
「なにかな?」
「命は、命なんですよね?」
「そうだよ」
「王族だろうが大商人だろうが、わたしたちみたいな前線の村の住人だろうが、命は、命なんですよね?」
「そうだよ。君らは『人命』だよ。人工精霊の命とは違うよ」
「……」
「うーん、リッチは君の聞かんとしていることがわかんないや。……もっとリッチにもわかるぐらい整理できたらまた聞いてね」
「……は、はい……整理……整理できるかな……」
「じゃあ作業を始めようか。合計でざっと千個も『中継地点』を作れば、魂の移動に不都合はなくなるから、がんばろうね。……実用化が確認できたら」
「せっ、千……………………」
「大丈夫、簡単だから」
リッチは優しく述べた。
生徒たちは顔を青くしていた。
なんでだろう?
リッチには人の心がわからぬ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます