17話 たぶん最強最大の敵が誰だったのかようやくわかる回
「勇者、なぜランツァと一緒にいるのですか? 死んだはずの彼女と」
リッチとランツァの逃避行を阻んだその女性は、石畳の敷かれた神殿前広場で待ち受けていた。
紫の髪、紫の瞳。
戦闘用法衣に身を包み、手足には
聖女ロザリー。
「色々あったんだ。勇者は忙しいからまた」
リッチはスルーしようとする。
しかし、ロザリーは道を空ける様子がなかった。
「神に背いたのですね」
「なんでそう思うの?」
「裁判広間でおこなわれたことを、わたくしも見ましたから」
「だったらなんで最初に見てきてないみたいな感じで声をかけたんだ」
「なんでわたくしが怒っているかわかるか、試したのです。……まあ、真相は知っています。あなたを追ってきて、あなたがランツァの魂を呼び戻すところを、目撃してしまったのですよ。勇者。――いえ、元勇者」
「……」
「そして、今、どうにも死んだはずのランツァが、生きている。きっとあなたの呼びかけに応じたということですね。神の意思に背いて」
ロザリーはかまえをとった。
どうやら勇者と敵対することに迷いは一切ないらしい。
普通、付き合いの長い勇者が相手だったら、もっと迷ったり戸惑ったりするものだと思われるのだが……
リッチにはやっぱり、他者の気持ちはよくわからない。
「ロザリー、リッチは君と敵対したくないよ。君は敵に回すには厄介すぎるから」
「この拳は神の拳ですからね。あなたのような魂を冒涜する者にはさぞかしまばゆいでしょう」
「そういう意味じゃないよ」
「では、どのような意味で?」
「だって君――殺したら蘇生に応じなさそうじゃない。リッチは君の肉体と魂にだって価値を認めているのに、残念だなって思うよ」
リッチが口の中で即死呪文を唱える。
それはたしかに、ロザリーの魂にとどいた――はずだった。
「喝ッ!」
しかし、ロザリーは即死が決まったあとで即死を弾いた。
おおよそ魔術的なレジストの仕方ではない。
リッチは首をかしげた。
「……いや、叫んだからどうにかなるような呪文じゃないはずなんだけど。お前のレジストはおかしい。常識外れすぎる」
「常識など、信仰の前にはささいなものです」
「……」
「あなたの邪な波動は、神の愛に守られたわたくしには通じません。――さあ、お覚悟を。大人しくしていれば、苦しませずに消滅させてさしあげます」
「……」
リッチは半歩後退する。
勇者の肉体で、聖女の『ナントカカントカ信仰拳』に耐えきる自信はなかった。
この肉体が滅びたところで、リッチは元の体に戻るだけだが――
取り残されたランツァは殺されてしまうだろう。
しかも――
ちりん、という鈴の音が響く。
「勇者!」
背後からも声。
リッチがそちらを見れば、そこにいたのは黄金の毛並みを持った獣人の少女、レイラだった。
前にロザリー。
後ろにレイラ。
勇者の肉体でランツァを守りながらこの二人を相手取るのは――なかなかめんどうくさい。
リッチがどうしようかなあと思っていると――
レイラは尻尾につけた鈴を鳴らしながらぐんぐん接近してきて――
リッチの真横を通り過ぎ――
――綺麗に跳躍。
そのまま、聖女ロザリーの頭部に跳び蹴りをかました。
「ちょっ、なんでわたくしに蹴りぃぃぃぃぃぃ!?」
ロザリーがおどろきながら吹き飛ぶ。
レイラは着地すると、リッチとランツァを振り返って、
「行くわよ!」
拳を握りしめた。
なんだかよくわからないが味方らしい。
リッチは承諾し、三人で魔族の領地を目指して走り出した。
◆
「ここまでくれば安心ね。いったん休憩しましょ」
レイラの発言にリッチもうなずく。
前線を勇者的顔パスで通り過ぎ(まだ勇者裏切りとかの情報は来ていない様子だ)、三人は魔族の領地へ進んでいた。
ちょうどクレーターだらけの戦場――巨人対レイラの戦いが長く繰り広げられていた場所で、三人は休憩をとることにした。
もっとも、リッチとレイラは休憩が必要なほど疲労していない。
ランツァのための休憩だ。
すでに時刻は夜になっていた。
三人はクレーターの内部で火を焚き、それを囲んでいる。
「リッチ不思議なんだけど、なんでレイラはリッチに味方したの?」
「あんた、私を殺したでしょ」
「殺したけど」
「強いじゃない」
「強いけど」
「それよ」
どれだよ。
行動原理が違いすぎて、リッチにはレイラの言っていることがわからない。
「っていうかあんた、勇者じゃないの?」
「リッチはリッチだよ。勇者の体を使ってるけど、勇者の魂はもうこの世にいないんだよ」
「短くまとめて」
「私はリッチです」
「まあとにかく勇者じゃないのね」
「そうだよ。よくわかったね。ポケットにたまたま入っていた干し肉をあげよう」
「わあい! 干し肉好き! ものを覚えただけで干し肉くれるなんて、リッチいい人ね!」
ノリでやった餌付け行為が効果絶大すぎて若干引く。
「だいたい、復活して思ったんだけど、蘇生禁止とかやっぱダメよね! 蘇生したら死ぬような戦いで死んでも何度だって死ぬような戦いができるわ! 私、戦いたい! 毎日死闘したい! だから蘇生してくれるあんたと一緒に行くわ! だって蘇生って体験してみたらすごく便利なんだもの!」
「そうだね。死霊術は素晴らしいと思わない?」
「思うわ!」
「いい子だ。干し肉をあげよう」
「わぁい干し肉! 干し肉かじりながらひなたぼっこするのすごく好き!」
「夜だけど」
「干し肉しまう!」
しまうと言いながらレイラは干し肉をかじり始めた。
胃の中にしまうようだ。
「……とにかく、魔族領に連絡――魂を移動して、リッチ本来の体でここまで迎えに来ようと思う。レイラ、そのあいだ、ランツァと勇者の肉体の護衛を頼んでいいかな?」
「リッチ……私はね、護衛が苦手なの」
「なんで」
「なんか堅苦しくて……護衛って誰かを守るためにじっとしてなきゃいけないじゃない」
「まあ」
「そういう義務みたいなものを自分に課すのがものすごく苦手なのよね……」
「わかる……」
リッチも『研究のためにあれをせねばならぬ』というのが嫌いだ。
好きなことだけして生きていきたいが、できないので、死ぬことにしたぐらいなのだ。
「でもリッチは護衛してもらいたいしな……そうだ、護衛してくれたらご褒美におやつをあげるよ」
「リッチ、そういうのはよくないわ」
「なんで? 食べ物もらうの好きじゃないの?」
「『義務を果たしたら報酬がある』って、それは普通じゃない」
「……」
「不意にもらえるご飯とか、予想もしてない時に来るご褒美とかが、私は好きなの」
「じゃあリッチはどうしたらいいの?」
「そんなの私に聞かれても困るわ。そこはあなたがうまくやってよ」
「うーん……じゃあ、ランツァに余った干し肉を渡しておくから、ランツァのために行動したらご褒美もらえるかもしれない状態にしておくね」
「ランツァは私より強くないから、いまいちやる気出ないわ。私はなんていうか……自分より序列が下の相手に尽くすことに喜びを感じないのよね……」
「お前面倒くさい」
「しょうがないでしょ!? やる気の問題なんだもの! やる気ってそんな『出そう』と思えば出るようなもんじゃないでしょ!」
「それは、すごく、わかる」
「でしょう!?」
「うーん、じゃあ、じゃあ、こうするよ。君の行動をランツァに見ててもらって、ランツァの報告を聞いて、リッチが君にご褒美を渡す。だから君はランツァに気に入られるようふるまわないといけない。リッチのために」
「短くまとめて」
「リッチのためにランツァ護衛をがんばって。ご褒美あるかもよ」
「がんばるわ!」
「うん」
レイラはうなずく。
彼女とのコミュニケーションを経て、リッチは思った。
やっぱり他者とかかわるのはクソみたいに面倒くさい。
ずっと黙々研究だけやっていたい――と。
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