11話 リッチが勇者になる回

 勇者の死体は玉座の間に置かれていた。


 魔王と二人きりにしてもらったリッチは、棺に納められた勇者を確認する。

 このふわふわした黒髪、実年齢のわりに幼げな顔立ち、死んでるくせにどこかとぼけたような表情……間違いなく勇者だ。


「……」

「どうリッチ? ドラゴン族マジヤバくない?」

「これ、死んでからだいぶ経ってる?」

「勇者倒してからけっこー酒盛りしてたとか言ってたよ。つかさあ、ドラゴンさあ、ほっとくとすぐに酒飲み始めるんだけど。魔王的には勇者が死んだらすぐに連絡ほしかったっつーかあ。勇者の経済効果なめんじゃねーっつーの」



 デコッた鋭い爪を噛みながら、魔王は言う。

 彼女の褐色肌と白い髪を意味もなくながめながら、リッチは考えて――



「……勇者は蘇らせよう」

「はあ? なんで?」

「ただし、体だけ。体だけ蘇らせて、リッチが操って、人族側に返そうと思う」

「……あ、ふーん。なるほどね。リッチってばそういうとこ好きよ。えげつないじゃん」

「たぶん想像してるような理由じゃない」

「そうなの?」

「リッチは『遠隔操作死霊操作術』の実験をしようと思っているんだ」

「操作と操作がダブってない?」

「研究資料にはそういう名前で載ってたんだ。リッチは勇者の肉体を遠隔から操作してみたい。死霊術発展のために。あと、人族側の領地に欲しい死霊術の資料があるから、それを持ってこさせたい」

「人族側に? ……ああ、たしか勇者パーティーにも死霊術士がいたんだっけ? そいつの資料ってこと?」

「そう」

「なる。……そういや敵側の死霊術士最近見ないけど死んだっぽい?」

「さあ」

「なんかそいつも死霊オタっぽかったんだよねえ。魔族側に引き込めたらリッチの研究手伝えたかもなのに」

「そうかもしれない。ところで早速だけど、この死体もらっていっていいかな? 腐敗が進む前に蘇生させたい」

「りょ。んじゃヒラゴーにでも運ばせとくわ」



 リッチは勇者の死体を手に入れた!



「……ん、んー……なるほど。操作よりも憑依のような感じなのか……距離制限を取り払った憑依……改良の余地はありそうだね」



 リッチの精神は勇者の肉体に入っていた。

 ラボ内ではよくリクライニングする椅子の上で、リッチの肉体(肉はない)が横たわっている。


 勇者の肉体に魂を入れている時は、リッチの肉体は意識を失うようだ。

 同時に二つの肉体を操作するのは――もうちょっと研究を進める必要があるだろう。



「とりあえずこれで人族側にも出入りできるようになったな。リッチは……いや、勇者はまた一つ、死霊術を進めました。みんなが死霊となって便利に生きていける世界が近付いています。生徒諸君、拍手をお願いします」



 研究室内にいる獣人たちから、戸惑いがちな拍手が上がった。

 リッチは右手をすっと上げて拍手を止める。



「じゃあ、ちょっと勇者は人族の領地に行くから。そのあいだ、さぼらず欠かさず毎日『魂を見る訓練』をしておくように。……指導員は深紅クリムゾンにまかせるよ」



 リッチ……勇者……勇者ッチの見る先には、赤毛の獣人少女がいた。

 深紅と呼ばれた彼女は戸惑い気味に笑っている。



「あの、先生、わたし、『深紅』っていう名前じゃないんですけど」

「しかし勇者は固有名詞を覚えるのが苦手だ。いいじゃないか。学術的価値はないけど、綺麗な赤毛だと思うよ」

「……本当に中身は先生なのね」

「『死体への憑依』『死体の操作』は死霊術の基礎だよ。みんなもそのうち覚えることができる。でも今は、とにかく魂を見る訓練を積まないと。自分の魂のかたちを覚えず憑依とかしたら、元の肉体に戻れなくなるからね」

「……」

「じゃあ勇者は行くから。あんまり勇者が行方不明状態だと、勇者死亡説が確定してしまう。そうしたら勇者として人族の領地に戻りにくくなるからね」

「は、はい。先生、いってらっしゃい」

「うん」



 かくしてリッチの二重生活が始まる。

 魔王軍の裏ボスかつ、人族の勇者。


 世界の命運を握ったと言っても過言ではない二つの立場を手に入れた彼は――

 残念なことに、世界の命運にはあまり興味がない。

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