12話 ただしイケメンに限る回

「誰か倒れているぞ!」

「勇者!? 勇者!?」

「おお、生きていらしたのですね!?」

「王宮に運べ! 高位神官たちを動員して治療を行うのだ!」



 こうして『勇者の国葬の最中』というギリギリのタイミングではあったが、勇者の体を操るリッチはどうにか人族の王都にたどり着くことができた。


 それにしても自分の時と勇者の時で、国とか人々の対応違いすぎない? とリッチは思った。


 死体発見されてなくても国葬やるのかよ。

 じゃあリッチはなんのために置き去りにされたんだよ。



 しばし所用で肉体の操作権を手放していたら、勇者の肉体はいつの間にか豪華な医務室に運ばれていた。


 部屋の白さは魔王領のあるリッチのラボに通じるところがある。


 しかしラボがどこか無機質で清潔なだけの空間であるのに対し、勇者の肉体が運ばれていた医務室は、おしゃれだ。


 たぶん調度品の配置とかセンスのお陰だと思うのだけれど、リッチにはおしゃれがよくわからぬ。



「勇者! 目覚めたのね!? 人類は心配したわ!」



 主語が非常にデカイ。

 だが、勇者の肉体に憑依中のリッチ――勇者ッチは、発言主を見て納得した。


 勇者ッチの横たわるベッドのすぐ横にいたのは、まだ幼い、金髪碧眼の少女だ。

 気が強そうだがかわいらしい顔立ち。

 純白のドレスに包まれた体は細く、華奢で、手首などは握っただけで折れそうだ。


 そんな彼女は特徴的な二つのアイテムを身につけている。


 杖と、冠。


 豪奢な飾りのついた重そうな杖は、王勺おうしゃくだ。

 そして宝石のちりばめられた、彼女の頭には大きすぎるように見える冠は、王冠だ。


 すなわち、人類女王。

 名前をランツァ。


 魔族のトップが魔王であるように、人族のトップが彼女なのである。


 大陸に存在する唯一の人族国家の専制君主なので、彼女の意思はすなわち人類の意思なのだ――

 というような理由で一人称は『人類』なのだった気がする。


 ……勇者の肉体に入ってからというもの、人物データがすらすら出てくるようになっている気がした。

 勇者ッチは思う――記憶や思考は、肉体の影響を受けるのだろう、と。

 あとで研究ノートにメモしておこう。検証が必要な仮説だ。



「勇者が北東部の戦線でドラゴンにやられたっていう報告を聞いてから、人類はずっと心配していたのよ」



 ベッドに身を乗り出すように、ランツァが近付いてくる。

 勇者ッチは――いや、勇者の体は、自然とランツァの頭をなでていた。



「心配をかけてすまない。大丈夫だ」

「本当に? 神官たちの話では、『死んでいるようだ。なぜ生きているのかわからない』っていうことだったけど」

「勇者だからな」

「そうね! 勇者だものね!」



 たぶん、人族における勇者は、魔族におけるリッチ的立ち位置なのだろう。

 なにが起きたって、みんな『あいつならしょうがない』と思ってくれるのだ。



「だけれど勇者は死にかけた影響で多少記憶に混乱が見られる……キャラなども多少変わっているかもしれない……頭を打ったせいなのだ。許してほしい」

「え、ええ……なんかしゃべり方が明らかに違う気がするけれど、でも生きててくれて嬉しいわ」

「早速だけれど意識を取り戻した勇者には行かねばならないところがある」

「そんな!? あなた、神官たちの判定だと『死んでる』扱いなのよ!?」

「しかし勇者は生きている。生きている以上、勇者は使命を果たさねばならない」

「使命ってなに? それは勇者じゃなきゃできないことなの?」

「亡くなった仲間の家に、資料を取りに行きたいのだ」

「誰の家? 近衛兵に取りに行かせるわ」

「死霊術士の彼なんだが」

「……亡くなったの? 『彼は行方不明だ。でも、どこかで生きている気がする。どこか遠い、知らない場所で……』って言ってなかった?」

「……」



 たぶん国葬とかめんどうだったからそういうことにしたのだろう。

 でも的確だった。死霊術士はリッチ化して魔族の領地で生きており、その魂は今ここにいる。



「とにかく行かねば」

「無理はしないで……資料をとってくるぐらい、あなたじゃなくても大丈夫よ」

「いや、人に触られたくない物が多いので、勇者が直接行かねばならない」

「勇者は触って大丈夫なものなの?」

「勇者だからな。人の家に入ってタンスとかから物をこっそり上納されるのは慣れているんだ」

「人類の勇者はそんなことしない!」

「いや、してたぞ……」



 まあ、王都とかではさすがにやっていなかった。

 やってたのは前線近くの村とかだ。



「……とにかく勇者は一刻も早く資料を取りに行きたい」

「なんでそんなに死霊術士の資料が必要なのよ!?」

「実は相手側にめっちゃ強い死霊術士が出てきたのだ。その対策」



 この言い訳は口から出任せではない。

 あらかじめ考えていたものだ。

 だって『死霊術士の資料を取りに行く』と言えば、絶対に誰かから『なんで?』と聞かれると思ったから、用意していた。


 リッチの存在を秘匿する――そういう計画もあった。

 それはもちろん、なににも邪魔されず、静かにリッチが研究ライフを送るためだ。


 しかし今、勇者として人族側に侵入することに成功している。


 勇者の発言力は高い。

 ほんとなんであいつの意見ばっかり採用されるのかよくわからんぐらい、発言力が高い。

 イケメンだからだろうか?


 だから、そんな勇者なら、『リッチ倒すべし』と人族の総意が定まりかけても、なんとか倒さない方向に誘導できそうな気がする。

 リッチは政治がわからぬので、そのへんは臨機応変にやっていくつもりだ。



「そういう理由で、勇者は素早く資料を持って前線に行かねばいけない」

「せめて治療が終わってからでも……」

「勇者は元気いっぱいなんだ」

「……わかったわ。でも、人類も一緒に行く」

「え、なんで?」

「そんなの、勇者が心配だからに決まってるじゃない!」

「でも君、女王でしょ? 政治は?」

「…………人類はどうせ、お飾りだもの。ね、いいでしょ! 勇者が『連れて行く』って言えば、大臣たちも反対しないわ! 人類と一緒に街を回ったりしましょうよ!」

「やだよ。邪魔だもの」

「うっ……うう……ゆ、勇者が冷たい……人類の勇者が……」



 泣きそう。

 勇者ッチは内心冷ややかだったが、泣きそうな女の子への対応は、勇者の体が教えてくれた。


 そっと女王ランツァの頬に手を触れると、勇者の体は微笑んだ。



「泣かないで、俺のお姫様」

「……」

「…………」



 とっさに出てきた『俺のお姫様』発言が気持ち悪すぎて、勇者ッチは自分で絶句している。

 こんなの人間時代のリッチが言ったら即刻逮捕されかねない。


 しかし勇者はイケメンだった。

 女王ランツァは頬をゆるめる。



「うん。……連れて行ってくれる?」

「しょうがないな」



 引き下がりそうもないので、渋々承諾することにした。

 女王ランツァは笑う。



「じゃあ、人類、支度する! 人類と一緒に街を回ったりしましょうね!」

「……チッ」

「ろ、露骨にイヤそうな顔した……? 今、舌打ちしなかった……?」

「気のせいだよ。勇者はイヤな顔なんかしないよ。勇者だからな」

「ええ! 人類の勇者だものね!」



 かくして女王同伴で死霊術士の家へ行くことが決定してしまった。

 余計なお荷物には間違いないが――


 なぜだろう。

 ウキウキした様子で勇者の病室を出て行くランツァの足取りを見ていると、『こういうのも悪くない』と思えてしまうのは――

 思考が肉体の影響を受けているから、だろうか?

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