10話 リッチだってレイラとか勇者パーティーには死んでほしくないんだよ。情? ううん。利便性の問題。回

 晩鐘が鳴り響く。

 ガオーンガオーンと哀愁たっぷりに残響するその音は、その日の戦争終了の合図だ。



「決着はつかなかったわね。……こんなにドキドキしたの久しぶり。もしかして、私、あんたのこと……」

「半日以上休まず戦ってるから息切れしただけでは?」

「……とにかく、その剣はあずけておくわ! また今度戦いましょう!」



 夕刻になるとなにをおいても戦闘は終了のようだった。

 人族も魔族も夕食を食べるためにそれぞれの領地へ帰っていく。


 目的だった巨人の大剣は取り返したし、これ以上の超過労働をする義務もない。

 リッチも巨人将軍一号の肩に乗ったまま、巨人たちと一緒に魔族の領地へ帰ることとなった。


 その帰り道――

 ピカピカと夕日に輝く岩状の皮膚の巨人――インゲがリッチにたずねてきた。



「リッチ様、なぜレイラを殺さなかったのですか?」

「なぜとは?」

「即死魔術というのを使われるのでしょう? それならあんな脳筋女、一発で殺せたと思うのですが……」

「死霊術をよく知らない人はしばしば『即死魔術』を『どんな相手も一瞬で殺せる超すげー技』みたいに思うようだけれど、それは勘違いなんだとリッチは広く知らしめたい。そもそも『即死』というのは『無理矢理相手の魂を抜き出す』という技で、これは相手の精神力が弱く、また『油断』や『恐怖』などの精神的マイナス修正が――」

「誰にでも通じるわけではないのですね!」

「……なぜみんなリッチの話をさえぎるのだ。……そうだけど。あと、もう一個理由があるよ」

「……聞かなければならない雰囲気ですね」

「イヤなの?」

「…………手短に」

「レイラは生かしておきたかったんだ」

「なぜです? あいつは、人族の英雄です。すなわち我ら魔族の敵。……まさか、情が移っているとでも?」

「いや。あいつの強い肉体も、強い魂も、すごくたくさんの利用価値がある。だけど、殺して手もとに置いておくと魂が冥界に行っちゃうし、殺さず手もとに置いておくと、あんな怪力女を捕まえておける設備ないだろうし、その結果『生かしておく』ことが、肉体と魂の両方を保存するもっとも効率的で安全な手段だと結論づけたんだよ」

「難しいことを色々お考えなのですね」

「さてはお前、リッチの話を聞き流したな?」



 基礎知力の低さをどうにかしろ。



「リッチ様、我らの大剣を取り戻していただき、ありがとうございます」

「……まあいいよ。報酬分の働きはしたでしょ」

「今後とも巨人族をよろしくお願いします」

「やだよ」

「しかし、リッチ様は巨人将軍になるお方ですので」

「は?」



 話の展開が意味不明だった。

 リッチは首をかしげすぎて頸椎から頭蓋骨がとれるかと思った。



「おや、リッチ様、なにか意外なことでも?」

「リッチが巨人将軍になるみたいな話の流れには、リッチもさすがに困惑するよ」

「しかし、その大剣こそが巨人将軍の証なのです。それを持った巨人は、巨人将軍です」

「巨人という単語がいっぱい出てきて発言の意味をとりにくくなりつつある」

「そしてリッチ様は、今、実質巨人です」

「なぜ」

「リッチ様が武器扱いしてるそれが、前巨人将軍なので」

「……いや、これは違くない?」

「でも見た感じだいぶ巨人ですよ」

「まあそれは見た感じは巨人のはずだけど」

「我らは巨人の大剣を持った者を将とする文化があるので、巨人の大剣を持った巨人が将軍であり、巨人の大剣を持った巨人を操るリッチ様が実質将軍なのです」

「……」



 リッチは巨人の大剣を投げ捨てた。

 インゲが捨てられた大剣を慌てて拾った。



「なにをなさいます!?」

「巨人将軍とかやだよ。将軍って常に前線に立つっぽいし、巨人の戦争形態だと常に戦う羽目になるじゃないか。後方指揮とかしないんでしょ」

「指揮などという勇気のない概念、巨人にはありませんね」

「リッチは研究をしたいだけなんだ。戦場に立つだなんてこと、したくない」

「しかし決まりですので」

「だったら君が将軍じゃないか。今、剣を持ってるのは君なんだから」

「…………本当だ!?」

「巨人将軍、就任おめでとう」

「ありがとうございます。将軍になったぞおおおおおおおおお!!」



 インゲの叫びに、周囲の巨人族から拍手が起こった。

 リッチも意味のわからんポストに就かなくてよくなった。

 めでたしめでたしだな。



「リッチはもう当分戦場に立ちません。これからは研究に専念します」



 研究室に帰ったリッチは、生徒となった獣人や小間使いのヒラゴーたちに宣言した。


 よくリクライニングする椅子に腰を落ち着けて、ため息をつく。


 その時だった。

 リッチの研究室の扉が勢いよく開かれ(横にスライドする自動ドアなので勢いよく開く構造になっていない。つまり壊された)、誰かが現れた。



「リッチ様いるカ!?」



 入って来たのは、コウモリのような翼と、太い尻尾を生やした、爬虫類系の人種――

 ドラゴン族の、女性であった。


 肉体は小さく細い。

 しかしか弱そうな印象はまったくなかった。

 たぶん袖がないので腕が丸出しで、深いスリットが入っているので脚も丸見えなローブからのぞく四肢が、健康的に引き締まっているからだろう。



「リッチ様! 魔王様から伝えろ言われたこと、あるヨ!」

「魔王から? なに?」



 居留守を使いたかったが、パトロンからの連絡となれば無視するわけにもいかない。

 研究者にはある程度の社会性も求められるのだ。――悲しいことに、研究だけしていればいいというわけではない。


 リッチはおどおどしながら話に耳をかたむける。

 妙なイントネーションで話すドラゴン族の女性は、言う。



「ドラゴン族、勇者、討ち取った!」

「……」

「死体、いるカ?」

「いる」



 リッチは立ち上がる。



 ――こうして世界の情勢に大きな変化がおとずれる。


 だけれど、世界が『勇者の死』に気付くのは、ずっとずっとあとのこととなる。


 ……そんな世界の命運を未だ知らぬリッチは、嬉しげにつぶやいた。



「死んじゃったなら利用しないと」と。

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