9話 戦場で死んでも戦い続ける回
その戦場にはたくさんのクレーターがあった。
不毛の大地にボコボコ空いたその穴は戦いのあとらしい。
「巨人族の戦争はちょっと特殊でして、基本的に一対一なのです」
巨人将軍代理のインゲは言う。
リッチはインゲの足もとで、ピカピカ輝く岩状の皮膚を持つ彼女を見つめていた。
インゲさんは女性です。
「日が暮れるまで勝ち抜き戦をおこなうのですが、巨人族はいつもあの、憎き『巨人殺しの戦士レイラ』に倒され続けています」
「リッチは不思議なんだけど、なんで一対一でやるの?」
「巨人は集団戦が苦手ですし、人族は巨人の大軍とぶつかりたくないらしく、お互いの要求を煮詰めていった結果醸成されたのが、現在の戦争形態になります」
「そうじゃなくて」
「……?」
「一対一でレイラと戦うでしょう?」
「はい」
「レイラが一対一の相手に気をとられている隙に、他の巨人で奇襲するでしょう?」
「……はい?」
「そしたら簡単に勝てない?」
「巨人はそういう卑怯なことを好まないのです」
「そう。誇りが命より重い資源として扱われているんだね。リッチにはよくわかりません」
リッチには理解できないことが多い。
だから『まあ、価値観が違うのか』とあきらめるのは慣れていた。
「……見てください。向こうに現れた、あの人影を」
インゲが指さす方向を見る。
毒々しい薄紫の雲の下、昼だというのに陽光も差さぬ不毛の大地の向こう側。
そこに、巨大な剣の影が見えた。
遠目に見ているというのに、あまりに大きなその武器を――リッチはもちろん、知っている。
戦士レイラが巨人将軍より奪った、『巨人の大剣』。
巨人は、だいたいの人族の十倍は大きい。
その巨人にとっての『大剣』は、巨人の背より長く、横幅より刃が広い。
柄だけで人の身の丈の軽く倍以上はある。
そんな質量も巨大であろう剣を軽々肩に担ぎつつ現れるのは、小柄な獣人の少女だ。
頭の左右で結わえた金色の髪に、金色の毛がふわふわ生えた猫耳。
胸と尻以外だいたい出ている露出度の高い服装に包まれているのは、平たいが引き締まった体だ。
腰の後ろから生えた尻尾につけた鈴のアクセサリーが、彼女の歩みとともに、ちりん、ちりん、と音を出す。
「鈴の音だ!」
「ああ、聞こえる!」
「ヤツが来た! 戦士レイラ! おぞましき『巨人殺し』が!」
鈴の音を聞いた巨人たちは半狂乱になったように叫んでいた。
リッチの横では、インゲが拳を握りしめ、レイラをにらんでいる。
「戦士レイラ。今日こそ倒す。……あの、リッチ様、こういう時ぐらい叫んでいいですか? 気合いが入らなくて」
「まあ戦場ならいいよ」
「では。……戦士レイラ!!!!!!!!!! 今日こそ倒す!!!!!!!!!!!!!」
気合いの入りすぎた叫び声で、周囲の巨人族が何人か鼓膜を破壊され倒れ伏す。
その声はクレーターだらけの戦場に響き――まだそこそこ距離がある人族の軍にも、充分にとどいたようだ。
「巨人の戦士ども! 今日も私に殺されるために来たみたいね! いいわ! 戦争をしましょう!」
ぶおん、と巨人の大剣を振るいながらレイラは叫んだ。
その剣圧が風となり、まだ距離があるというのにリッチのもとまで届いた。
「さあ! 今日の相手は誰!? お前が来るか、巨人の女戦士インゲ!」
戦場全体を震わすような、レイラの、裂帛の気合いのこもった叫び。
それに応えたのは――
「リッチが出るよ」
あまり気合いの入っていない、リッチの声だった。
◆
戦場にある中でもひときわ巨大なクレーターの中央で、レイラとリッチがにらみ合っている。
方や巨大すぎる剣を片手で軽々持った戦士レイラ。
対するリッチはボロボロの衣装を身にまとっているだけで、武器さえない。
「……なんで巨人の戦場にアンデッドがいるの? アンデッドはもっと南で戦ってるはずでしょ?」
「リッチにも事情があるのだ」
それ言い出したら、そもそもリッチは人族側の勇者パーティーの一員だった。
魔族側で戦っている現状がまずおかしい。
「まあいいわ。この戦士レイラの前に立つからには、相応の覚悟はあるってワケね」
「ないよ。リッチがここにいるのは実験のためだし」
「…………うーん? なにかしら、この、ピントのズレたかみ合わない会話……なにかこう、昔、誰かとしたような……」
「お前たち忘却が早すぎでは?」
「どういう意味?」
「いや。リッチはいいんだけどさ。いいんだけど、なんかちょっとだけ納得いかないだけ」
「ハッキリしないガイコツね! とにかく死ね!」
レイラの持つ『巨人の大剣』が目にも止まらぬ速度で振り下ろされた。
リッチはそれを真正面から受けた。
無傷である。
「は? え? なんで、あたしの剣で粉砕できない……? まさか」
「気付いたか」
「頭に頭蓋骨を仕込んでいる?」
「……リッチは理論上単純物理攻撃は完全無効なのだ。なぜなら存在の位相が違うから」
「はああああ!? ずるくない!?」
「戦争だよ?」
「だからなによ!? ずるいもんはずるいでしょ!?」
「……リッチには理解できないなにかがあるらしい。まあいいや。でも安心してほしい。君の相手はリッチだが、君の相手はリッチではないのだ」
「意味わかんないんだけど!?」
「というわけで――蘇れ蘇れ。
リッチの足もとから、黒く、粘性のあるナニカがわき出てくる。
ナニカは束ねられ、こねられ、次第にカタチを成していった。
そのカタチは――巨人。
とうに死んだはずの、前巨人将軍の死骸が、リッチの魔術により再び命を吹きこまれたのだ。
「アアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「巨人は声が大きいなあ」
蘇った前巨人将軍の肩の上に座り、リッチは耳あたりをふさいだ。
レイラが慌てた様子で叫んでいる。
「なによそれ!? そいつ、前に私が殺したはずなんだけど!?」
「死体があったから蘇らせたんだよ。でも、もう彼の魂は完全に冥界に行ってたのだ。今の死霊術だと死んでから時間が経ちすぎた魂は呼び戻せない。この制約からわかることは、死者が死者の国に行く際には現実的な時間にしておおよそ――」
「話長っ! キモッ!」
「お前とは仲良くできない」
「つまりなんなのよ! 一言で言いなさい!」
「これは前巨人将軍の死体ですが、魂はないです。リッチが魔力で動かしています」
「……ようするに?」
「これはリッチの武器です。強い戦士の武術はそのままに、リッチの意思で動きます。そう、これこそリッチ研究資料にあった死霊術の奥義の一つ、『狂戦士計画』の一つの結実。『巨人将軍一号』」
「……とにかくその巨人を粉砕すればいいのね!」
「まあ粉砕してもリッチには勝てないけど……そうだね。もう動かない状態にできたら、リッチは負けを認めてあげるよ」
「話がようやくわかったわ! 死ね!」
レイラが大剣を振る。
それは巨人を脳天から左右に両断するほどの一撃だった。
巨人将軍一号の肉体はこうして引き裂かれた。
けれど――
「
リッチが唱えると、半分に別れた巨人将軍一号の肉体が、くっつく。
戦士レイラが不満そうに叫んだ。
「なんで巨人に死霊治癒がかかるのよ!?」
「巨人将軍一号は巨人属性とアンデッド属性を併せ持っているのだ」
「なにそれ! 意味わかんない! ずるい!」
「ずるくない。今回は時間がなかったから壊れるたびにリッチの力で直さなきゃいけないけど、きちんと時間をかけたら
「……とにかく壊れるまで壊し続ければどうにかなるわね!」
「理解することを放棄したな? そんなんだから勇者パーティーで一番の馬鹿扱いされるんだ」
「あんた、私のことよく知ってるわね? ファン?」
「リッチと会話しててなにか思い出さないの?」
「…………………………………………とにかく壊せば勝ちね!」
「リッチはやっぱりお前たちのこと好きじゃないよ」
巨大剣を操る巨人殺しと、あの世から(体だけ)蘇りアンデッドと化した巨人将軍。
二者の大地を揺るがし天を震わす戦いが、今、始まった――
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