8話 どうして同じ敵を抱きながら味方同士で足の引っ張り合いをするのか疑問な回
「なんだぁこのチビどもはぁ!? お人形かぁ? 持ち帰って服とか脱がして遊んじまうかぁ? ゲヘヘヘヘヘ!」
リッチは獣人の居住区にいた。
アンデッドの住まう区画の端っこに用意されたそのスペースには、十二のテントが並び、獣人たちがビクビクと魔族たちにおびえながら心穏やかに過ごしている。
たぶん魔王領はいつでも日差しがなく薄暗いし、よくわからない叫び声とか頻繁に聞こえるので、生活環境にまだ慣れていないのだと思われる。
そして、その獣人居住区から、一度耳にしただけで『あ、これは小物だ』とわかるような下卑た声が聞こえてきた。
リッチはテクテク歩いて問題の箇所に向かう。
まあ、向かうまでもなく、問題の原因はわかっていた。
問題の
巨人族。
岩のような皮膚を持つ、巨大なヒトガタ生物だ。
リッチと同じぐらいのサイズ感である獣人を、片手に握って持てるほどでっかい。
そいつらが三人ほど、獣人にからんでいる様子だった。
「ああいうイキリ国民、どこにでもいるもんだなあ」
ああいうの知ってる!
人族の王都で貴族のお坊ちゃんが村人にからんでるアレでしょ!
よく見る!
みたいな懐かしさを覚えつつ、リッチは巨人たちに声をかけた。
「もしもし巨人族ですか? リッチです。お世話になってます」
「なんだこのスケルトンはあ!?」
巨人族はつかんでいた獣人をポトリと落として、からむ対象をリッチに変えたようだ。
落とされた獣人は落下の衝撃でたぶん骨でも折ったのだろう、うめいている。あとで治しておこう(忘れなければ)。
「ひょっとして巨人のみなさんはリッチを知らない? 魔王からの通達とか聞いてない?」
「へっ……たしかに、魔王様からの通達はなにかあった……だがなあ! オレたちは巨人族の中でも札付きの
「まあなんでもいいけど、獣人たちはリッチの管理している動物だから、勝手に触らないでね」
「触るなと言ったかあ!? なら、触る! それこそが悪道! オレたちはやっちゃいけないと言われたことほどやりたくなる性分でね!」
「でもあんまり勝手に触ると殺すけど」
「はっ! そんな小さなナリでなに言ってんだコイツ? やれるもんならやってみろよ」
「わかった」
リッチは死の呪文を唱えた。
巨人三人衆の一人は死んだ。
「あ、アニキィィィィィィ!?」
「え、なんでおどろいているの……? 殺せと言われて、わかったって言ったじゃん。心の準備とか苦手なほう? リッチは理解できない」
「テメェ、アニキになにしやがった!?」
「即死魔術」
「なんだその理不尽な魔術は!?」
「死霊術の基礎だよ。古い物語には『そのモノと向き合ってはならぬ。お前がヤツの目を見ている時、ヤツはお前の命を見ている。お前がヤツの首をつかむとき、ヤツはお前の心臓をつかんでいるのだ』ってある。格好よくない?」
「短くまとめろ!」
「魔族はアホしかいないの?」
「そ、それより、アニキどうすんだよお!? 死んで……さっきまで、あんなに元気に悪道を歩んでたのに……」
「わかったわかった。生き返らせる。蘇れ蘇れ……」
リッチは蘇生の呪文を唱えた。
巨人三人衆の一人は生き返った。
「……ハッ!? なんだ!? 今、一瞬、死んだおじいちゃんが……」
「おかしい……知的生命体相手だと魂と交渉するフェイズが入るはずなのに……巨人は知的生命体ではないのか……?」
「テメェなにしやがった!?」
「リッチは同じこと二回言うの嫌いだから、仲間に聞いてね。まあとにかく死にたくなかったらあんまりリッチを怒らせないほうがいいよ。リッチは基本的に命を資源と考えています。無為な損失は好むところではないのです」
「怒らせるなと言ったな!? ならば、怒らせる。それこそが――」
リッチは即死魔術を唱えた。
巨人三人衆の一人は死んだ。
「アニキィィィィ!」
「全員殺して巨人族の居住区に運ぶのと、話がわかるようになるまで殺し続けるの、どっちが早いかなあ……」
リッチ、げんなり。
騒いでいると、巨人族の居住区の方角から、ズシンズシンと足音を響かせ近付いてくる姿が見えた。
それは三人衆より一回り巨大な、全身をキラキラ輝くなめらかな岩状の皮膚で覆った巨人だ。
「こら! 悪ガキ三人衆! またよその居住区に勝手に入って――し、死んでる……!?」
「リッチが殺した」
自白した。
ひときわ大きな体を持つ巨人は、岩状のまぶたに隠れたクリッとした眼をリッチに向ける。
「あなたは――リッチ様か」
「君は魔王からの通達を聞くタイプの巨人?」
「巨人の多くは魔王様からの通達を聞くタイプです。あなたのことも存じ上げています、が……さすがにこれは、やりすぎではないですか?」
「なにが?」
「たしかにこの三人衆は、我ら巨人族も手を焼くヤンチャ坊主ども。彼らはきっとご迷惑をおかけしたのでしょうが……なにも、殺すことは……」
「でもリッチは死霊魔術の使い手だからなあ。選択肢が『殺す』『治す』『魂を痛めつける』『蘇らせる』『蘇らせて操る』ぐらいしかないんだ。殺すのが一番優しい対応なんだよ。とりあえず蘇らせるから連れて帰ってね」
リッチは蘇生した。
「……ハッ!? 死んだおばあちゃんがオレをぶん殴って――ぐはぁ!?」
蘇った悪ガキを、通達を聞くタイプの巨人がぶん殴った。
悪ガキは物理的に巨人族の居住区方面に吹き飛ばされる。
通達を聞くタイプの巨人はリッチの眼前にひざまずいた。
「……ご迷惑をおかけしました。それと、手心を加えていただき、ありがとうございます。死霊術への理解が乏しい、無知なる身のこと。どうぞお許しください」
「別にいい。死霊術学ぶ?」
「我ら巨人族は相手を殴らない技術はよくわからなくて習得できません。なにかモヤモヤするので」
「そうか」
なかなか死霊術を使えそうな魔族と巡り会わない。
リッチは魔族の中でも突然変異だったのかもしれない。
「……ところで、リッチ様、あなた様の実力を見込んでお願いがあるのです」
「戦場に立つ以外なら」
「どうか我らとともに戦場に立っていただきたい」
「やだよ」
「どうか我らとともに戦場に立っていただきたい!」
「やだよ!」
「どうか我らとともに! 戦場に立っていただきたい!!」
「やーだーよー!」
「どうか!! 我らとともに!! 戦場に!! 立って!! いただきたい!!」
「なぜ声のボリュームを上げるしかしないの? 『説得』とか『交渉』ってわかる?」
「そういうまどろっこしいものでは誠意が伝わりません。巨人族は声の大きさで誠意を示すのです」
「君の声が大きすぎて獣人が死んでるんだが?」
みんな耳から血を噴き出して倒れていた。
巨人三人衆(二人)も倒れていた。
生きている者がリッチと通達を聞くタイプの巨人しかいない。
「あーもう、これ生き返らせるのリッチじゃん! どうして巨人はリッチの仕事を増やすのだ! リッチの巨人に対する好感度はものすごく下がっている!」
「すみません!!!!!!!!!!!!!!」
「うるさい」
「誠意を示すには大声しか」
「今度リッチのいる場所で大声で誠意を示そうとしてみろ。口から死霊をねじ込んで尻の穴から出してまた口に戻して体内を死霊で洗浄してやるからな」
「わかりました……」
「蘇れ蘇れまとめてみんな蘇れ」
『我ら獣人を生き返らせたのは誰だ』
「リッチだよ」
『たびたびすみません』
「いいんだよ」
獣人たちは生き返った。
巨人たちも生き返った。
死者ゼロ運動はこうして成功した。
「じゃあリッチは帰るから」
「リッチ様、お願いがあります。どうか我らとともに戦場に立っていただきたい」
「君、押しが強いって言われない?」
「実は私は、今、巨人族を率いている六魔将軍――の、代理を務めている、『インゲ』という者なのです」
「君、『人の話聞かないね』って言われない?」
「それというのも、すべてはある人族のせい……ある人族が! 我らの将の剣を奪い! そのまま将を殺したのです!」
「警告です。大声をやめなさい」
「すみません、つい興奮を……」
「次に大声を出したら喉に永遠に取れない小骨を刺すからな」
「その、我らの将の剣を奪った人族というのが……」
「何事もなかったかのように続けるのか」
「勇者一行の戦士――『巨人殺し』のレイラなのです」
「だからなに」
「どうかレイラを倒すために、リッチ様のお力を貸していただきたい」
「やだよ」
「……くう。この誠意、大声以外でどう伝えれば……」
「こういう時は協力した場合のメリットを伝えるのがいいと思うよ」
「わかりました。しかし巨人族はそういうやりとりに不慣れ。だいたいの交渉は大声で乗り切る一族……」
「アホなの?」
「欲しいものなどおっしゃっていただければ、なんとかします」
「じゃあ、死んだ将軍の死体をください」
「わかりました」
「いいのか……」
「死体とかあっても困るだけですし。私がほしいのは、あくまでも前将軍の剣なのです。それがあれば、私が正式に『巨人将軍』に就任し、巨人を率いる立場になることができます」
「仇討ちとかではないの?」
「将軍はもういい大人だったので、戦場で敗北した彼の仇なんか知りません。大事なのは、剣です」
巨人は意外とドライだなあと思った。
ともあれ、『強い戦士の死体』は研究に必要だったので、手に入る伝手ができたのはありがたい。
「じゃあ、戦士レイラから剣を取り返しに行くかあ。リッチ、出るよ」
「ありがとうございます」
「報酬は前払いでもらってもいい?」
「あ、はい。死体ですね。どこに運べば?」
「リッチのラボ……うーん、いいや。デカそうだしリッチが死体のとこまで行くよ」
「なにをされるんですか?」
「秘密」
隠す意味は特にないが、理解できるよう話すのが面倒だったので、リッチは秘密にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます