4話 アンデッド特効とかいう理不尽に立ち向かう回
「貴様! ずいぶん綺麗な脊髄してるなあ! 戦場は経験したことないニュービーかあ!?」
数日後。
昼。
リッチは服を脱ぎ捨てパンツと兜だけの格好で荒野に立っている。
骨だからいいけれど、これで肉があったらずいぶん変態チックだ。
「なんだあ、その腰骨は! 欠けもくすみもない! 実践経験が足りないようだなあ! それとも、腰骨を表にさらして出歩くのは恥ずかしくて、スカートでもはいて隠してたのかあ!? んん!?」
あたりにはたくさんのスケルトンがいた。
彼もその列に混じっているが、新入りなのでシゴキを受けているところだ。
ちなみに腰骨を表にさらして出歩いたのは今日が初めてということになるのだろう。
今までは皮膚とかがあった。
「いいか、オレ様の部隊に入ったのが運の尽きよ! オレ様は発生した時から戦場に立ち続けるスケルトン鬼軍曹! 貴様は六魔将軍の一角、我らアンデッド系をすべる『死霊将軍アリス』様から推薦されここに来たが、戦場ではそのような後ろ盾、なんの役にも立たないと思え! ここは実力がすべてだ! わかったか!」
「鬼軍曹、前」
「前がどうした!」
「人類側から、一人来る」
彼の指さす先――人類側から、たった一人で歩み出てくる人物がいた。
荒野を吹き抜ける砂をふくんだ風に遮られ、影しか見えないが――
――砂煙が晴れると、スケルトンたちは愕然として顎関節も外れんばかりに口を開いた。
「げぇっ!? 聖女!」
聖女だった。
薄紫のローブをまとった、紫髪の女性だ。
両腕には聖なる金属で作った聖なるガントレット。
足には聖なる革でつくった聖なる金属入りの聖なる安全ブーツ。
全身を
人類側で多くの者が信仰している『神』より遣わされた使徒にして、勇者パーティーの一人。
得意なのは、回復。
もっと得意なのは、格闘。
一番得意なのは――アンデッドの浄化。
自己ヒールをかけながら聖なる拳でぶん殴る系聖女、その名は、
「ろ、ろ、ろ……」
「ロザリーだ!」
「そう、それ」
「あわわわわわ……どうしよう……」
先ほどまで威厳たっぷりの態度だったスケルトン鬼軍曹が、顎骨をカクカク言わせながら膝を震わせる。
内股になって膝までカクカクしている。
勇者パーティーは全員『○○殺し』というあだ名がついているが、聖女はまさしく『アンデッド殺し』なのである。
相性は最悪だ。
ちなみに勇者は『竜殺し』で戦士は『巨人殺し』、死霊術士は健啖家だったので『備蓄殺し』と呼ばれていたとかなんとか。
「鬼軍曹、よく聞いてほしい」
「なんですか新入りさん? 僕ら悪いスケルトンじゃないですよ?」
「聖女の浄化には対策がある。それさえ知っていれば、アンデッドでも聖女と戦える」
「なんだと!?」
「今から言うことをよく聞いて、覚えてほしい。そうしたら、アンデッドは聖女に触っただけで昇天することはなくなるんだ」
「よし! 全員、聖女が接近前に、新入りの言うことをよく聞いて覚えろ! 多くのスケルトンがイッちまった仇を討つんだ!」
スケルトンたちはその場のノリで生きているのか? と思うぐらい話が早かった。
脳味噌が入っていないので、仕方ない。
彼は素直なスケルトンどもに秘策を授ける。
そして――
◆
『敵はアンデッドっぽいし、一人で行けるだろう』
勇者がそう言ったので、聖女ロザリーは一人で戦場に立っていた。
たしかに魔族側の前線は見渡す限りスケルトンやゴーストのみで構築されていて、これなら楽勝だとロザリー自身も思った。
多少疲れるが――
神に祝福された肉体を持つ彼女は、ほぼ無尽蔵の体力を誇る。
数万、数十万のアンデッドを殴った程度では、せいぜい息切れするぐらいだろう。
「……これだけ近付いているのに、悲鳴がありませんね?」
ロザリーは首をかしげた。
そろそろアンデッドどもにも自分の姿が見えているだろうに、悲鳴がない。
もうロザリーのアンデッドに対する理不尽なまでの特効は有名らしく、たいてい、ロザリーの姿が見えるとアンデッドはおびえ、戸惑い、逃げだし、戦線が崩壊する有様なのだが――
今日のアンデッドは逃げない。
「いいアンデッドですね」
素直な賞賛だった。
ロザリーは殴るのが好きなので、逃げないでくれるのは彼女にとって『いいアンデッド』なのだ。
だって、的が逃げ回るなんて面白くないし。
ロザリーが笑いながら、威圧のためにわざとゆったり歩いて接近してけば――
目の前に立ちふさがるスケルトン部隊がいた。
第一犠牲者だ。
ロザリーは胸の前でガントレットをはめた拳を打ち付けた。
ガイーン、という金属同士を叩きつける音が、乾いた風の吹き荒ぶ荒野にこだまする。
「聖女ロザリー! 仲間の仇!」
スケルトンどもが叫びながらおどりかかってくる。
ロザリーはニヤッと口角を上げて、
「よろしいでしょう。――神罰の時間だオラァ!」
接近してくるアンデッドに、殴りかかる。
まったく足を上げず、滑るように相手に接近。
腰の高い打撃用の構えから見事なフォームで繰り出される拳は、聖なる輝きを放ちながらアンデッドにぶち当たり、吹き飛ばした。
鋭く、重い。
腕が動くたび骨が舞う。
足が動くたび骨が飛ぶ。
素早く突き出される拳は鈍器で、神速で奮われる脚は刃のようだった。
彼女は目につくアンデッドを殴って、蹴って、吹き飛ばして――
ふと、違和感を覚える。
減らない。
その拳は神の一撃。――生命を冒涜する動く死者どもを浄化する。
その脚は断罪の一撃。――死してなお死を認めぬ愚者の未練を断ち切る。
ゆえにアンデッドは触れただけで消し飛ぶ――はずなのに。
殴り、蹴ったアンデッドどもが、むくりと起き上がって戦線に復帰しているのだ。
「……まあ、殴るのは楽しいし、いいんですが」
「脳筋め」
スケルトンの一体が、そんなことをつぶやいた。
変わったスケルトンだった。
まず、骨が綺麗だ。
真っ白でぴかぴかしている。
それから、背骨が長い。
つまり胴が長くて短足だ。
「自分の常識で考えれば不自然な現象が目の前で起こっているのに、その理由を気にしないなんて! お前には研究心がないのか!?」
「その面倒くさい発言、どこかで言われたことがあるような……」
「お前が理論を気にしないなら、スケルトンが理論を説明してやる」
「いりませんが」
「聞け。説明したい」
「……まあ、どうぞ、ご勝手に」
聖女ロザリーはとりあえず構えを解いた。
スケルトンに偽装しているリッチは満足げにうなずく。
「そもそも、聖なる拳でアンデッドが一撃昇天するのはなぜか?」
「あーダメダメダメダメ!」
「……どうした?」
「その切り出し方がもうダメです! その切り出し方、絶対話が長いもの! 知ってる! どこかで、そうやって切り出して、延々よくわからないウンチクを垂れられた経験が、あったような気がする!」
「……」
「説明は手短でわかりやすく。さもなければ――殴りますよ」
「お前とは共存できないようだ」
理系と体育会系の溝がここには存在した。
深く、長い溝だ。……きっと永遠に埋まることはないのだろう。
「……仕方ない。手短に言うぞ」
「手短に言うなら、『手短に言うぞ』っていう前置きはいりませんから! 結論を! 早く!」
「……アンデッドが聖なる拳で昇天するのは、『ただの思いこみ』が原因だ」
「……いやいや。神のご加護でしょう? 神のご加護によって、自身が死してなお生にしがみついている冒涜的な存在であると自覚させられた歩ける死者どもは、己の存在を恥じてあるべきところに魂を還すのでは?」
「まずそこが間違いで、スケルトンはスケルトンとして生まれるし、ゴーストはゴーストとして生まれる。ゾンビも最初からゾンビだ」
「……」
「別に、元は人だったとかいうことはない。だから、『死してなお』というのは間違いだ。彼らはこれが正常で、生まれた時から骨一貫だ」
「じゃあ本当に思いこみで昇天していた……? え、アホなのでは?」
「そうだ」
アンデッドは、アホ。
それは揺るぎない世界の真理。
スケルトンは頭空っぽで、ゴーストは頭すけすけで、ゾンビは頭が腐っている。
すなわち――アホ。
「そもそもアンデッドの発生は夜神の眷族としてが最初だ。昼神が『人間』を生みだし、それに対抗するため夜神が似姿のモノとして生み出したのがゾンビだ。しかしゾンビは己の意思を持たないため『失敗作』として次に夜神が『人間の体』を模して生み出したのがスケルトンであり、魂を模して生み出したのがゴーストとされている。昼神の産んだ人間が『寿命、ケガ、病気』という苦を抱えたのを見てそれら苦から解放した存在としてデザインされたがゆえに『苦しみでは死なない』とされたのでアンデッドという名前で呼ばれているが――」
「ああああああああああ! めんどくさい! 浄化できないなら、殴って殴って殴りまくって粉々にすればいいだけの話でしょう!?」
「……唯一アンデッドを『殺す』方法はそうだが、それもできない」
「なぜ!?」
「――俺がいるから」
薄雲がありながらもどうにか地上に落されていた光が、急速に陰る。
あたりは闇に包まれ始めていた。
雲が厚くなったのか?
それとも、戦っているうちに昼が夜になった?
どちらも、違う。
それはあふれ出す闇の力が原因だ。
彼の足もとからわき出てくる粘性のある雲のような黒いモノが、そこらで砕かれ、転がっているアンデッドたちを包みこむ。
すると、アンデッドたちの脊髄が、腰骨が、上腕骨が、大腿骨が、頸椎が――再生していく。
「……まさか
「心当たりはないか?」
「……ないですけど……」
「そうか。……記憶力にまで欠陥があるらしい脳筋聖女を倒すぞ!」
「えっ!? 知り合い!? ひょっとしてわたくしたち、知り合いなんですか!?」
スケルトンたちが聖女に躍りかかる。
聖女は拳や脚で対応するが、砕かれた骨たちは死霊治癒によりすぐに修復され、何度も何度も襲いかかる。
そうしているうちに、後ろから他の部隊が来て――
人類側の部隊も進んできて、互いの前線がぶつかった。
この日、人類は思い出すことになる。
アンデッドの厄介さを。
そして――はるか昔に確立され、今まで大して研究もされてこなかった、死霊術のすさまじさを。
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