5話 勝利して蹂躙したのちに残るものの回

「撤退! 撤退ィィィ!」



 聖女の叫びを受けて、人類側の部隊が引いていく。

 今回の戦いは、魔王軍の勝利に終わった。



「新入りさん、やりますねえ!」



 スケルトン鬼軍曹は本当に実力主義らしく、成果を出したので、コロッと態度が変わった。

 鬼軍曹だけではない。彼は周囲を多くのスケルトンに囲まれ、戦闘勝利の功労者として賞賛を受けている。


 大人気ですごい。

 彼を称えるためにスケルトンが密集しすぎて肋骨同士が引っかかったりしてるぐらいだ。



「さあ、戦いは勝利した! これから蹂躙の時間だ!」



 蹂躙した。

 獣人族の住まう村は燃え、死体が積み上がる。



「……間に合わなかった」



 スケルトン偽装中のリッチ、言わばスケリッチは愕然とした顔で膝骨を地につけた。

 そうだ、魔族が人族に勝利して、人族の村に来たら――そりゃあ、蹂躙するだろう。



「貴様ら! なにをしている!」



 ゴーストたちの群れの中から、青肌半透明豊満美女のアリスが出てくる。

 楽しげに村を燃やしたり獣人を殺したりしていたアンデッドたちが、急に姿勢を正して整列した。


 アリスは怒ったような激しい声で言う。



「貴様ら! なぜ獣人たちを殺し、村を焼いた!?」


「えっ……」

「だって、いつもやってるし……」

「人族ですよ?」

「勝利と蹂躙はセットでは?」


「……まあそうなのだが」



 はい。

 アリスは気まずそうにスケリッチを見た。


 今回、前線を上げた目的は獣人の毛の安定供給である。

 毛のためには生きた獣人が必要なのに、生きた獣人が一人もいない。


 だが、スケリッチは最強の死霊術士だ。



「死んだなら蘇らせればいいか」



 切り替えは早い。

 そうだ、喪われた命なら、再び戻せばいいだけの話だ。

 それは不可能ではない。そう、死霊術ならね。



「……蘇らせる? 人族の蘇生など可能なのですか?」



 アリスが問いかける。

 スケリッチはカクリとうなずいた。



「蘇生自体はできる。ただ、宗教上の理由で呼びかけに応える魂が少ないだけだ。人の信仰だと、『命は一人に一つしかない大事なもの。何度もは死ねない』ということになっているから」

「復活して間もないのに、人の宗教にお詳しいですね」

「リッ……スケルトンだからな」



 二人の会話中、周囲のアンデッドたちは完全に動きを停止してアリスとスケリッチの会話を見守っている。

 アンデッドはアホなので、難しそうな話が始まったから、話を振られないように存在感を消しているのだ。



 かくしてスケリッチによる禁忌の秘術が開始された。

 蘇生を試みられるのは三十名の獣人たちだ。



 彼らの周囲にはスケルトンたちが身を削りだして捻出した粉による魔法陣が描かれ、その周囲ではゴーストたちが定められた動作で踊りを開始する。

 アンデッドは己の頭でなにかを考える力は乏しいが、命令されたことなら確実にこなすのだ。


 踊るゴースト、身を削るスケルトン、蚊帳の外ゾンビの中央で、スケリッチがまがまがしく呪文を唱えていく。

 それは古代言語による詠唱だ。

 スケリッチの声が素で怨念めいてくぐもり、滑舌が悪いせいでなにを言っているかは判然としないが、おぞましい雰囲気だけは高まっている。


 しばしして、スケリッチを中心に黒い粒子を伴う風が吹き始め――


 不意に。

 空に、青く半透明で巨大な――否、スケール感さえあいまいな、ナニカが現れた。



『死者を呼び戻すのは誰だ』



 それは男性の声であり、女性の声だった。

 老人の声でもあり、子供の声でもあった。


 幾重にも幾重にも重なったその声の正体は――

 無念にも殺害された獣人たちの意識の、集合体。



「このスケルトンがお前たちを呼び戻した」

『アンデッド……おぞましき化け物……我らを殺した憎き敵……!』

「殺したのは悪かった。だから責任をとって復活させようと思う」



 彼はこういう時、口から出任せがスラスラ出る方だった。

 なので口先だけで会話をしていく。



「獣人たちよ、殺してしまった償いに、三食昼寝付きの快適な生活を提供しよう。だから蘇れ」

『騙されるものか! 我らはアンデッドになどならぬ……一度死んだ者が復活するなど、神への冒涜だ!』

「人は死んでもアンデッドにならない。アンデッドになりたいならそれなりの手順を踏まないと」

『面倒くさいアンデッドめ……! とにかく我らは神のみもと・・・に発ち、貴様らの破滅を祈り続けるのだ……!』

「祈りになにか意味があったか?」

『……なんだと?』

「お前たちは敬虔なのかもしれないが、その信仰がお前たちを救ってくれたのか? 祈っても死んだだろうに」

『貴様らがそれを言うか!』

「祈りはお前たちを救わない」

『では、なにが人を救う?』

「人を救うものがなにかは知らない。でも、お前たちを救うのは、このスケルトンだ」

『……』

「救いとはなんだ? 『健康で幸福な満たされた生活を送れること』ではないのか? 神がそれを提供してくれたのか? こんな前線近くの村で! 戦火に巻きこまれ死んだお前たちを! 神が救ってくれたのか!?」

『それは、我らの祈りが足りなかっただけのこと』

「救う相手を祈りの多寡で選ぶ神なんか捨ててしまえ」

『……』

「このスケルトンならお前たちを完璧に救うぞ。お前たちは祈る必要なんかない。ただ生きてるだけで三食昼寝付き、清潔な環境で寝起きして、適度な娯楽と運動でストレスを発散する。もちろんたまに毛をもらったりあとはまあそのなんだ(投薬実験とか)協力をしてもらうが、簡単で誰にでもできて痛みも苦しみもないことだ!」



()内は小声とする。



「だから獣人たちよ、蘇るのだ! そして健康な毛を俺に提供しろ!」

『そんなことをして貴様になんの得がある? そんな優遇などして、なんの』

「お前たちは実験動物だ。実験以外の負荷を与えると実験結果がぶれる・・・だろう」

『……』

「さあ、蘇れ。神が祈りの足りないお前たちの生存を望まなくとも、この俺がお前たちの生存を望む。蘇れ蘇れ。早く蘇れ。この対話中も俺の魔力はガンガン減り続けているのだ。早めに決定した方がいいと思います」

『しかし……』

「カウントダウン! 十、九、八、七……」

『待って待って』

「六、五、四、三、二……」

『蘇る!』

「――魂よ! あるべき肉体へ還れ!」



 青白い巨大なカタマリは、ばらけて、寝そべった獣人たちの肉体へと還っていく。

 むくりと起き上がる獣人たち。傷の治療はスケリッチからの粋なサービスだ。



「ふう」

「お疲れ様です。リッ……スケ様」



 アリスが労うように言う。

 スケリッチはうなずいた。



「彼らをリッ……スケのラボに連れて行ってほしい。丁重に。ストレスで毛とか抜けないように」

「わかりました。――アンデッドたちよ! 彼らを丁重に連れ出すのだ! 魔王領に帰るぞ! 凱旋だ!」



 アンデッドたちから歓声が上がる。

 その中で、スケリッチはつぶやいた。



「これで獣人の毛の安定供給がかなう」



 彼は満足そうに毛の源たちを見つめた。


 ――陰りつつある陽光が、赤く赤く大地を照らしていく。

 その光を受けてきらめくキューティクルの輝きこそ、勝利の栄光だった。

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