3話 研究者は研究室にこもっているだけが仕事じゃないという回
「……はあ、獣人の毛、ですか?」
「そう。できれば黒いの」
リッチは透けてる系青肌豊満美女を研究室に呼びつけていた。
仕事も大変だろうに対応してくれた相手の名前ぐらいリッチも覚えたいのだが、リッチは他者の名前を覚えるのが苦手だ。
落ち着いて思い返してみれば、勇者パーティーだったころ何度か戦っている気もするのだけれど、名前がうまく思い出せない。
「しかし、獣人は人族側の人種です。魔王様の統べられているこの地にはおりませぬ。第一、毛など、いったいなにに……」
「触媒」
「……魔術の、ですか?」
「そう」
「それは獣人の毛でないといけないものなのでしょうか?」
「いけない。大陸に住む者ががなぜ『人』と『魔』に別れているかといえばそれはかつてこの土地を半分に分けて統治していた『昼神』と『夜神』の眷族だったという伝説が残っている。その差異になんの価値があるか魔術的に語れば『生命系統樹が違う』ということだ。これは触媒として非常に重要視すべき差異であり、昼神側の生命系統樹に属する人族は陽の気が、夜神側である魔族は陰の気が高い。これは系統樹であるからさらに細分化していて、光属性を根幹として火属性が強い生命と言われているのが獣人に該当する。これら属性のバランスは『世の理をさかしまにする』死霊術においては特に慎重に考慮されるべきものであって、すなわち獣人――」
「あ、はい。わかりました。わかりました! 獣人でないといけないのですね! 理解しました!」
「『理解』? 理解というなら色彩と属性力バランスの関係性について――」
「察した! 察しました! 理解はできていません! ごめんなさい!」
すごい早口だった。
青肌さんはたじたじになっている。
「ようするに、獣人の黒い毛を持ってくればよろしいのですね?」
「できたら獣人そのものが欲しい。毛は使ったらなくなるけど、獣人がいればまた生えてくるから」
「はあ、まあ、何匹かさらってくることは可能でしょうが……決死の覚悟が必要ですね」
「どうして?」
「獣人どもが棲息している土地に行くには、南の前線を押し上げなければならないのです。さらうということは、人族の構築している前線に忍び込んでということになりますが……やすやす侵入させてくれるほど甘くはございますまい」
「南――南は、そうか。勇者パーティーの……戦士の……れ、れ、れ、れ……」
「戦士レイラですか?」
「そう。戦士レイラの故郷あたりだったっけ」
元勇者パーティーの死霊術士だが、仲間の名前をうまく思い出せない。
これはさすがにリッチ化した影響で記憶に混濁があるのだと思う。
ほら、一回死ぬから。脳への酸素供給止まるから。
さすがに。
まさか素で覚えてないとかないでしょ。さすがに。
「まあ南側ではありますが……前線よりはだいぶ遠いですよ。それよりリッチ様、よく勇者パーティーの戦士の名をご存じでしたね? 頭文字だけですが……」
「リッチだからな」
「なるほど」
「え?」
「……え?」
「いや」
リッチもまさか『リッチだからな』で押し切れるとは思っていなかった。
リッチはすごい。
「あ、そうだ、リッチは知識はあるが、生き物の名前を覚えるのが苦手なのだ。生き物の名前というのは生物名じゃなく、固有名詞のほう」
「なるほど」
「だから申し訳ないんだけど、リッチに君の名を教えてくれるか」
「……お忘れになってしまったのですか?」
「リッチだからな」
「そういえば、そういうお方でしたね」
「そういうお方だったのか……」
「研究一筋で、他には興味もないような、そんなお方でした。しかしお優しかった。ヒラゴー時代には、ずいぶんお世話になったものです」
「リッチはこれからもヒラゴーに優しいリッチを心がける」
「ご立派です。ええと、では、私の名前ですね。私は……アリスです」
あんまり『アリス』って感じじゃない。
もっと『ヴァネッサ』とか『クラリス』とかそういう感じだ。
この感覚はリッチ特有のものなので、他者に言ってもきょとんとされるだけだろうが。
「ヴァネッサ……」
「え?」
「……アリス。アリス。そうだな、アリスだ。うん、覚えた」
「覚えていただき、光栄です」
「それで話は戻るんだけど、獣人の毛がほしい」
「私が決死の覚悟でさらってまいります」
「いや、いい。アリスがいなくなると不便だし、前線上げよう」
「どのように?」
「リッチが出る。死霊魔術は本来、人族に敵に回ってもらったほうが強いし」
戦いに駆り出されるのはごめんだが――
研究のため、自ら戦いに赴くのはかまわない。
むしろ前線を一箇所上げるだけで獣人の安定供給がかなうなら、ガンガン戦場に立っていきたい。
研究というのは多くの失敗を伴うものなのだ。使える資源は多ければ多いほうがいいに決まっている。
「……あの、しばらく復活を隠されるのでは?」
「だから、リッチじゃないふりして出る。そうだな……服を脱いで兜とパンツだけになれば、スケルトンっていうことでいけないか? どちらも骨だし」
「うーん……」
アリスは長くうめいた。
頭の中でパンツ一丁のリッチを想像してるのかもしれない。
「まあ、スケルトン内では、ちょっと変わったスケルトン扱いされるかもしれませんが、いけないことはないかなと」
「じゃあその方向で」
「私はアンデッド系の兵を統べておりますから、部隊にねじこむのはさほど苦労はありませんが……しかし、リッチ様を前線に立たせて、おケガなどされては……」
「リッチは理論上物理攻撃無効で、魔法に強い耐性がある。だから心配ない」
「『理論上』ですか? 理論だけで実践を伴わないことは信用が……」
「だから実践もかねて実戦に配備してもらおうかなと。リッチはリッチとしてなにができるかまだ試してないから」
「しかし……」
「アリス、理論の構築は終わってるんだ。実践をさせてくれ。実践できない理論なんか机上の空論でしかない」
「もし理論通りにいかなかったら?」
「要素を見直して再び実践する」
「その前に死んだら?」
「死ぬのが恐くてアンデッドができるか!」
「……おっしゃる通りです」
「リッチは行くぞ。前線を上げて獣人の村を領地におさめて、そして獣人をたくさんもらってくるんだ!」
「ええ! 私も誠心誠意ご協力いたします!」
「人類を倒すぞ!」
「はい!」
これは完全に身も心もアンデッド。
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