第87話 カレーの試食会

 風に揺れる庭の木々を眺めながら、セリカは長い回廊を通って厨房へ向かっていた。


扉を開けると、いつもの三人のメンバー、料理長のディクソン、副料理長のルーカス、若手の主任であるニックの他に、もう一人若い男の子がいた。


「久しぶり~。皆、元気そうね。今日は新しい子がいるのね。」


「お帰りなさい、セリカ様。レストランを立ち上げることも考えまして、このエディを試食会のメンバーに加えたいと思います。」


ディクソンに紹介されて、赤毛の男の子がお辞儀をした。

くるりと丸い茶色の目が、リスみたいで可愛らしい。


「よろしくね、エディ。ディクソン、ザクトの街から食器は届いてるかしら?」


「はい。届いてますが…質の悪いものも混じってまして、どうしたものかと思っていたんです。」


ディクソンは困り顔だが、セリカには思いあたるものがあった。


「多分それは庶民の飯屋向けの、頑丈さと安さを売りにしたものじゃないかしら?」



見せてもらうと、やはりセリカが注文したものだった。


「これはね、庶民の飯屋仕様のお皿なのよ。私が考えているレストランは、庶民向けの料理、貴族向けの料理、珍しい外国料理っていう風に、いろんな味が楽しめるものにする予定なの。」


「はぁ…ですがセリカ様、平民と貴族が一緒に食事をするでしょうか?」


「それはねぇ、個室をいくつか設けて貴族が使えるような予約席を作ろうかなと思ってるの。団体客向けの広間もね。」


大勢のお客様に来てもらいたいので、ターゲットとしては平民を中心に考えている。



貴族向けの料理にはどんな食器が使いやすいか皆に相談して、注文するお皿を選んでもらった。


「ニックにレストランの方の責任者になってもらおうと思ってたんだけど、どうかな?」


「いや、私が出向しますよ!」


なんと手を挙げたのは、料理長のディクソンだった。


…ディクソン。

血の気が多いと思ってたけど、自分がやる気だったのかー。



「うーん、ありがたいけど、こればかりはバトラーにも相談してみないとね~。この問題は、ちょっと棚上げね。」


料理長を引き抜いたりしたら、執事に怒られそう。


― ディクソンは、新しいことが好きそうねー。


やっぱり料理長になるだけあって、意欲は人一倍ね。




◇◇◇




 セリカが持ち帰った食材や調味料で、今日はカレーライスを作ってみることにした。


最初に、シーカのカレー専門店で教えてもらったルーの配合の中で、一番日本の味に近いブラウンルーにターメリックなどを加えていき、小麦粉と油を練ったものでとろみをつけてみる。

甘みを蜂蜜で加えるとそれらしい味になってきた。


肉は牛肉を使って、玉ねぎ、にんじん、ジャガイモと一緒に、一番ベーシックなカレーを作ることにした。


ご飯は、セリカが奏子に教えてもらいながら、自分で洗って炊いてみた。


お皿に炊き上がった白米を盛って、カレーをかけ、エシャロットのピクルスを添える。


試食会をしてみると、なかなか評判がいい。



「これは…食べたことのない味だな。辛いけど、クセになりそうだ。」


「季節の野菜で作れるの。ルーの中に野菜を入れずに、薄くカットしたものを焼いて上にのせてもおしゃれだし、これから秋になるとキノコのカレーもいいわね。それからルーを薄く伸ばして、癖のある肉のスープに使えるし、反対にねっとりとさせて、パンダネに入れて揚げパンにしてもいいし、ピザのソースとしても使えると思う。」


セリカの説明に、四人の料理人が顔をほころばせた。


「それは…使える素材ですね。」


「このルーの配合も完成形じゃないわ。使う素材に合わせて、香辛料の配合を変えてもいいかもね。」



「このピクルスはもっと甘みがあった方が合いそうですね。」


エディがボソッと言った言葉にセリカが手を叩いた。


「そうよ、よくわかったわね! シーカの街から後で送られてくる荷物の中に、カレーに合う漬物もあるの。」


「セリカ様は新婚の観光旅行に行かれたと思ってましたが、仕事をしてきたようなもんですな。」


ルーカスにそんなことを言われて、笑われてしまった。



え? 新婚旅行だったよねー。


― うーん、まあね。




 その日の夕食は、カツカレーだった。


さすがうちの料理人だ。

昼に食べたものより、味に深みが出ている。


ブイヨンを入れたのかなぁ。


― それにカツカレーにするなんて、思い付きが日本っぽい

  よ。


前にカツドンの話をしたのを覚えてたのかも。



「これはセリカが、ダイアナ・ブラマーとの会合から帰って来た時の匂いに似てるな。」


さすがダニエル、よくわかってるね。


「そうよ、これが日本のカレーなの。食べてみて!」



ダニエルはトンカツをまず口に入れた。


「香辛料が聞いてるソースだ。フーム、これは揚げた豚肉に合うな。…ん? このピラフは嫌に柔らかいな。前に食べたカツドンとは違う。」


「それがご飯よ。ピラフとはお米の種類も作り方も違うの。ピラフは油で炒めるから、食感が違うでしょ。」


「美味い。…しかしピラフの上にこのカツドンカレーをのせても美味いと思うぞ。」


「そうか。サフランライスにカレーをのせる料理もあるものね。それも考えてみよう。」



ダニエルのアイデアも聞きながら、二人で食べる試食会の夜のお試し料理。


これからは、こういう日も多くなるかもしれない。


レストランの場所も決めないといけないし、メニューも考えなきゃなぁと楽しく思いを巡らすセリカだった。

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