第三章 飯屋
第86話 懸念
魔法量検査室の、薄暗くてどこか肌寒いところは変わってなかった。
しかし機械は魔法科学研究所からの寄贈で新しくなっていたし、セリカがいる場所も地下の検査室ではなく、左側のドアを開けて入った中のオペレーションルームのようなところだった。
先程、シータが検査をするウィルとケリーの付き添いをして右側のドアから下に降りて行った。
今日はセリカの苦手なお喋りクルトンは、お休みだったらしい。
どこにも姿が見えなかった。
下の部屋に案内して行ったのは朗らかな女性の係の人だったので、ケリーも緊張がほぐれているかもしれない。
この部屋にある機械を動かしながら、ロケットと名乗った検査技師が下にいる係の女の人と管を通して話をしている。
「チェック、オッケー。ウィルが先に入ります。」
「了解。モニターチェック、良好。始めて下さい。」
ウィーンという機械の音が近づいてきて、一瞬止まったかと思うと、グーンという音と共に下がっていく。
すると目の前のいくつものモニターの針が大きく振れるのがわかった。
「おおーーーーーっ!!」
室内に驚きの声がこだまする。
「どうしたの?」
セリカにはどういうことなのかさっぱりわからない。
「ウィルの魔法量が上級クラスだったんだよ。」
「へぇー。珍しいの?」
セリカのその質問には、ダニエルではなくロケット検査技師が答えてくれた。
「侯爵夫人、伯爵レベルはありますよ! 平民とは思えないっ。どこで探してこられたんですか?」
セリカとダニエルはお互いをチラリと見た。
「田舎町でね…たまたま出会ったんだ。さっきピザを食べたのが良かったんじゃないか?」
ダニエルはそんな冗談を言って笑ったが、その話を聞いたロケット検査技師は本気にしたらしい。
それから魔法量検査の前にはピザを食べるといいらしい、というジンクスが流行ることになる。
ケリーの魔法量は、中級の上クラスだった。
「これは…おかしな結果だな、タンジェント。」
「はい。詳しく調べさせてみます。」
そんなダニエルとタンジェントの会話で、セリカが二人の容姿から考えていた懸念が再び頭をかすめた。
…やっぱり何か訳ありな感じがするわね。
◇◇◇
レイトの街からランデスの屋敷に向かう道筋では、ウィルもケリーもはしゃいでいた。
ウィルもダニエルが怖くないということが、わかったということもあるのだろうが、魔法量検査が無事に終わってホッとしたのだろう。
コールに何度も絡んで叱られていたが、ランデスの街に着くころには、二人ともはしゃぎ疲れて眠っていた。
「こうして寝てるところを見れば、まだ子どもなのよね~。」
「顔立ちは綺麗だな。私はオディエ国の貴族が父親なのではないかと思ってるんだが…。」
「私もそれは思った! ケリーの顔に気品があるのよね。」
ダニエルとセリカはそんなことを話していたが、コールは猛反対した。
「お二人とも何を仰ってるんですかっ。こんな言葉の悪い貴族がどこにいます? ったく、しつけも何もあったもんじゃない。平民でもこんなにガラの悪い奴はいませんよ。」
確かに。
でも母親に力がなくて、村人に
ケリーの男言葉や、言われる前に喧嘩を吹っ掛ける姿勢は、母親と弟を守ろうとしてきて習慣になったもののように思える。
丘の上にラザフォード侯爵邸のお城が見えて来た時には、帰って来たんだと嬉しくなった。
何か月か前には、あまりの大きさに恐れおののいた屋敷だったが、今ではセリカの家になっていた。
魔導車は丘を登る坂道も軽々と駆け抜けて行く。
そして侯爵邸の玄関前に、ゆっくりと止まった。
「侯爵閣下、奥様、お帰りなさいませ。ご無事でなによりです。」
執事のバトラーが満面の笑みで出迎えてくれる。
女中頭のランドリーさんと、セリカのお付きのエレナも出迎えてくれていた。
「ただいま~。皆の顔を見たら安心したわ。バトラー、ランドリーさん、もう聞いてると思うけどケリーとウィルをよろしくね。
「はい。稀なる縁があったようですな。」
「ジェーンから話は聞いてますよ。私にお任せください。」
この二人に任せられると本当に一安心だ。
そして領地管理人のヒップスの代わりをしていたのだろう、秘書のワットが書類の束を持ってダニエルを出迎えていた。
「ワット、旦那様を待ってたのはわかるけど、仕事はお茶を一杯飲ませてからにしてあげてね。」
「はい、奥様。閣下、お疲れのところ申し訳ありませんが、今日中に裁定の必要な案件がどうしても二つございまして…。」
「ああ、ラニア邸でヒップスからも聞いている。」
ダニエルとワットがなにやら話しながら足早に執務室に歩いて行くのを見て、セリカは苦笑しながら首を振った。
「エレナ、ただいま。」
「お帰りなさいませ、奥様。キムは役に立ちましたでしょうか?」
「ええ、頑張ってくれたわ。それはそうとエレナとアリソンのおかげで、助かっちゃった。」
「アリソンというとドレスですね。それは良かったです。」
笑顔のエレナにシーカの街での出来事を話しながら、セリカは懐かしい我が家に入って行った。
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