第73話 逃亡者
畑で出会った姉弟と一緒に医療院にやって来て、弟のウィル君が手術室に入ってから、ダニエルは口の重いお姉さんのケリーから少しずつ話を聞きだしていた。
「君たちの名前はわかった。弟がウィルで、君がケリーなんだね。両親は? どこにいるんだい?」
「親は死んだよ。」
乱暴に吐き出すように答えるケリーに、親がいないことへの寂しさはみられない。
「ふむ。君たちの髪の色は二人とも黒に近い濃い茶色だ。こういう髪の色はオディエ国に近い東の国境付近の村に多い。もしかして出身地は東の方なのか?」
「…ここがどこなのか…東がどっちだか知らないよ。村の名前はイース村。」
「イースか。山岳地帯にそんな名前の村があったな。しかしだいぶ距離がある。君たちはここにどうやって来たんだい?」
ダニエルのこの質問に、ケリーはなかなか答えようとしなかった。
しかしダニエルがこの土地の領主で一番偉い人だと知ると、他の人に話さないで欲しいと、くどいぐらいに言って、やっとケリーは話し始めた。
「母さんが死んだときに、突然知らない男が村を訪ねてきたんだ。そいつは洒落た服を着た、いけ好かない野郎だった。名前はスミスっていってた。本当の名前かどうか知らないけど…。そのスミスが私とウィルを家がいっぱい立っている所に無理矢理、連れて行ったんだ。」
「誰か親戚の人…あなたたちを保護してくれる人はいなかったの?」
セリカの問いをケリーは鼻で笑った。
「母さんは、外国の貴族に
…村の人たちはケリーの魔法を怖がってたのね。
みんなで顔を見合わせて、ケリーたち家族の不運にため息をついた。
「それで家がいっぱいということは都会にいたんだな。スミスはどうしたんだ?」
「知らない。私とウィルは部屋に閉じ込められてたんだ。『コルに高く売れる。』ってスミスが言ってた。でもある日、『コルが捕まっちまった!』って叫んでうろたえてたかと思ったら、その日から帰ってこなくなったんだよ。食べ物はないし、喉は乾くしで、困ったよ。ウィルは泣くしさぁ。」
「それでどうやって部屋の外に出たんだ?」
「窓を壊して、ウィルを背負ってね、風を地面に噴射しながら二階から飛び降りたんだ。あんなひやひやすることはもう二度としたくないな。」
……………。
「よくやったな。」
ダニエルがそう言ってくれたのが嬉しかったのだろう。
それからは、ケリーの舌も滑らかに動くようになったようだ。
閉じ込められていた部屋から抜け出して、この土地の誰もいない農家の小屋にたどり着くまでのことを面白おかしく話してくれた。
どうやら森の木の実やあちこちの畑の作物を盗み食いしながら、都会から逃げてきたらしい。
セリカたちに攻撃したのは、洒落た服を着ていたので、スミスの手先がまた捕まえにやって来たと思ったからだったようだ。
「貴族の服か……どうやら犯人は貴族階級の男なんだな。」
「ダニエル、私が気になるのは『コル』っていう名前よ。もしかしてコルマのことじゃないの?」
「ああ、私もそう思った。捕まったという部分が一致するな。これは警備局に届けたほうがよさそうだ。」
ダニエルとセリカが話していると、ケリーが飛び上がった。
「ダメだ! 警備局なんかに言ったって、信用してもらえない! また捕まっちまうよ! 誰にも話さないって、言ったじゃないかっ。この嘘つき野郎!」
ケリーの大人への不信感はそうとうなもののようだ。
こうやって生い立ちや今回の経緯を聞いてみると、ケリーを責められない。
しかしそこはダニエルだ。
子どもだからとバカにせず、コルマのことや自分たちが関わった事件のことを、ケリーが理解するまで説明して、警備局に通報することを納得させた。
「な、そんな悪い奴を野放しにしていたら、またケリーたちのような目に遭う子どもが出て来るかも知れない。」
「…わかった。」
ケリーも不信感はすべてぬぐえたわけではないだろうが、今のところはダニエルを信用することにしたようだ。
「よし、わかってくれたところでケリーに取引を申し込む。」
ダニエルがニヤリとしてケリーを挑戦的に見る。
「取引?」
「ああ。お前はしっかりしてるから、物を
「…うん。」
「これから私はケリーとウィルをしばらく保護しようと思う。ウィルは手術をした後はしばらく安静にしなきゃならない。逃亡生活は今のウィルには無理だ。それはわかるな?」
「……う…ん。」
「ここの手術代、そしてお前たちを保護する間の生活費、それらをウィルが元気になってから二人で働いて私に返してもらう。ケリーは何歳だ?」
「十一…。」
「そうか、じゃあすぐに雇用契約ができるな。コール、後で契約書を用意してくれ。」
「わかりました。」
コールはダニエルの甘さに、仕方なさそうに笑いながら頷いた。
「私への借金を払い終えたら、後はお前たちの自由だ。どこにでもいけばいい。」
「……おじさんに捕まるんじゃないんだな。」
「おじさん?! せめてお兄さんと言ってくれ。私は子どもを捕まえる趣味はないよ。金さえ返してくれれば、お前たちは好きなように生きていけばいい。」
「ふーん。そんなら、おじ…お兄さんのとこで働いてやるよ。」
ケリーはフンッと顎をあげて、約束した。
とても偉そうな小さな従業員の誕生である。
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