第66話 おもてなし

 結婚式の翌日には、半数近くのお客様が帰って行く。


セリカとダニエルは次々と出立していく招待客を見送るために、ずっと玄関に立っていた。


ダレニアン伯爵家の人たちやセリカの家族も今日帰るので、自分の馬車の準備を待つために玄関わきの控室に降りてきていた。

先にダレニアン伯爵家の魔導車が準備できたので、伯爵夫妻が控室から出て来た。


「お義父様、お義母様、遠いところを来ていただいて、ありがとうございました。また機会があったらお出で下さいね。」


「そうさせて頂くよ。身体に気をつけて、これからも頑張りなさい。」


「はい!」


ダレニアン伯爵は、事件のことを聞いて心配してくださっていたらしい。

今日も珍しくセリカの手をギュッと握って、こっそりと「無茶をしないようにな。」とささやいて馬車に乗り込んだ。


お義母様は「よくやったわ。」とウィンクしてくれた。

詳しくは教えて下さらなかったけれど、どうもビショップ公爵家に嫌いな人がいるようだ。



「クリストフ様、マリアンヌさんとペネロピによろしくお伝えください。」


ダニエルと肩を叩き合っていたクリストフ様にセリカが挨拶をすると、クリストフ様はセリカのお土産を「ちゃんと渡すよ。」と言ってくれた。


フェルトン子爵邸の部屋のインテリアに合わせて、セリカが手作りしたものだ。

気に入ってくれたらいいのだが。



ダレニアン伯爵家の魔導車が出て行った後で、セリカの家族も玄関に出て来た。


「カール、お店を休んで来てくれてありがとう。ダレーナの街の人たちにもよろしく言ってね。」


「ああ、ハリーたちに話したら驚くだろうな。レイチェルはアネキのドレスをよく見てこいってベッツィーに頼んでたからな。」


カールは皆の反応を考えて、もうニヤニヤしている。


「レイチェルは当分、話題に事欠かないわね。」


ベッツィーも、噂話の好きなレイチェルの性格にすでに慣れているみたいだ。


セリカは二人を抱きしめて、父さんたちのことを頼んだ。


「わかってる。アネキも貴族の中で大変だろうけど、頑張れよ。」


「うん。」



ダニエルに長々と挨拶をしていた父さんたちもセリカのところにやって来た。


「セリカ、侯爵様を大事にするんだぞ。」


「はい、父さん。ディクソンに味付けのポイントを教えてくれてありがとう。」


「…なんだ、そんなことはたいしたことじゃない。あの男は研究熱心だ。いい料理人がいて、良かったな。」


「うん。父さんの味とはちょっと違うけど、ここの料理も美味しいから何とかやっていけそう。」


セリカがそう言うと、父さんは苦笑しながら昔からしていたようにセリカの頭をポンポンと叩いた。



「セリカ! 身体にだけは気を付けるんだよ。」


「わかってる。母さんの方こそ気をつけてよ。すぐに無理をするんだから。」


「ベッツィーが来てくれたからね。助かってるよ。今は庭でハーブも育ててるしね。」


「へぇ~。」


母さんがベッツィーの話をする時の顔が明るい。

なんとか上手くやっているようだ。


良かった。


― そうね、嫁と姑の仲がいいのが一番だよ。



トレント家の皆を乗せた魔導車が遠ざかっていくと、どうしても胸がキュッと痛んだが、ダニエルがセリカの側にいてくれたので、前のようには辛くなかった。


私もここで母さんたちのような、家族が笑い合えるような家庭を作るんだ!


セリカはダレニアン伯爵領に住む二つの家族を見送りながら、そんな決意を新たにしていた。




◇◇◇




 朝のお客さま方の見送りが済むと、セリカとダニエルは今日も泊まる人たちと一緒に、湖畔の木立にピクニックに行くことになった。


こういう結婚式などの行事は、貴族間の親睦を深めるために、急ぎの用事がある人以外は二、三日滞在していく人が多いらしい。


国王陛下ご夫妻はすでに帰られたが、王子三人はまだ残っていた。


セリカは第三王子のクリフ殿下とはまだ言葉を交わしていなかったが、談話室にいた若い女性とずっと一緒にいたところは見ている。

ダニエルが邪魔をしないほうがいいと言ったので、挨拶もしなかったのだ。


クリフ王子は、お母様であるシオン第二王妃に似ているそうで、髪も目も黒色だ。

オディエ国人の特徴を一番受け継がれたのだろう。


背は国王陛下に似ているようで、これからもっと伸びるのだと思わせるものがあった。


十四歳だが、すでにセリカの背丈より高いと思う。

若竹のようにひょろりと伸びた青年期特有の肢体をしていた。



芝桜が咲き終わりかけた坂を、そのクリフ王子を含む三人の王子とその取り巻きの人たちが、湖に向かって下っていく。


若い人たちは、みんな王子たちに話しかける機会を伺っているようだ。

エクスムア公爵家の長女のアナベルはダニエルを諦めてくれたのか、しきりにジュリアン王子に話しかけている様子が見えた。


ダニエルは年齢が高い人たちを連れて、後を追って歩いていた。


セリカはみんなの最後尾をのんびりと、次女のカイラと話をしながら歩いていた。


そんなセリカたちに、昨日クリフ王子と一緒にいた女性が声をかけてきた。


「セリカ様、ご結婚おめでとうございます。昨日は挨拶が出来ませず、申し訳ございませんでした。私、サウザンド公爵家のシンシアと申します。よろしくお願いいたします。」


「ありがとうございます、シンシア様。素敵なお祝いを頂戴して、ダニエルと喜んでおります。お父様によろしくお伝えくださいませ。」


「シンシアさん、セリカさんは話が分かる人です。あのことを話しても大丈夫だと思います。」


「そう、良かった。」


あのこととは何なのかわからないが、二人は知り合いのようだ。


「お二人は?」


「学年は私が一学年上なんですが、公爵家の娘同士でもあったので、カイラとは寄宿舎でよく話していましたの。もう一人のその…アナベルとは、話が合いませんでしたが…。」


「…そうですか。」


うーん、アナベル。

あなたは学院でもとんがっていたのね。



「シンシアさん、私は母の所へ行っていますね。」

「ありがとう、カイラ。」


カイラは、セリカとシンシアを二人きりにして、ダニエルたちのグループに追いつくために走って行った。



「あの、セリカさん…。」


「カイラの一つ上なら、私たちは同い年ですね。呼び捨てで結構ですよ、シンシア。」


「ありがとう、セリカ。話しやすいわ。…その、本当はこの話はカイラに頼もうと思っていたんです。でもカイラは、兄なのにダニエル様に話しにくいというし、セリカさんに頼んだほうがいいって言うもんだから…。」


「はぁ、なんでしょう?」


シンシアは少しモジモジしていたが、湖が近づいているのがわかったからか、立ち止まって話し始めた。



それは彼女の結婚問題についての話だった。

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