第65話 宴の後に
結婚式と披露宴が終わって大多数のお客様が帰られたのだが、身内の人たちは二日ほどラザフォード侯爵邸に泊まって帰る人が多く、泊り客の人たちは談話室などでくつろがれていた。
セリカとダニエルも着替えをして談話室に降りて行くと、すぐにジュリアン王子に捕まった。
「セリカ、リングピローが君の手作りだと聞いたが、本当か?」
「はい。ダニエルと私のイメージの柄を合わせたものです。」
「私はマーガレットの花が好きなんだ。私にもマーガレット柄のクッションを作ってくれないか?」
ジュリアン王子はバノック先生が言われていたように、本当にマーガレットの花が好きなんだな。
「はい…。」
「断る!」
ダニエルがすかさず、ジュリアン王子に断りを入れる。
顔を見ると怒っている。
…なんで?
「プッ、まさかセリカを私に盗られると思ってるのか?」
「あの花はセリカの花だ。今後、ジュリアンは違う花を好きになれっ!」
…ダニエル。
それは理不尽な要求だよ。
「クククッ、お前のこんな面白い顔が見られるんなら、譲歩してやるよ。」
ジュリアン王子も、それでいいんかい?
「お前ら、また何をやってるんだ?」
落ち着いた声で割り込んできたのは、たぶん第二王子のヘイズ殿下だ。
ヘイズ殿下がいらしたテーブルがセリカの座っている所からよく見えたので、あの栗色の髪の優しそうな方が、ダニエルがヘイズ兄さんと呼んでいる人なんだなと、興味深く眺めていた。
目の色も落ち着いた茶色で、国王陛下の第一夫人であるアデレード王妃によく似ている。
一緒にクリストフ様もやって来ていた。
どうやら、今まで二人で話をしていたらしい。
「ジュリアン、私はさっきもクリストフに文句を言ったんだが、お前にも言っておく。マリアンヌが第二子を身ごもったそうじゃないか。ハァ、やっぱりお前の意見なんかを聞かずに、マリアンヌを第二夫人に迎えておくべきだった。」
「後の祭りですよ、兄様。いくら好きでも、マリアンヌは第二夫人には向かない性格です。なぁセリカ、君もそう思わないか?」
ジュリアン王子に急に尋ねられたが、セリカも常々思っていたことだったので、即答した。
「はい、私もマリアンヌさんは第一夫人向きの方だと思います。第二夫人だと、あの方の活動的な一番良い面が生かされないと思います。」
「活動的? 彼女は貴族学院のお
ヘイズ王子はセリカの言葉が信じられないようで、すぐに否定した。
セリカは義理の兄であるクリストフ様を見上げた。
「マリアンヌはセリカが言う通り、どちらかといえばお転婆です。一緒に乗馬をしていても、私にも競争を挑む負けず嫌いなところもあります。第二夫人であるペネロピもよく導いてくれていますし、いい意味で第一夫人として最適な妻だと思っています。」
クリストフの言葉に、ヘイズ王子は愕然としていた。
もしかして、これがダニエルが言っていたことだろうか?
マリアンヌさんが懐妊した時に、「ヘイズ兄さんがジュリアンにまた文句を言うな。」と呟いていたことがある。
それにしてもマリアンヌさんは、妃候補の一人だったんだ。
ヘイズ王子は「マドンナ」と言っていた。
同じ歳だし、学生の時にマリアンヌさんに憧れていたんだろうか?
― 恋フィルターがかかっちゃうと、本人の性格を客観的に
把握できなかったのかもね。
そうだね。
でもマリアンヌさんはクリストフ様の奥さんの方がいいよ。
ダレニアン伯爵家でも生き生きしてたもん。
「それはそうとセリカ、ピザの味が予想とはまるで違っていた。」
ジュリアン王子の言葉にセリカはドキリとする。
「…美味しくなかったですか?」
「その反対だ。ここのピザの方が美味しい。私はダニエルが食べているのが羨ましくて、宮殿のコックに説明して作らせたんだ。」
「は?」
そこまでしてたんだ。
「マーガレットの花は諦めるが、ピザの作り方を教えてくれ。」
「はぁ。」
― ジュリアン王子、それって花より団子ですね。
でもこれって、商売になるよね。
貴族、いや王子様でも庶民の味を美味しいと感じるんだもの。
― セリカ、経営者の顔になってるよ。
フーム、一度ダニエルに相談してみようかな。
談話室にいる人たちに一通り挨拶に回った後で、部屋に引き上げようとしていたら、ダルトン先生とフロイド先生が喫茶室に座って、二人で話をしていた。
「こんなところにいらしたんですか? 先生方、今日は来ていただいてありがとうございます。」
「ああ、セリカさん、ダニエル。いい式だったね。斬新な試みがたくさんあったから、女性陣が興奮してお喋りしていたよ。」
フロイド先生が、自分が座っていたテーブルで話されていた褒め言葉を色々と教えてくださった。
皆さんに楽しんでいただけて良かったねと、ダニエルと目を見交わす。
「式は良かったんじゃがな。ちと気になることがあっての。セリカさんのアン叔母さんという人は、どんな人なんじゃ? ウォーターストーンをくれたという貴族は何という名前なのか、聞いたことがあるか?」
「いいえ、ダルトン先生。私はフロイド先生たちと訪ねた時に、あの石を初めて見たんです。アン叔母さんは、アン・コロンといって、長年ビューレ山脈の
「コロンか…。わしが若い頃に見たウォーターストーンとは、違うのかのぅ?」
ダルトン先生のこの探求心が、新たな繋がりを紡いでいくことになるということをこの時のセリカたちは知らなかった。
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