第64話 光と共に

 一階の大広間には、大勢の招待客が十人ずつのテーブルに別れて座っていた。


セリカとダニエルは、後ろの扉から入って、中央の赤いジュータンを歩きながらゆっくりと前に進んで行く。

片隅に控えている弦楽四重奏団が、荘厳な調べを奏でていた。


正面の一段高くなったところには、ファジャンシル十五世国王が宝玉が埋め込まれた剣を持って立っている。


背が高く、あたりを睥睨へいげいするような堂々たる立ち姿は、やはりどこかダニエルに似たところがあった。



エクスムア公爵のお義父様よりも、ダニエルに似てるみたい。


― そうね。

  目つきが鋭いわ。



セリカは緊張しながら、ダニエルと一緒に陛下の前にひざまずいた。


「ラザフォード侯爵、なんじは妻をめとるにあたり、更なる国家、臣民に対しての忠誠を誓うか?」


「はい。」


「妻セリカ、汝は夫を支え、侯爵家の更なる発展に寄与する心づもりがあるか?」


「はい。」


「ならば余は、ファジャンシル十五世の名において、そなたたちの婚姻をここに結ぶ。」


国王陛下はそう言いながら、ダニエルの肩に宝玉の剣をあてた。


ダニエルとセリカは、最敬礼をしてそれを受ける。



「婚姻の印となる指輪をこれへ。」


「はい!」


セリカが作ったリングピローの上に置かれた指輪を持って来てくれたのは、なんとダニエルの従者のコールだった。


まだ眩暈がすると言っていたので、領地管理人のヒップスが付き添いの代わりを務めると言っていたのに、大丈夫なのだろうか?


そっと顔色を見ると、コールは頭に包帯を巻いた青白い顔で、セリカたちにニッコリと微笑んだ。


兄弟としてどうしてもこの役目を全うしたいという強い意志が、そこに見えた。



ダニエルはそんなコールに頷いて、妻用の結婚指輪を取り、セリカの左手の薬指に収まっている婚約指輪に近づける。


「ん?」


こうすると婚約指輪が外れると聞いていたが、何度か試みても外れない。


高い段の上から見ていた国王陛下が、痺れを切らしたようだった。


「ダニエル、そのまま婚約指輪の上に結婚指輪をはめなさい。」


「…はい。」



ダニエルがセリカの指に結婚指輪をはめると、指輪同士が触れ合ったところから赤い閃光が走り、大広間中を真っ赤に染めると、徐々に光を弱めていき最後に線香花火のようなきらめきを残しながら消えていった。


会場は見たことがない赤い光の奔流にざわめいている。


光が収まってよく見ると、セリカの手の上で婚約指輪と結婚指輪が融合していた。


「…これは。よほど強い指輪の意思がそなたたちを結び付けているようだな。指輪に恥じぬように、よき夫婦めおととなりなさい。」


「はい。」


セリカとダニエルはやや呆然としながらも、式次第を続けることにした。



セリカもリングピローから結婚指輪を取って、ダニエルの大きな手にはめる。


これで二人は、社会的にも認められた夫婦になった。


思わず二人で顔を見合わせて微笑み合った。



どこからともなく拍手が始まり、やがて会場中の人たちが立ち上がって拍手喝采をして、二人の婚姻を祝ってくれた。



国王陛下が席につき、会場が静かになると、ダニエルは部屋全体を真っ暗にした。

セリカはそんな暗闇の中で自分が折った折り鶴を魔法で飛ばして、一羽一羽をお客様のもとへ届けていく。


提灯のように光りながら飛んで行く折り鶴は、この空間に幻想的な空気を産み出していた。


折り鶴が揃ったテーブルから、今度はダニエルが魔法でキャンドルを灯していく。

奏子から聞いていた日本のキャンドルサービスのファジャンシル王国バージョンだ。


「おおーーーっ!」という歓声がそちこちであがっている。

皆さんが楽しんでくださっているのが伝わって来た。




◇◇◇




 ジュリアン第一王子が乾杯の音頭をとると、ダレニアン伯爵家のお祝いの会の時のようにお客様が皆さん、光を放ってお祝いしてくれた。


さすがに出席者が魔法量の多い人ばかりだったので、その光の眩しさは半端なかった。



会食が始まって、セリカは初めて女主人の席である長いテーブルの端っこに座った。


国王陛下を始め国の重鎮が集まっているテーブルで、セリカとダニエルが両端に座っている。


セリカの近くには以前会ったことがある魔法部門のトップである、ザザビー総括と外務大臣の奥様、ダベンポート夫人が座っていた。


緊張するが、もてなし役としてセリカから話しかけなければならない。


「ザザビー様、ダベンポート夫人、今日は私共の結婚式に参列いただき、ありがとうございます。」


「こちらこそ、趣向を凝らした式を楽しませて頂いてますよ。」


前回会った時よりもくつろいだ様子で、ザザビー総括がにこやかに応えてくれる。



「この紙の鳥を使った魔法は初めて拝見しましたわ。セリカ様はどちらで魔法を習われたんですか?」


ダベンポート夫人はさすがに外交官出の奥様らしく、セリカに話題を振ってくださる。



「魔法の方は、ダルトン先生の個人教授を受けました。」


「ほぉー、ダルトン先生ですか。いや、それをお聞きするとセリカ様のご活躍も頷けますな。」


「本当に。」


どうやら二人とも、暗に先日の事件のことをにおわせているようだ。

セリカは恐縮したが、めでたい席であるため、それ以上詳しくは突っ込まれなかった。


最初のオードブルの中に小さいピザが一切れ入っていた時には、隣のテーブルに座っていたジュリアン王子が、他の人たちにピザの説明をしているはしゃいだ声が聞こえてきた。


良かったね、ディクソン。

喜んでくださってるみたいだよ。



その後、魔法部門の政治への多角的な協力体制の在り方だとか、オディエ国を始めとする周辺国家の事情などの話をしているうちに会食も進み、デザートの時間になった。



セリカとダニエルが再び立ち上がり前に出ていくと、料理長のディクソン自らが、スモークに包まれた見上げるように高いウェディングケーキが乗っている台を押しながら入って来た。


もくもくと霧のように湧き出しているスモークもビルのように高いケーキも、ファジャンシルの人たちには馴染みがなかったようで、これも驚きの声と共に迎えられた。


セリカとダニエルがこのウェディングケーキに入刀すると、折り鶴が一斉に羽ばたき、会場中に虹色のシャボン玉が飛び交った。


「わぁーーーーーっ!」


喜びに湧く人たちのもとへ、少しずつ切り分けられたケーキが運ばれていく。


美味しそうにケーキを頬張る人たちの顔を見ていると、セリカは飯屋の仕事をしていた時の充実感を再び思い出した。



飯屋の仕事がしたいな。


― ラザフォード侯爵家の奥様の仕事もあるでしょ。


でもずっと刺繍をしたりピアノを弾いてるのはねぇ、性に合わないよ。


オディエ語も基本の会話は覚えたので、後はタンジェントやシータに話しかけて応用をしていく段階になっている。


週に二日でもいいから、レストランか何かできないかな。



この時のセリカの思いが、ラザフォード侯爵領のランデスの街のみならず、ファジャンシル王国全体の食生活を変えていくことになる。

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